天使と悪魔
「いい加減っ!言ってよっ!どこにあるのっ!?」
先ほどからオンディーヌはアナバの攻撃を払うか、避けるかしかしておらず、自分から攻撃を仕掛けなかった。
理由は簡単、飽きたのだろう。
そんなオンディーヌの様子を見て、アナバは苛立ち狙いをオンディーヌからオンディーヌの遥か頭上へと変更した。
「木でできた弓矢はすぐに壊されちゃうしっ!避けられちゃうからっ!こういう攻撃もさせてもらうよっ!」
彼が狙ったのは、天井のステンドグラスだった。降り注ぐ大量のガラス。部屋全体に降り、避けられない。
大量のガラスがオンディーヌを襲った。
「…ねぇ、君さ橙の翼を探しているんだよね?教えてあげようか?」
傷つき、血を至る所から流したオンディーヌは、唇についてしまった自らの血を舐めながら言った。
「早く言ってよっ!僕らはそのために来てるんだっ!」
その言葉にオンディーヌは笑った。
ステンドグラスが割れたことにより降り注ぐ陽光と、その光の中で幾多もの羽が輝く。
「ここだよ。さっき君が壊したステンドグラスの中に翼はあったのさ。」
光と羽の中で微笑むその姿はまるで天使のようだ。と、アナバは一瞬思ってしまった。
「逃がさない…!!」
ウンディーネは持ち前の運動神経を生かし、逃げ回るカタバを追い掛けていた。
カタバは最初完全に油断していた。
ウンディーネもミストも戦うことなどできないと思ったためである。
少し武器を持って脅せば、橙の翼の在り処を喋るだろうと浅はかにも考えていた。
今、彼はその考えを悔いている。
テラスから始まった二人の追いかけっこは、城の屋根にまで達していた。
「あいつ…何なんだよぉ…。お姫様じゃないのかよぉ。」
何とかしなくては。カタバは必死に逃げた。
「待ちなさい!」
ウンディーネは大きく跳躍すると、槍を振り上げカタバへと投げた。
跳躍の力も加わり、槍は屋根の一部ごとカタバを屋根から一階に落とす。
カタバは一階へと落とされる一瞬が、永遠の時間のような、そんな感覚を覚えた。
ウンディーネを見た。
逆光になっており、彼女の顔を伺うことはできない。
しかし、手元の武器、全身影を帯びた姿。
その姿はまるで、
「悪魔…。」
諮らずしも、カタバの落ちた先は、片割れの待つ、玉座の間であった。
「カタバっ!」
アナバはすぐに反応し、細腕でカタバを受け止める。
「新手か…?」
オンディーヌが二人に近づこうとすると、また天窓から人が落ちてくる。
もちろん、ウンディーネである。
器用に着地すると、真っすぐにカタバを見つめた。
「あ、あいつぅ…まだ追いかけてくるのかよぉ…。」
「大丈夫かっ、カタバっ!」
「アナバぁ…あのお姫様、僕には無理だぁ…。」
アナバはカタバの言葉と様子を踏まえて、現状を把握する。
入ってきた女はかなりの実力者と見て取れる。
大海の国が四人いるのに対し、こちらは二人…。
どんどん分が悪くなっていく…。
アナバとカタバは、先日火山の国を襲撃した、ハヤテ部隊のコチのことを思い出した。
あの襲撃以来、帰ってこない彼女。
橙の園の誰もが、コチが帰ってこないことなど、気になっていない様子だ。
二人はコチが任務に失敗し、そのために殺されたのではないかと、どこかで感じ取っていた。
自分たちもこのまま逃げ帰ったら、殺されてしまうのではないか。
二人の頭の中を恐怖が支配した。
脂汗がにじむ。
顔をあわせ、呼吸を整える。
目の前にいるウンディーネとオンディーヌに目をやる。
狙いが決まった。
アナバとカタバは立ち上がると、アナバは弓をカタバはボーガンを構えた。
まずはカタバが二連続で、矢を放った。二つの矢はそれぞれ、ウンディーネとオンディーヌめがけて飛ぶ。
二人は素早く反応すると、ウンディーネは槍でオンディーヌは剣で矢を払う。
しかし。
「それは、囮だよっ…。」
アナバが持っている矢の中でも最も殺傷能力の高い矢を、カタバの矢がはじかれた隙を見て放ったのだった。
どうせ逃げ帰るのならば、手柄を何とかたてようと思い立ったのだ。
「オンディーヌ!!!」
矢はオンディーヌをとらえていた。
カタバが放った矢のせいで、ウンディーネの反応が遅れた。
突然のことでオンディーヌは避けることができなかった。
「王子!!!!」
デューの悲痛な叫び声が響く。
何としても助けなければ、オンディーヌの前に出たと思ったそのとき、彼の身体は跳ね飛ばされた。
鮮血。
倒れたのは、イリゲート王だった。
「お父様!!!!」
「国王様!!!!」
オンディーヌとウンディーネは戦闘中であったのも関わらず、イリゲート王に駆け寄る。
デューは事態を全く把握できていなかった。
目が泳ぎ、顔面蒼白である。
「医療班!!!!玉座の間へ急げ!!!国王が負傷した!!!」
上から事態を見守っていたミストが大声で叫び、周りにいた兵士やメイドたちに危機であることを知らせた。
すぐに多くの使用人たちが出入りする。
矢はイリゲート王の胸を射抜いていた。
すでに、国王の息はない。だが、それでも、延命処置をやめることが、皆できなかった。
「お父…様…。」
オンディーヌの瞳から涙が零れ落ちた。
上手くいった…。
カタバとアナバは息絶え絶えに大海の国の町を走っていた。
なるべく、人目につかないように裏通りを選んで逃げた。
後ろを振り返る。
もう、大海の国の城は遠くに見える。
無事に逃げ切れたと安堵したその時だった。
「逃げ切れると思ったか…?」
目の前には、鬼のような顔をしたデューが立っていた。
アナバとカタバの視界が突如暗くなる。
眠気が襲う。
次に二人が目を覚ますことは無かった。