調査2・怪しき新客
「確かにあの方の古い知人に、そういう方はいます。名前は狩紅八崎、年齢は五十八。ですが残念ながら、アリバイが成立しています」
霞雅美に連絡した数日後、家に報告しに来た。
「アリバイ?」
「ええ。彼は失踪者の三人目から七人目まで、仕事でスイスに行っているんですよ」
そう言って書類を渡してきた。
写真に写っていたのは五十過ぎの男性だが、目つきがその…爬虫類みたいだ。
頬も痩せこけ、髪も真っ白。
「この人の職業は?」
「主に輸入ですね。表向きは家具や洋服などですが、裏では禁止されている動物の毛皮や剥製などを国内に入れています」
「ふーん。なら警察に知り合いでもいるんでしょうね」
じゃなきゃ、勤まらない裏職業だ。
「ですがそっちを扱う管轄と、失踪事件を扱うのとはまた別の管轄でしょう」
「…そうなのよね」
だから彼は限りなく白に近い灰色だ。
何故灰色かと言うと…。
「仕事で日本を離れている間に、金で雇った連中に誘拐させるって言う手もあるわよね?」
「ですね。それに彼なら、隠れ倉庫や地下室がある家をたくさん所有していますしね」
と言う理由から、犯行は可能なのだ。
彼は大の剥製や毛皮好きで、資産も裏の職業のおかげで儲かっているみたいだ。
でも、なぁんかイマイチ。
彼のことを知った時は、引っかかるものを感じたのだが、今は何故かそれを感じない。
「何だろう…何かが噛み合わない」
ほんのちょっとしたことが、引っかかり、不愉快な気分にさせられる。
「でも一番の容疑者としては、文句のつけようがないと思われますよ? このまま調査を続けても良いですよね?」
尋ねる口調だが、有無を言わせない迫力を持つ。
実際、彼はアタシのことを調べているらしい。
いつ近付いてくるのかと、霞雅美は気が気でないらしい。
「…ん?」
書類を見てて、ふとある部分が気になった。
「この人、結婚してるんだ」
「ええ。奥様は大病院の次女で、彼女との間に子供は一人いまして、今は大学院生です」
つまり息子は一切金には不自由していないわけか。
…ちょっと羨ましい。
「息子はどっちかの後継ぎになるの?」
奥さんのお兄さんが病院の後継ぎにはなっているものの、子供はまだ女の子で、高校生だ。
この場合、息子が後継ぎになる可能性がある。
そして会社の方も、何もしなくても後継ぎになれるだろう。
…羨ましい生まれだ。
「実はそこのところが、ちょっと揉めているみたいです」
霞雅美は茶封筒から数枚の書類を取り出し、見せた。
まだ二十代前半の若い青年の顔写真と、プロフィールだ。
しかしずいぶんと綺麗な顔をしている。
線が細くて鋭いけれど、眼や唇に異様なほど色気がある。
女装したらとても似合う顔立ちだ。
「奥さん、よっぽどの美人?」
「奥様もそうですが、旦那さまも若い頃はお綺麗だったみたいですよ」
容姿も受け継いだのかぁ。
なら、頭の良さもかな?
「ご子息のことですが、ちょっと変わった趣味の持ち主みたいです」
「ん?」
霞雅美にしては珍しく、困惑した表情を浮かべている。
「高校生の頃から、気に入った人間を別宅に監禁するといった行動を繰り返しているみたいなんですよ」
「ぶっ!」
「どうやら小さな頃から、そういう行動があったみたいです」
アタシは書類を読んだ。
青年は小さな頃、仲の良かった友達を家に招いては、なかなか帰そうとしなかったらしい。
それが高校生になるとエスカレートして、とうとう別宅に監禁するようになった。
「よく訴えかけられなかったわねぇ」
「まあお金と権力で揉み消し、黙らせたんでしょう」
ああ、ありえるな。
「監禁している間、暴力とかは?」
「まあ暴力はなかったようですが…」
別の意味での暴行はあった、と霞雅美の眼が物語っていた。
「って、ちょっと待った。被害者の中には男性もいたような…」
「ええ、だからちょっと変わっているんですよ」
いや、その場合、ちょっとではないだろう?
書類の中には被害者の名前と顔写真もあった。
「まあ…好みは若くて綺麗な顔立ちってところかな? 目鼻立ちがハッキリしているコが多い。彼自身もかなり綺麗な顔をしているんだけどね」
「幼い頃から審美眼は磨かれていたでしょうから」
そこもまた、両親譲りとも言えるだろうな。
あるいはそういう教育を受けてきたか。
「彼はその監禁癖のせいで、父親の後継ぎになるのは難しいと言われているみたいです。気に入ったものは自分の物にしようとしまう性分は、父親以上と言われています」
「なるほど。それじゃあ病院にしろ、商売にしろ、ろくなことはしなさそうね」
「ええ。そこが懸念されていまして、後継ぎ問題は今は…というところらしいです」
病院や商売の仕事途中で、気に入った人間、あるいは物を見つけたら我が物にしてしまう息子に、さすがに後継ぎをやらせるわけにはいかないだろうなぁ。
「…ちなみに、彼等は店に来て、アタシの品物を買ったことは?」
「実はあるんですよ」
さすがの霞雅美も表情を曇らせた。
「人伝に店のことを聞いてやって来ました。ああでも、二人とも別々に来ましたけど」
「でも二人とも、アタシの品物を買ったんだ」
「…ええ。お父様の方はソファーとランプを。ご子息はアンティークドールを購入されていきました」
「その時、アタシのことは?」
「聞かれましたが、さすがにお答えするわけにはいきませんでしたからね」
アタシへの接触は全て、霞雅美の管理下に置かれている。
彼がダメなら、何が何でもダメになる。
「二人が来たのは、その一回だけ? いつ頃来たの?」
「来たのはその一回だけです。お父様の方はもう五ヶ月ぐらい前で、ご子息は二ヶ月前になります」
「二ヶ月って…」
「そうです。例の連続誘拐事件が始まった頃ですね」
「おいおい…」
嫌な符合だ。
ジグソーパズルのように、ピースがピッタリ当てはまる。
そして何となくだが、アタシの感覚に引っかかっていた。
父親の方ではなく、息子の方に。
あのアンティークドールを買った彼―きっと何か関係している。
「じゃあ決まりね。捜査はこの息子に絞って調査して」




