始まりの爆風
ジルベルが、橙の民に襲われた。
このことはミストとアカンサスにも速やかに報告された。
「今、ジルベル王は?」
「医師に治療させている。だが、出血が激しい。」
眉をひそめ、暗い面持ちでロシェは言った。
その表情は事態が深刻だということを物語っていた。
「許せませんね、その刺客…。ジルベル王はウンディーネ様の婚約者、傷を負わせるということは、イコール、エストレザーを傷つけたことです。」
先日の会戦以降、ジルベルとウンディーネは婚約者という間柄であった。
この婚姻は、橙の民のサランの策略であったが、一度結んだ婚姻をそうそう簡単に破棄することはできない。
そのため、一先ず結婚したという話を婚約したという話に訂正し、様子を見る事にしたのだった。
「お二人とも、はやく自国に戻ったほうがいい。」
ロシェは真っすぐ二人を見つめる。
「ジルベルが、言っていた。三種の神器が、草原の国と大海の国が危ない、と。」
「三種の神器…確か、先日のみかんの民の狙いも、それでしたね。」
顎に手を当て、思案を始めるミスト。
「三大国平和協定。」
ぽつりと、アカンサスは呟いた。
「この新しい協定を早くも、実行するときが来たと、言っても良いだろう。」
アカンサスの言葉にロシェとミストは頷いた。
「三大国のどれか一つにでも、仇なした者には、残りの国をもってして、捕らえるべし。」
アカンサスとミストはすぐさま、自国へと戻った。
とぼとぼと、橙の園へと続く道を歩く影。
正体はコチであった。
その表情はいつも以上に暗かった。
「やあ、コチ。」
彼女の前に現れたのは、目の下の隈が印象的な、細長い男―ブラストだった。
コチはブラストの存在を認めるとびくついた。
ブラストはガリガリに痩せていて、一見強そうにはみえない。
普通に戦えば、コチは勝てるだろう。しかし、彼女はブラストが苦手だった。
どこが苦手という話ではなく、ただ純粋にブラストという存在が怖かった。
「あれ?橙の瞳はどうしたんだい?」
ブラストの問いにコチは震えた。
「まさか、逃げ帰って来たのかな?」
笑顔を崩さないブラストとは対照的に、コチの震えは止まらなかった。額から汗が流れる。
「…そっか、ハヤテさん失望するだろうね。君のことを期待して頼んだのにさ、呆れるだろうね。」
コチは瞳を大きく開く、震えはどんどん大きくなり、立って居られなかった。
呼吸も上手くできない。
「ウラガンさんは激怒するだろうなぁ…どうするつもり?謝る?そんなんじゃ許して貰えないよ?」
無意識に、コチは小刀を取り出し、自らの首に当てた。
「うん、そうだね。きっとそれが良いんじゃないかな?」
その言葉を合図に、彼女は首に小刀を突き刺した。
ブラストは踵を返し、屋敷に戻った。
笑顔は決して崩さなかった。