第二話
* * * *
「あら、裕子ちゃん」
帰り際、白い制服姿のおばさんに出会った。
昔から長い付き合いで、私のことを娘のように可愛がってくれる優しい人だ。
「今、帰りかい?」
「そう思ってたんですけどね。少し疲れてしまったので、中庭で休もうかな、って思います」
「あら、そうなの」
おばさんはにこにこと笑い私を手招きした。
そして私の手を取って、小銭を握らせた。
「いつもお見舞い大変だろうから、これ」
「そ、そんなっ! 悪いですってば!」
慌てて返そうとするも、さっと身を翻したおばさんは、そのまま奥へと行ってしまった。
おばさん……いい人だ。
「飲み物買って休もう……」
貰った小銭を自販機に入れ、ボタンを押す。
がこん、と小気味のいい音の後、商品が落ちてくる。
「寒いと、あったかいの飲みたくなるよね……」
というわけで、缶コーヒー。
小さなぬくもりを感じながら、私は中庭に足を向けた。
* * * *
病棟からそう距離はない場所。
リハビリや散歩に利用できる憩いの場所である中庭。
様々な種類の植物が植えられており、ここが病院であると言うことをすっかり忘れさせてしまうような風景である。
中央には噴水があり、心身ともに落ち着ける場所になっている。
「あったかー……」
噴水の近くのベンチに、私は腰を下ろした。
包むようにして持っている缶コーヒーの温度が、なんとも言えず心地よい。
プルタブを起こして缶を傾けると、思わずため息が漏れた。
「………ほー…」
この甘さがなんともまぁ……。
感慨深く頷きもう一口飲もうと口を近づける。
と。
「…………?」
視線を感じた。
横を見ると、一つ隣のベンチに座っている人がこっちを見ている。
見た目私と同じくらいの男の人。
患者さんが着る服を着ていたので、一目でここに入院している人だと分かった。
「…………」
ええと……?
なにゆえあの人はこちらをみているのでしょうか?
もしかしてコーヒー飲みたいとか?
いろいろと考えていると、彼と目が合ってしまった。
気まずいっ。
「……こ、こんにちは…?」
場の雰囲気に耐えられず、思わず私は言った。
すると彼は、眉一つ動かさずに口を開く。
「もう、夕方だ」
それだけ言うと腰を上げ、さっさと向こうに行ってしまった。
その後姿を眺めながら、私は呟いた。
か……。
「感じ悪っ」
呟きは誰に届くわけでもなく。
ただただ、夕日が目に眩しかった。
これが、はじまりだった。
* * * *