第五話 ―1―
* * * *
最近の暖かさをを覆すかのような冬日だった。
つい昨日まで薄着でも平気だったのに、突然。
思わず一重二重に洋服を着たくなるような、そんな気候。
そんな中私は、病院の中庭に来てみた。
目的は――――ただひとつ。
「……いた」
噴水のベンチを見て、思わずそう呟いてしまった。
駆け足で近寄った私は、彼の隣に腰を下ろした。
「おはよ」
「…………」
挨拶くらいしてくれたっていいのに、と口の中で呟く。
そうえばさぁ、と切り替えして私は昨日の出来事を話してあげた。
* * * *
「はい、チャイム鳴ったからね、着席してね」
昨日の、家庭科の授業のことだった。
窮屈な『勉強』を離れ、心身ともに休める調理実習。
「じゃあね、今日はね、調理実習をやりましょうね」
家庭科の女教師は、ずれた眼鏡をかけなおした。
数学や世界史みたいに文字とにらめっこするんじゃなく、体育や美術みたいに手足身体を使うような授業の方が、私は好きだったりする。
……まぁ、誰だって面倒な作業は嫌いだよね。
「今日作るものはね、料理じゃなくてね、飲み物なのね」
それは調理と言えるんだろうか、なんて首を捻る。
ちら、と腕時計を確認し小さく頷くと、先生は続けた。
「今日はみんなでね、お豆からコーヒーを作ってみましょうね」
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「裕子」
呼びかけに振り向くと、そこにはエプロンをつけた友だち二人が腕を組んでこちらを見つめていた。
「え、なに?」
「それ、エプロン逆」
「へ? え、そうなの?」
「そうなの! もう、世話が焼けるわっ」
「ヒロちゃんは運動なら任せろ、ってタイプなんですけどねー」
「あ、あとでひっくり返そうと思って、忘れただけだもん。いつもはできてるもん」
「忘れるようなことじゃないし!」
慌ててひっくり返そうとするもヒモが変な風に絡まってしまい、がんじがらめになってしまった。
助けを求めるも、二人はげらげら笑っていて助けてくれそうになかった。
正直、調理実習どころではなかった。
「まず豆をね、この中に入れてね―――――」
絡まる私には目もくれずに、先生は説明を進める。
……いや、少しは生徒の心配しましょうよ。
「―――――というわけでね、早速やってみましょうね」
「えっ、説明終わりっ!?」
先生の説明終了宣告を受けて、私は思わず言っていた。
はっと我に返り見渡して見ると、周囲の視線が私に集中している気がした。
小さな声で 「ごめんなさい…」 と呟き顔を真っ赤にしながら私はうつむいた。
「ヒロちゃんは、こーゆーとこがかわいーんですよねー」
「ほっとけない感じはするわね」
私の傍らでは二人がくすくす笑っていた。
……この失敗は、絶対に挽回するんだから!
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