夢・邂逅
―その夜見た夢は、妙な内容だった。
多分、事件と仕事を考えていたせいだろう。
夢の中でアタシは、いつもの仕事着を着ていた。
そして教室の中にイスに一人で座っている。
教室には窓などなく、引き戸も存在しない。
室内は暗く、蛍光灯の光がとても眩しかった。
そして黒板には、黒いドレスを身に纏った一人の女性がいた。
プロポーションはモデルなみに素晴らしい。
けれどその顔は見えない。
黒く長い髪を帽子の中で束ねていて、帽子にはレースがかかっていた。
そのレースが女性の表情を隠す。
見えるのは唇だけ。
赤く細い唇が、笑みの形を浮かべている。
「さあ、問題です」
女性は黒板に、一つの原型を白いチョークで描く。
原型とは、あの精肉店に仕入れられているモノだ。
まだ捌かれる前の…死んだ直後の姿。
「アナタはこの一つの原材料から、いくつの品物を作り出せますか?」
明るく、楽しそうに女性は問う。
―皮肉な夢だな。
夢は見る者の心を反映するという。
そのせいで、こんなのを見てしまうのだろう。
アタシは歪んだ笑みを浮かべながら、答えた。
「まず、皮を剥ぎます。そしてその皮でソファーやランプなど、皮でできるモノを作り上げます」
女性は満足そうに、何度も頷く。
「良い毛並みをしていたら、毛も刈ります。毛は糸として使えるので、編み物も作れます。爪も良いモノであれば小物やアクセサリーに使えますし、眼も濁りが酷くないものであれば使います。後は骨ですね。食器が作れます。そして血も特殊な方法で固めれば、アクセサリーなど装飾品が作れますね。原型が素晴らしく良い状態であれば、それ一つでアンティークドール一つまるまる作れちゃいます」
「素晴らしい! アナタは職人の鑑ですね!」
女性は手をパチパチと叩いた。
実に皮肉、実に馬鹿げている。
自分で説明しながら、嫌気が差しているのに気付いてしまう。
何かを作るのは好き。
そしてそれがどんな材料であろうとも、素晴らしい作品を作り出すことに使命感を感じているのは事実。
今更人に何と言われようと、アタシは職人を辞めるつもりはない。
…そもそも辞めさせてくれないだろうしなぁ。
多くの顧客達や…そして霞雅美が。
「お肉や内臓部分はさすがに扱えないので、お肉屋さんに引き取ってもらいますが」
「そうですね。新鮮な部位は、扱いが難しいですもの」
女性は納得しているようで、うんうんと何度も頷く。
「他にもいろいろと作れますが、まあお店の主力商品はそんなところです」
言い出したらキリがないぐらい、作れるモノはとても多い。
その分、材料の扱いも慣れているつもりだった。
…でも本当は、まだ納得していない部分があったのだろうか?
だからこそ、こんな夢を見ているのか?
アタシは息をゆっくり吐きながら、立ち上がった。
「―で? この問いかけには、何の意味があるの?」
「大ありです! アナタがいかに素晴らしい職人魂を持っているか、試してみたのです」
「何を今更…」
職人となり、一人立ちしてすでに十年が経過している。
歴代の職人の中でも、一・二を争うほどの腕前と言われているアタシが、何を試すというのだろう?
「アナタは立派な職人です。死ぬまでその仕事をやり遂げるでしょう」
「せいぜいやり残した仕事がないようにしたいわね」
心残りはそれぐらい―。
きっと最期まで仕事のことしか頭に無いだろう。
「ええ。ですから、変わらないでくださいね?」
明るくはしゃいだ女性の声が、急に静かなものとなった。
しかし唇は笑みを浮かべたままで…この笑み、どこかで…?
「アナタはそのままで良いのです。素晴らしい職人だからこそ愛され、大事にされているのですから」
アタシは眼を見開いた。
この言葉を言ったのはっ…!
「―だから、迷わず仕事を続けてくださいね?」
女性の声が、アイツの声に変わる。
全身にゾワッと鳥肌が立ち、血の気が引いていく。
「あっアンタは…」
女性は自らレースをよけ始めた。
「魅古都、アナタはずっと、わたしだけの職人ですよ」
「霞雅美っ…!」
レースの向こうに見えたのは、霞雅美だ。
美しい顔に、凍えそうなほど魅力的な笑みを浮かべている。
視線が氷の刃となって、アタシの迷いを貫く。
「アタシっ…アタシはっ!」




