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第八話

* * * *






 それは少しだけ前の。


 

 ある、晴れた日のお話。





 「ふんふんふーん♪」





 私は病院の中庭のベンチに座っていた。



 鼻歌を歌いながら、コーヒーなんか飲んじゃって。



 ……私って、ブルジョワ。



 思わず上がる口角をそのままに、私は眼前をを歩く一人の男の子をみた。



 なんだかすごく見覚えがあるその影に、私は声をかけた。






 「……もしかして、チビケンくん?」





 声が届いたのか、眼前の影はぴくりと身をすくませる。



 そして私の顔を見るなり、彼は言う。






 「ぐえ、ヒロリ菌」



 「……うわ、とかならまだわかるけど、ぐえ、って何よ」



 「いや、なんでお前がいんだよッ!」



 「その台詞、アイロンかけてあんたに返すわ」






 あたたかい、小春日和の一日。



 チビケンくんは、綺麗な花束を抱えていた。






 「それ、誰かにもらったの?」



 「へ? あ、ああ、これか」






 慌てたように花束を隠すと、照れたように彼は後頭部をかいた。



 その姿がなんだかおかしくて、思わずくすりと笑ってしまった。






 「これはねーちゃんにお見舞いの花なんだよ。悪いか!」



 「悪いなんて言ってないじゃん。―――――ってゆかチビケンくん、お姉さんいるんだ?」






 なんだか意外だった。



 絶対ひとりっこだと思ってのに……。



 私の問いに少しだけ考えるようにしてから、彼は言った。





 「四こ上なんだけどさ。すげぇ優しくて。病気かかる前までは、いつも笑ってるひとだったよ」





 何か懐かしいことを思い出したのか、チビケンくんは小さく笑っている。





 「病気……、ってどんなの?」





 言ってから聞かなくてもよかったと、すこしだけ後悔した。



 そんな私の心配は露知らず、彼は笑って答えてくれた。






 「実は、俺もよく知らねぇんだ。ただ、その病気にかかってからのねーちゃんはなんだか弱気になっちゃってさ。段々口数も減って、笑わなくなっちゃったんだ」






 そうなんだ、とだけ、私は呟いた。



 彼の笑ってはいたが、その顔はなんだか寂しそうだった。



 変なこと、聞いちゃったな。



 そんな私の雰囲気を察してか、彼は慌てて取り繕う。





 「あ、いや、別に裕子が気にすることじゃないからな?」





 わたわたと慌てる彼に、私は再び笑ってしまった。






 「……いや、笑うところじゃないだろっ」



 「ごめんごめん。ってゆうか久しぶりにキミに名前を呼ばれたな、ってね」





 小さくウインクを決めると、彼の顔はみるみる赤くなっていった。



 しばらく談笑をした後にこの場を後にしたチビケンくんの背中を見送り、私も歩を進める。



 目指すは、彼のいる病室。



 今日はなんだか、私から会いに行きたい気分。





 「なんか……緊張するなぁ」





 この中庭では何度も会ってる私達だけど、彼の病室に直接赴くのはコレが初めてだ。



 おのずと胸が高鳴る。



 清潔感のある廊下をしばらく歩くと、彼の病室の扉の前まで辿り着いた。 



 小さく喉が鳴る。



 何もしていないのに、顔が熱を持ったように熱い。



 私は大きく息を吸い込んでから、扉を叩いた。





 「…あの、ユウ?」



 「………? はい」





 一拍おいて、目の前の扉がゆっくりと開かれる。



 それと同時に、何やら香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。





 「………どうした」





 香る匂いに酔いしれていたら、目の前の彼が声をかけてきた。



 いつもと変わらない彼の表情に、少しだけ顔がほころぶ。






 「あ、いや、何でもないっ」



 「…………?」



 「それより、この匂いはなに?」






 聞きながら、ずかずかと彼の病室へ。



 ほとんど真っ白な病室は、ぱっと見れば使われていないのかと思うほど綺麗だった。



 ……生活感ならぬ入院感? ってのが見たかったなぁ。



 振り返れば、彼がコーヒーカップを差し出してくれた。





 「ん? 飲んでいいの?」





 彼が小さく頷く。



 それを確認してから、私はカップに口をつけた。



 ……部屋に入った時にした匂いは、これだったのか。



 


 「……………」



 「……………」



 「……あの」



 「………なんだ」



 「…見られてると飲みづらいなぁ、って」



 「……………」





 つい、とそっぽを向く彼。



 なんでこんなに、顔が熱いんだろ……。



 人知れず紅くなった頬をそのままに、私はカップに口をつける。






 「………どうだ」



 「これ、すっごくおい――――……」



 「…………」



 「―――――みっ、見ないでって言ったじゃん!」



 「…………」



 「……い、いや、あのその」





 あまり表情には出ていないのだが、なんとなくしゅん、とした彼に私は慌てる。



 そんな私を横目でじっと見るユウ。



 味の感想を催促しているように見える。






 「…お、おいしいです」





 私のその言葉を聞いて、ユウは小さく微笑んだ。






 「よかった」






 白い病室に響く、彼の低い声。






 「………また、作ってほしいな」






 なんだかすごく、安心して。



 それでいて、切なくて。







 「……………」







 言葉の代わりに一度だけ、私の頭を撫でてくれたユウ。



 かすかに差し込む夕陽の朱のおかげで、頬の色は隠せたはずだと思う。






* * * *

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