動き出す風
ここは橙の園。
橙の民達が古くから住まう地。
周囲を山が取り囲むまるで自然から守られているような場所だった。
一時は最盛期を築いていた橙の民達も、迫害をうけその数は減っていた。
屋敷の中をツムジは歩いていた。
まるで、お土産でも持っているかのように左手には首をぶら下げ、右手には先ほどゲイルとサランの血がついた大鎌を持っていた。
部下であろう者たちとすれ違う度、部下達はツムジの姿を見て一様にぎょっとした顔をするが、すぐに何事もないように一礼し、去っていく。
ある部屋の前までくるとツムジは立ち止まり、両手はふさがっていたので右足で思いっきりドアを開けた。
「ただいま。ウラガンさん。はい、これ。」
ツムジはまるでお土産でも渡すかのように、愛らしい微笑みでウラガンと呼ばれた年老いた男に首を差し出した。
「…そこにおいてくれ。」
ウラガンは部屋に立ち込めた血の異臭と、ドアを壊されたことに対する文句を腹に押し込め、静かに言った。
「巫女は?報告がしたいんです。」
そういって、ツムジは部屋の中を見渡す。
「巫女は今、奥の部屋で祈祷をおこなっている。報告なら私がしておこう。」
ウラガンの言葉に大きく頷くとツムジは自分が壊したドアを跨いで部屋を立ち去って行った。
「良い顔してるね…ゲイル。」
いつの間に部屋にいたのか男性がゲイルの首を持ち上げ微笑んだ。
目の下の隈が特徴的な青白い顔をした男だった。
「白々しいな…ブラスト。」
隈のある男―ブラストはゆっくりと首を持って立ち上がり、ウラガンを見つめた。
「ひどいなぁ…僕はそろそろ、ゲイルが返ってくるころかと思って、来ただけなのに。」
ゲイルの首を愛おしげに抱きしめ微笑む。その姿にウラガンは呆れ果て、溜息をついた。
「気持ち悪いことしないでよ。」
何もない空間から女性の声が響く。
「ゼファー、姿を見せろ。」
ウラガンの言葉に素直に従ったのか、橙色の煙が声のした空間あたりに立ち込める。
傷んだ橙色の髪と切れ長の眼、化粧の臭いが印象的な、不思議な魅力のある女性だった。
ゼファーはゲイルの首を見て笑う。
「橙の四天王のゲイルも負けるのね。滑稽だわ。」
橙の四天王。
橙の民たちを纏める集団なのだろうか。
ゼファーは、ふと何かを思い出したように顔を上げ、ウラガンのほうを向く。
「ウラガン様、橙の四天王の一角であるゲイルは死にました…新たな四天王には誰を?」
「…そうだな…橙の民一の幻術師であるゼファー…橙の民一の長物の使い手ツムジ…橙の民一の暗器使いハヤテ…そして橙の民一の知力を持ち、ゼファーに次ぐ幻術の使い手ゲイル…そんな奴の後釜が務まるのはお前くらいだな…ブラスト。」
名指しされたブラストは、ゲイルの首から顔を上げ、にやりと口角を上げた。
「俺を…?ふふっ…それは…死んだゲイルとサランの喜ぶ顔が目に浮かびますね。」
ゼファーはそれを聞いて、“悲しむ顔”の間違いではと首を竦めた。
ゲイルが生前、ブラストのことを嫌っていたのを知っていたためだ。
ゲイルが嫌っていたのは、ブラストだけではなかったのだが…。
「ブラスト、ゼファー。橙の四天王を集めろ。予ねてよりの作戦を実行に移すぞ。」
ウラガンの言葉に二人は頷き、静かに部屋を去って行った。