職人・魅古都
「ん~。…こんなモンかな?」
光にかざした赤い石を見て、アタシはため息をついた。
三センチほどの赤くて丸い石は、パッと見は宝石のように見える。
けれど実際は赤い液体を固体化した物。
けれど触れば冷たく硬いし、美しさも宝石のような輝きがあるから、一般人には分かりにくい。
そう。アタシのような職人でないと、見分けることなど困難だ。
「えっと、確かチョーカーにするんだったわよね」
依頼書を見ながら、再確認。
この石の原料である赤い液体は、依頼人が持ち込んだ物。
アタシは液体を固体化し、依頼人の希望通りの物を作るのが仕事だ。
特殊な材料の為、アタシの職業も特殊と言えるだろう。
物がごちゃごちゃと散乱している工房の中を歩き、壁際の棚に向かう。
この棚にはさまざまな種類の紐を置いてある。
依頼人の紐の希望は、牛革だった。
茶色の細い牛革の紐の在庫は…あっ、あったあった。
紐を手にし、作業机に戻る。
ライトスタンドの白い光に照らされて、赤い石が妖しい美しさを放つ。
「この石を牛革で縛り付けるとは、ねぇ…。愛情があるのかどうか、分からないものだわ」
独り言を言いながらも、手は動かす。
赤い石を手に取り、牛革で巻きつけていく。
そして適当な長さに調節し、紐を切る。
後は編んだり整えたりで、デザインを加える。
そして十分後には完成。
「まっ、こんなものでしょう」
赤い石は牛革に囚われの身となった。
けれどアタシはただ、受けた仕事をこなすだけ。
自分の作った物だけど、必要以上の感情を持たない。
「まあ持っていちゃあ、勤まらない仕事よね」
深く息を吐いて、チョーカーを箱詰めにする。
依頼書と一緒に紙袋の中に入れて、棚に置いた。
「さて、次は…」
依頼は絶えずに来る。
そのことはありがたいのだが、疲れが溜まる一方なのはいただけない。
アタシの職人としての仕事は、主にアクセサリーや人形を作ったり、家具などを作ったりする。
全部一人で作業は行っている。
ちなみに仕事のやり方は二通り。
普段、材料は自分で仕入れ、作ってはお店で売ってもらっている。
作る方が好きなので、売る方は他の人にやらせている。
これが一つめ。
けれど時には個人の依頼も受ける。
頼まれれば誰でも受けるわけじゃない。
ある条件をクリアしたお客さんだけ、依頼を受ける。
これが二つめになる。
しかし最近では、個人の依頼が多くて眼が回ってくる。
まあ依頼の方が金銭的には良いし、材料もお客さんの持込が多いから楽なんだけど…正直言えば、あんまり楽しくない。
やっぱり多少経費がかかっても、自分で好きな物を作った方が楽しい。
店で売っている品物も売れ行き良いみたいだし、ここらで依頼を受けるのを一時中断した方がいいのかもしれない。
報酬の良さに、ついつい引き受けてしまう自分が悲しくなる…。
「と嘆いている間に、とっとと依頼を片付けますか」
時計を見ると、丑三つ時…ではなく午前二時過ぎ。
思わず両手で自分の頬に触れ、カサついた手触りにうんざりしてしまう。
「朝夜逆転の生活が、お肌に響く歳になってきてしまった…」
依頼の仕事を片付けたら、化粧品を買いに行こうと心に決めた。
そして張り切って次の仕事に取り掛かった。
訪問客が訪れたのは、太陽が昇った後だった。
工房の扉をノックする音で、アタシは作業する手を止めた。
「はぁい。起きてるわよ」
「おはようございます。魅古都」
「はよ、霞雅美」
見た目は二十代後半の爽やかな美青年こと、霞雅美がやって来た。
優しい顔付きで、眼鏡をかけて長身のこの男は、実年齢と見た目が伴なわないのが恐ろしい。
けれど彼の手に持つ紙袋の中からは、とても良い匂いがするので言わない。
「また夜に仕事をしていたんですね。お肌に悪いですよ」
…やっぱり言ったろか?
「実年齢四十二歳に言われたくないわね」
いろんな意味で!
「あなたこそ二十八歳にして、未だ中学生ぐらいに見えるのは素晴らしいですね。肌年齢を抜かせば」
ぐさぁっ!
こっ言葉の刃が思いっきり胸に突き刺さったぁ!
…霞雅美の言う通り、パッと見、アタシは中学生に見えないこともない。
染めずに真っ黒な髪は伸びて頭の上で束ねていて、肌の色は引きこもりの仕事のせいで青白い。
顔立ちが童顔なせいで化粧も似合わないので、ほぼノーメイクが多い。
あげくに背が低い。
そのせいで中学生…と言うか未成年に見られることが多い。
世の女性は若く見られることは嬉しいらしいが、中学生と間違われるのは非常に微妙なことだと思う。
「朝夜逆転の生活はあまりよくないですよ?」
「夜の方が集中できるから良いのよ」
アタシは引きつった顔で、作業机の上を片付けた。
「あっ、大分依頼品できたから、帰る時にでも持ってってよ」
「相変わらず仕事が早いのは良いことですけど、ムリは禁物ですよ?」
優しく諭すように言いながら、霞雅美は作業机の上に紙袋の中身を広げていく。
温かな二つの紙包みに、魔法瓶。
「ん~良い匂い。ホットドックとパニーニ?」
「当たりです。ホットコーヒーは砂糖無しのミルク入りで良かったんですよね?」
「うん! サンキュ」
コップに注がれるコーヒーは、眠気が一気に吹っ飛ぶほど良い匂い。
一口飲むと、温かさと香ばしい味に、全身が緩む。
「あー、やっぱり朝はコーヒーよね」
「あなたにとっては夕食でしょう?」
「まっね」
起きるのはもっぱら夕方なので、食事も朝夜逆だ。
パニーニを袋から出し、口に頬張る。
とろとろのチーズとしゃっきり野菜、そして味の濃い鶏肉がたまらなかった。
「んまっ! 霞雅美ってホント料理上手よね。アンティークショップより、喫茶店を経営した方が向いているんじゃないの?」
「それをあなたが言いますか」
「えへっ」
霞雅美はアタシの作った品物を売る、アンティークショップの店主だ。
だから彼がいなければ、仕事は成り立たないと言って過言じゃない。
「魅古都の作る品物は、ウチの主力商品なんですから。本音を言えば、あまり個人的な依頼は受けてほしくないんですけどね」