海を狙う双子風
大海の国の玉座の間。
王との謁見の時間以外ここは誰もいない。
そんな時間によく、オンディーヌはここに来ていた。
後ろで控えているのは軍人デュー・ヴァッサー、ミストの二番目の兄である。
ミストとはあまり似てない。
それもそのはず、デューは実の兄ではなく養子であった。
養子制度は大海の国では決して珍しくはない。
この国で重要視されているのは、忠義。
本家の繁栄のために、分家は忠義を尽くし優秀な子供を本家へと養子に出す。
本家の人間は、自分たちよりも目上の王侯貴族に仕える。
こうして、この国はできていた。
ヴァッサー家も例外ではない、大海の国の誇る名門貴族の一つだ。
養子はデューを含め、三人いた。
兄弟の中でも恵まれた体格のデューはミストと同じく、オンディーヌの護衛の任につくことが多かった。
玉座の間に入ってからずっと、天井を見上げているオンディーヌを壁にもたれながら、優し気な眼で見つめた。
オンディーヌはこの誰もいない玉座の間で天井に嵌め込まれたステンドグラスを眺めるのが好きだった。
心が洗われるように美しいステンドグラスは自然と笑顔になる。
天井から差し込む光は、ステンドグラスを通り、幻想的な色で輝いていた。
木々や花々をかたどったそれらの美しさに、この玉座の間に訪れた人間は全員息を飲む。
ガチャ
扉が開くと、入ってきたのはオンディーヌの父、イリゲート・エストレザーだった。
国王の姿を認めると、デューはすぐに跪き、オンディーヌは父の元へ駆け寄った。
「また、ここに来ていたのか。オンディーヌ。」
「うん。だって、僕ここが大好きだからさ…別に僕は綺麗なものが好きってわけじゃないけど…このステンドグラスだけは別ものだよ」
「お前が気にいったのならよかったよ。」
優しく微笑むイリゲート王の姿からは、王の威厳と父の慈愛が受け取れた。
イリゲート王は、この大海の国が始まって以来、最も国民から愛されている王と言われている。
彼へ向けられた忠義の士は、最も多かったのである。
次の王になるのは、オンディーヌかどうかは分からない。
しかし、王になるのであれば、オンディーヌは父のような王になりたいと密かに思っていた。
もちろん奔放な自分が王になるなど、そこまで真剣に考えていたわけではないのだが。
パリン
窓の一部が割れた。
そこから入ってきたのは、小柄な少年。
「どもっ!橙の民ゼファー部隊のアナバくんですっ!橙の翼を取り返しに来ましたっ!!」
元気よく言った。
大海の国の城には、城下町と海を一望できるテラスがある。
広く開放されたこの空間では、椅子に座ったウンディーネとその横に連れそうように立つミストがいた。
ミストの傍らの椅子には、緑色のオウムが泊まっていた。
草原の国の第一王子スリジエの愛鳥である。
「ジルベル王だけでなく、スリジエさんまで…。」
ウンディーネが手に持っているのは、オウムによって届けられた手紙。
差出人は草原の国のスリジエ王子である。
「…幸い利き手の損傷は免れたようですね。」
ミストは淡い微笑みをウンディーネに向けたが、その瞳はどこか辛そうだった。
ミストとスリジエは旧知の仲。
高校生の時は、ライバルとして切磋琢磨していたものだった。
「…許せない。橙の民。」
怒りに震えるウンディーネを見て、ミストは危険を感じた。
形だけとはいえ、婚約者の重傷に続き、ミストを伝って知り合った友人の負傷を黙ってみているウンディーネ姫ではなかった。
突如、テラスのベランダから、跳ねるように人が飛び込んできた。
「どうもぉ。橙の民のゼファー部隊のぉ、カタバですぅ。橙の翼を取り返しにきましたぁ。」
おっとりした口調の少年が二人の目の前に現れた。
「橙色の力は神の力だ。神の力は我らのもの。橙の翼を返せ。」
そういって、大弓を構える少年―アナバをオンディーヌはつまらないものを見る瞳で見つめた。
彼は基本的には好戦的だ。
だが、アナバは彼よりも幼く、弱そうに見える。
オンディーヌはそれがつまらなかった。
一つため息をつき、デューに目をやる。
「デュー、お父様のこと頼んだよ。」
「わかっております。王子、ご武運を。」
デューは腰に差してあった剣を二本抜き、オンディーヌに渡した。
自身はイリゲート王を守るように前に立つ。
「僕、最近二刀流ってやつに嵌っているんだ。試させてよ。」
一気に間合いを詰め、剣を振り下ろした。
弓は遠距離に特化したもの、ならば近距離に持ち込み、仕留めるのは当然のこと。
アナバはにやりと微笑むと剣を避け、大きく跳躍した。
弦を引き、射る。
オンディーヌはすぐに反応し弓矢を叩き切った。
ウンディーネとミストの元に現れた少年―カタバは、ボーガンを取り出した。
「僕はぁ、優しいですからぁ、橙の翼の在り処を言ってくれたらぁ、命だけは許してあげますよぉ。小賢しいエストレザー家への慈悲ですぅ。」
「…言うわけがないでしょ。」
静かにだが、威圧的にウンディーネは言った。
「ミスト。」
名を呼ばれたミストは一瞬びくついたが、すぐにいつもの冷静さを取り戻し、持っていた槍をウンディーネに渡した。
ウンディーネはそれを確かめるように二三度ふると、ゆっくりとカタバを見据えた。
「あなたたちを、私は許さない。」
その言葉からは、怒りが伺えた。