第四話
* * * *
「高校は、ここから遠くない」
穏やかに風が流れ、その冷たさが頬を刺した。
まだ十月なのに、なんて思っていたら、彼は口を開いて話し始めた。
「そうなんだ。何年生?」
「三年」
「じゃあ、私と一緒だ!」
果たして同学年だった彼に、何だか少し親近感がわいてきた。
なびいた髪を掻き揚げ彼に笑いかけると、ぷいとそっぽを向かれてしまった。
「最近は行ってない」
「病気のせい?」
「ああ」
「それってどんな―――――」
「裕子ちゃーん!」
言いかけたところで、誰かに遮られた。
振り向くと、おばさんがこっちに向かって手を振っている。
「呼んでるぞ」
「そうみたい。もー、じゃあ今度聞くからねっ」
立ち上がり踵を返そうとすると、彼がぽそりと呟いた。
「ユウ、だ」
呟いた言葉が名前だったことに気がついたのは、おばさんと一緒に帰路を辿っているときだった。
* * * *
「ユウ君って、イケメンよね〜」
おばさんがおもむろにそんな言葉を言ってのけた。
その一言に、思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになってしまった。
「裕子ちゃんもそう思うわよね〜?」
「な、なんで私なんですかっ」
「だって、ねぇ」
くすくすと口元を隠して笑うおばさん。
まるでコンロにかけたかのように、顔がみるみると熱くなるのが分かった。
「楽しそうに話してたじゃない」
「いや、あれはそのっ」
「結構、お似合いだったわよ?」
「っ!?」
熱すだけに飽き足らず、さらにおばさんは油まで注いできた(危険)。
「あれは、ええと……」
「えーと?」
「…な、あの」
「あの?」
「な、なんでもないんですっ! おやすみなさいっ!」
コップに残っていたコーヒーを全て飲み干し、慌てて部屋に戻った。
わたわたとベッドに飛び込むみ、頭まですっぽりと布団を被る。
そして傍らにあった枕を抱きかかえた。
「……おばさんってば…」
口では悪態をつきながらも、どうしても上がってしまう口角を下げることはできなかった。
「お似合い、だってさ」
誰に言うでもなく、ひとり呟く。
「また明日―――――行ってみようかな」
私は電気を消して。
黒く塗りつぶされた部屋におやすみとだけ残した。
窓の隙間からは月の明かりが漏れて。
その一筋の光が私を見守ってくれていた。
小さな歯車がひとつ、ゆっくりと回りだした。
* * * *