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お風呂から上がると、ちゃぶ台には朝食が用意されていた。
アタシの好きな焼きシャケと、アサリのお味噌汁。
炊きたての真っ白いご飯に、ぬかづけ、そして玉子焼きとは…付き合いが長いのも、悪くないかもしれない。
「いっただきまーす!」
アタシの機嫌は一気に良くなった。
「よく噛んで食べてくださいね」
「うんうん。ウマウマ」
その後、味噌汁を二杯、ご飯を三杯おかわりして、朝食は終了。
霞雅美の淹れてくれた緑茶を啜りながら、アタシは改めて夢のことを説明した。
講師役の女性が問いかけてきたことについて。
「もしもの話だけどさ。先日言っていた父子が犯人だった場合、捕まった人達をどうするか考えてみたのよ」
「捕まった後…ですか」
霞雅美は口元を手で覆い、しばらく黙った。
「まあご子息の方であれば、いつも通りの監禁であればまだマシな方でしょう。お父様の場合、彼は人身売買に手を貸していなかったと思いますが…」
輸入をやっているなら、輸出だってやり方が分かっているだろう。
「可能性としてならば、まだまだあるわよ? 奥さんの実家、大病院なんでしょう?」
「臓器売買ですか」
「そうね。でもその他もあるわよ? 何せ病院だもの。捌くのはお手の物でしょう?」
そこで霞雅美は思い当たったように、眼を細めた。
「…なるほど。あなたが作るモノのように、材料にはなりますね」
「ええ。しかもいろんなところでの、ね」
皮肉なことに、思い当たってしまったのだ。
アタシの作るモノと、誘拐された人々のその後のこと。
「でもまだ被害者の一部も出てきていませんから、捌かれたというのは可能性としては低いですね」
「ギリギリまで生かしておくつもりかしらね? 確かどこかで聞いた話だけどさ」
『臓器を患っている者は、健康な同じ臓器を食すると、病気が治り、健康になる』
「…なんてことがあるらしいわよ」
「大昔の都市伝説ですね。それが本当なら肉屋で売られている肝臓や胃、それに腸などは病人達に大人気でしょうに」
「アラ、誰も豚や鳥、牛のことだとは言っていないわよ?」
「ああ…そうですね」
アタシも霞雅美も、くすっと笑う。
「中身を抜いた後、外の部分でお人形でも作るつもりかしらね?」
「それもあり得ますねぇ。ご子息は気に入ったモノは、側に置いておきたい性質みたいですから」
「そこはアンタと似ているわよね。でも霞雅美の場合、使い物にならなくなったら、すぐに処分するでしょうけど」
「まあ否定はしませんけどね」
あっさり肯定しやがった…。
「でも魅古都の場合は、すぐにとはいきませんから」
「ん? どうしてよ? 職人としての腕が無くなったアタシなんて、粗大ゴミと同価値しかないわよ」
きっぱりと言い放ったアタシを、霞雅美は苦笑しながら見つめた。
「随分、自虐的なコメントですね」
「本当のことよ」
自分でも理解している。
アタシにはコレだけしかない。
だからこそ誇れるものであり、失ったら自分を失くすことと同意義なのは自覚していた。
「でもあなたとの付き合いは長いですしねぇ。もし職人でなくなっても、しばらくはお付き合い願いますよ?」
「…何に、よ?」
「それはまあ…その時になってみないと、分からないですね」
自分で言っておいて、何をふざけたことを!
しかし霞雅美は笑みを浮かべたまま。
この笑みをわざわざ崩そうとは思わない。
そこまで自虐的ではないのだ。
…そもそも聞くのが怖い、というのもある。
そこが一番、重要かもしれない。
「でも良いヒントにはなりましたね。もし捌いた後だとすれば、どこかに何かは流れているでしょうしね」
「今のところ、アタシや店に訪れないということは、その可能性も低いのかもしれないけど…」
「でも調べてみる価値はありそうですね。新規のお客様なら、闇の世界では目立ちますし、情報もすぐに集まるでしょう」
「そう、ね。集まることを願うわ」
それでも大した情報は集まらないかもしれない。
でも何もしないよりはマシ。
そう思っていると、視線を感じて顔を上げた。
「何よ? 言いたいことは、言い尽くしたわよ」
「…いえ、髪の毛がまだ濡れたままですよ」
霞雅美はそう言ってアタシの背後に回り、肩にかけていたタオルを取った。
「年齢から言えば結婚適齢期なんですから、もうちょっと外見に気をくばった方が良いと思いますよ」
優しい手付きで髪を拭きながら、毒を吐きやがる。
「余計なお世話よっ! どーせ痛んだ髪の持ち主ですぅ!」
毛先なんて枝毛だらけ。
染めてないけれど、痛んでいることは一目で分かる。
「どうしてこの前の休日に、美容院に行かなかったんですか?」
「行こうとは思っていたんだけど…荷物が重くて、やめた」
買い込んだ物が重過ぎて、家に帰りたくなってしまったのだ。
「買い物はインターネットで済ませられるんでしょう?」
「やぁよ。そこまで引きこもりにはなりたくありませーん」
「今でも充分、引きこもっているじゃないですか」
「仕事が仕事だからしゃーないでしょっ! 言っとくけどねぇ、本当に結婚相手とか探して良いの? 仕事に影響が全く無いなんて言わないし、言えないでしょう?」
「うっ! それは…」
「結婚と出産は女性として一大イベントなんですからね。興味がない分野でも、手は抜きたくないし」
「ううっ…!」
苦しげな呻き声は、本当に辛いんだろうな…。
―アタシが仕事を減らすことが。
「それでも良いなら、仕事時間を減らして、外見に気を配るけど?」
「…すみませんでした。わたしが悪かったです」
「ならもう二度と、アタシに女性的なことは求めないで」
「はい、かしこまりました」
止まっていた手が、再び動き出す。
珍しく勝てた。
…と言うより、今のは明らかに霞雅美が悪い。
お客の中で、アタシに好意を持ってくれる男性がこの十年の間で何人かいた。
けれど霞雅美が笑顔で睨みを利かせるから、全員去ってしまったのだ。
霞雅美の心境は考えるまでもない。
アタシに仕事に集中してほしいので、寄ってくる男性はお邪魔虫としか思っていないのだろう。
なのに外見に気を配れとは、何を言い出すんだか!
言い合いでは勝てたけれど、どこか不満が残った。




