第七話 ―1―
* * * *
二つのまっすぐな紐をでたらめに結ぶと、こんがらがってしまう。
これは至極当然な話であり、誰にでも簡単にできる。
だけれども。
「…………」
こんがらがった紐を、元のまっすぐな紐に戻すのは―――――難しい。
私の頭の中では、思考という紐が複数こんがらがってしまっている。
なかなか―――――ほどけない。
私は、また噴水の傍のベンチにいた。
ここに来れば、会える気がしたから。
でも現実は、そんなに簡単ではない。
冬の訪れを感じてか、この広場に出てくる人さえ少ない。
もちろん―――――彼だっていない。
「……はぁ」
吐く息が白い。そして何より、寒い。
ふと見上げれば、先ほどまで見えていた太陽が、いつの間にか分厚い雲に隠れていた。
……どおりで寒いわけだ。
「……うそ…」
頬に落ちる水玉に気がつくのに、そう時間はかからなかった。
人がいなかったのは、寒いからじゃなくて雨が降るから。
そう結論付けてから、私は自分を叱咤した。
「なんで雨に気付かないかな。私の―――――」
「……ばかたれ」
言おうと思っていた言葉が先に聞こえて、私はびくりと身をすくませた。
「………風邪、引くぞ」
「え? あ、の…っ……」
「早くしろ」
彼だった。黒い大きな傘を差して、彼は立っていた。
そしてそれを私に貸すでもなく、彼はすたすたと先を行く。
慌てて彼を追い、その大きな傘の下に入る。
来るはずがないと、いるはずがないと思っていた。
だって、そうでしょう?
雨の中、わざわざ散歩にでる人なんかいない。
「ユウ、なんで―――――」
「黙ってろ」
私の問いかけに耳を貸すわけでもなく、彼は先に進む。
先を歩く彼の背中から、いつになくとげとげしいオーラが漂っている気がする。
なんてゆーか、ユウ、怒ってる?
「…………」
……なんて聞けるはずもなく。
流されるままに私と彼は院内へ戻っていった。
* * * *
院内の待合室。ふかふかなソファに二人で腰掛けた。
ヒーターが焚いてあって、外とは比べ物にならないくらい暖かった。
ユウに連れられて、ここまできたのだが。
「ゆ、ユウ、あのさっ」
「…………」
「あの、あの……」
「…………」
何度、『あの』という言葉を繰り返したか。
幾度となく繰り返しても、彼は一度もこちらを見ない。
…やっぱり、怒ってる。絶対怒ってる。
「……なんで、外にいた」
ずっと俯いていた彼が突然、口を開いた。
「―――――…え?」
「今日は雨の予報だった」
「え、あ…えと、天気予報…見なかった、から……」
「…………」
ユウはため息をつくと、小さく 「ばか」 と呟いた。
その言葉を聞くと、何だか申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「………悩み」
「…ん?」
傍らにあった自販機にお金を入れるところで、彼が再び口を開いた。
「あるなら聞く」
「でも……」
「ないならいい」
「ないってわけじゃ!」
「なら、聞く」
「…っ……」
まっすぐにこちらを見つめる彼から、思わず目を逸らしてしまう。
いっそう葛藤し続ける頭の中。私は思わず唇を噛み締めた。
「私……わかんないよ…っ」
目からはいつの間にか、ぽろぽろと涙が零れていた。
とめどなくあふれ出るそれは、先ほどの雨のように私の頬を濡らしてゆく。
「裕子」
「…っく……ぅ…」
「話してみろ」
「…っ……」
それは、今まで聞いた中でも一番優しい声だった。
私は小さく頷いていた。
* * * *