調査後・糸口
容疑者こと狩紅八代、二十四歳は疑わしいことこの上ない。
しかし証拠がなければ、こちらも迂闊に動けない。
なのに霞雅美の報告は、落ち込むものだった。
被害者達に何かしているのならば、それは僅かながらも外に出ているだろうという予測が外れてしまったのだ。
つまり、まだ五体満足でいる可能性が高いということ。
それは喜ばしいことのはずだが、尻尾が掴めないのは正直ちょっと参る。
霞雅美は彼が行きそうな闇の店を調べたが、訪れていないらしい。
それどころか、闇に関わる人物達にも一切接触していないという。
「勘が外れたのかなぁ?」
職人としての勘は、鈍りたくないものだ。
そう思いながら、腕を回すとゴキゴキと鳴った。
…体の方が鈍っているみたいだ。
何せ外出禁止を言い渡されている。
せめてジョギングぐらいはしたい。
今じゃ部屋でラジオ体操を一人でしているぐらいだ。
寂し過ぎる…。
とても二十代後半の女性がやることじゃない。
しかし仕事はしなければ、おまんまを食いっぱぐれるというもの。
そして買いたく無い怒りを買うだけで…主に霞雅美のを。
それだけは避けたかった。
なのでこの間の精肉店から貰ってきた骨で、食器を作ることにした。
でも骨はあまり良いものではないので、小さな物しか作れない。
「小皿…にしかできないわね」
骨を手に取り、一つ一つ見ていく。
骨密度が悪過ぎる。
良かったら大皿やティーポット、カップなどが作れるんだけどなぁ。
「こればっかはしょうがないか」
材料のせいであって、アタシの腕のせいではない。
材料の悪さは、さすがの顧客たちも失笑するしかない。
でも買っていくんだから、本当にアタシの作る作品を愛してくれているんだと思う。
正直言って、アタシは作るのは好きだけど、作った作品に愛情は持っていない。
だから自分で作った作品は何一つ、自分の手元に置いていない。
全て売り払っている。
職人としては、ちょっと冷めているのかもしれない。
別に嫌っているとか、拘っているとかではない。
ただ、側に置きたくないだけ。
「嫌悪しているとも、また別なのが厄介よね」
苦笑しながら、仕分けを終えた骨を袋に入れていく。
そこでお腹の虫が空腹を訴えてきた。
今は夕方、そろそろ夕飯にしよう。
自宅へ戻り、テレビをつけながら台所へ立った。
この前買いだめした時、お惣菜をいくつか買ってきていた。
「今日はそれで済ますか」
野菜不足だと霞雅美に怒られた為、お惣菜も買って来たのだ。
本当は冷凍食品やカップ麺、レトルトだけで済ませようと思っていたのに。
レンジでいくつか温め、ご飯をよそってちゃぶ台に並べる。
「まあこうして見ると、一般的な夕食よね」
ご飯にレトルトのお味噌汁、それにほうれん草のゴマあえとキンピラごぼう、ハンバーグ。
ちなみに言っておくが、全て作ろうと思えば作れる。
けれど面倒なので作らないだけであって、決して料理下手ではない。
霞雅美ほどではないが、そこそこの腕を持つ。
職人をしているせいか、まあそこら辺が器用なのだ。
「でも作ると洗い物が出るしなぁ」
そして時間もかかる。
仕事を始めてからだと、余計におっくうになるのだ。
ほかほかのご飯を口に入れたところで、ニュースが流れた。
アレからも誘拐は続いており、今では十人にもなった。
アナウンサーはくれぐれも一人で出歩かないようにと、深刻な顔で忠告している。
「警察の人も、苦労しているんだろうな」
人事のように思うけれど、実害はこちらにも及んでいる。
霞雅美からは仕事を再開するように言われているが、お店を開けるとは聞いていない。
タイミングをはかっているんだろう。
まあ今のうちに作りためをしとけるからアタシは良いけど、霞雅美のストレスはそろそろマックスの数値になっているかもしれない。
外出のこともこの前、言い出せなかったしなぁ。
アタシは引きこもっているけど、空気は読める。
どうせ言い出したところで、笑顔で先延ばしされるに決まっている。
「こうなると、アタシが動いた方が早い気がしてくるんだけど」
アタシが狩紅父子に接触すれば、何らかの反応を起こすかもしれない。
それが連続誘拐事件に関係しているならば、嬉しいのだが…。
尻尾も掴めていない今、下手に動いて執着されては困る。
「でも二人とも、一回ずつしか来ていないんだよね」
本当に執着したのならば、お店には何度も来店するはず。
そうしてアタシとの接触を持とうとするはずだ。
しかし二人は一回来て、商品を各々購入していき、それで終わり。
お気に召さなかったのならば、父親の方はアタシを探ることはしていないはずだ。
探しているのならば、個人的な依頼があるということだろう。
―霞雅美を抜かして、の。
「アイツを抜かしてはあり得ないと、そろそろ悟ってくれると嬉しいんだけどな」
それでお店に来てくれるのならば、霞雅美の方から接触するだろう。
だけどお店は開けられないし、向こうからは近付いて来ないのだから、身動き一つとれない状態がもどかしい。
「う~ん…」
このままでは霞雅美の持久力が無くなってしまうか、事件が迷宮入りするのかのどちらかになるだろう。
…前者はとても恐ろしいし、後者はさすがに人として心が痛む。
やっぱり解決が望ましいな。
しかし解決の糸口が見つからない。
向こうも大したものだ。
闇であるアタシ達に尻尾を全く掴ませないのだから。
「それとも…アタシ達のやり方を知っている?」
それか予想できるのか―。
そこまで犯人が賢いと、アタシは太刀打ちできないな。
何せ高卒だし?
肩を竦めると、ケータイが鳴った。
この前、電話をかけてきた古株の顧客からだった。
「はい、もしもし」
『やぁ、魅古都。仕事は再開したのかね?』
「まー、ボチボチ」
『新作は何を?』
「一応ボーン食器などを。でも材料があまり良くなくて、苦労しています」
『ははっ。後はキミの腕次第だということか』
「プレッシャーを与えないでくださいよぉ。打たれ弱いの、知っていますよね?」
『しかし仕事には熱意を持って取り掛かっているのを知っているのでね。完成後はぜひ連絡がほしいものだな』
「了解です。霞雅美に言っておきます」
この人も本当に変わった人だ。
購入した商品の数は、それこそこの十年で三桁はいくのではないだろうか?
『ああ、そうだ。ちょっと会ってほしいんだが、時間を作ってくれないか?』
「霞雅美の了解を得られれば、アタシの方はいつでも」
この人と会うのはほとんど夕方から夜にかけてが多い。
そしてアタシは仕事を深夜から始めることが多いので、時間がずれている分、会いやすい。
『霞雅美にはすでに了解を得ている。後は魅古都次第だな』
「そうなんですか? まあアタシはいつでも良いですよ。まだ仕事に取り掛かっているわけではありませんから」
霞雅美が承諾するなんて珍しい。
滅多に人に会わせてくれないのだが、やっぱり古株の顧客となると、扱いは別なんだろうか。
『それでは明日の夜の七時。待ち合わせはいつもの所でどうかね?』
「了解です。遅れないよう、行きます」
『ああ、楽しみにしているよ。それじゃあ』
そこで電話は終了。
「久し振りに外出かぁ」
買っても滅多に着ない外出着を引っ張り出さなきゃな。
それにメイクも髪型も気合を入れなければ。




