♯ほのぼのに向かない特徴
ある冬の日、その日は朝から天気が悪く、夕方には雪が激しく降っていた。
四人がいつも泊まるような宿がどれも満室だったため、少しランクを上げた宿で一泊することになった。
深夜にアメリアが目を覚ますと、暗闇の中で椅子に座っているエルヴィーラと目があった、ような気がした。目が暗闇に慣れていないのでよくわからなかったが。
小声で声をかける。
「エル、よね。珍しいわね。こんな時間に起きてたの?」
「ああ。なんだか寝付けなくてな。
あの話を聞いた後だと、こんなに油断していていいのか、と考えてしまうんだ。
こんな上等な宿に泊まっているんだから、眠らないと損だとは思うんだがな…。」
「ああ、ターロが話していた「さんたくらーす」の話ね?
ニホンではだれでも知ってる子供向けの物語、って言ってたけど、信じられないわよねあんなの。」
エルヴィーラはうなずき、書き留めておいたメモを取り出す。
「そうだな…。
『それは子供向けの話で語られる物語である。
彼は肥満体の老人で、赤と白の服を着ている。
9頭のトナカイが曳く空飛ぶそりに乗って、寒い冬に現れる。
9頭のトナカイのうち1頭だけ赤い鼻のトナカイがいて、赤鼻はそれまで仲間外れにされていたがその日だけは先導を任せられて活躍する。
さんたくらーすは煙突から家に入り、良い子供の靴下の中に贈り物を入れて去る。
彼らはけっして人に姿を見られることはない…。』
子供向けの物語に出るようなものではない、だろうな。普通なら。」
「そうよね。
まず、靴下の中に贈り物、っていうのが悪趣味よね。都合よく新品の靴下を置いている家なんてそう多くはないでしょうし。
『贈り物』っていう言葉を素直にそのままの意味で考えることはできないと思うわ。
吹雪の中に現れるのに赤と白、っていうのも不自然よね。
目立ちたいのか目立ちたくないのかわからないわ。」
「うむ、そうだな。
贈り物が良いものだったとしても靴下の中に入れられていたらうれしさ半減だと思うが、プレゼントを靴下に入れるような者が相手が喜ぶようなプレゼントを贈るとも思えないな。
おそらく、『贈り物』というのはなにかの隠喩で、実際は嫌がらせのために靴下に変なものを入れていくんじゃないだろうか。
となると、『良い子』というのも逆の意味で『悪いことをしている子供』という意味なのかもしれないな。」
「……そっちは文字通りかもしれないわよ。
『いい子供にはプレゼントという名の嫌がらせ』だとしたら、『悪い子供には何をすると思う?』」
「……!
そういうことか。
それなら『嫌がらせという名の嫌がらせ』か『罰という名の攻撃』だろうな。」
「ちょっとまって、彼は赤と白の服を着ているのよね。
つまり、『白い衣が血で染まる…?』」
「なるほど…。
雪の中で空を飛ぶ、という特徴からして、潜伏を得意とするモンスターだろうからな。冬に目立つ赤い服を着る理由はないはずだ。
普通に考えれば、赤と白の服の意味は、白い服が返り血で赤く染まっているということになるな。」
「うん、やっぱりそうよね、それだったら納得いくわ。
どんなに気配を消したとしても『確実に気づかれない』なんてことはあり得ないはずだし、長年そんなことをしていて正体を誰にも知られていないなら、目撃者を消していると考えるのが自然よね。
大人は『口に出したら攻撃される』と分かっていれば黙っていることもできるでしょうけど、小さな子供に口止めは通用しないでしょうし。
ということは、『悪い子とはさんたくらーすを見てしまった子供のことであり、子供は口止めされる。その結果、さんたくらーすの服は返り血で赤く染まる』ということになるわね。」
「うむ、そう考えるのが自然だな。
獣にやられて一家が全滅する、というのは今では珍しいが、ないわけではないからな。
発見が遅れれば何者にやられた傷かなんて判別もできなくなるだろうし、厳しい冬だったらいちいち毎日ほかの家の無事を確認したりはしない、できない場合もある。
きっと、野生の獣に似た傷をつけていくんだろう。そして返り血で服が染まっていくわけだ。」
「真っ赤な鼻のトナカイがリーダー、というのも怖いわね。どう考えても上位種でしょ。
トナカイっていうのがどのくらいの強さのモンスターかはわからないけど、そりを引けるっていうなら最低でも大型犬くらいかそれ以上でしょうし。
それの上位種なら、単独でも通常種の群れより強く、配下のモンスターとともに戦えば強さはさらに倍増するはず…。」
「そうだな、モンスターの色や姿が他と違う、というのは、ほぼ間違いなく『上位種』だと考えられる。
赤い鼻のトナカイは、ほかの8体とは別格の存在なんだろう。
『他のトナカイに仲間外れにされていた』という表現は、油断させるためのものなのか、それとも、トナカイというモンスターが知能が低く肉体的能力を頼りにするモンスターだということを示しているのか……。」
「『赤鼻』の知能が高いことは間違いないでしょうね。
例えば普通のトナカイの知能が低いとして、赤鼻も同じ程度の知能だったら自分より弱いものに侮られることはないでしょうし。
目的のためなら道化を演じることも苦にしないタイプの存在だと考えられるわ。
上位種なら身体的能力が高いのは当たり前だから、身体精神両方に優れた、敵には回したくないタイプの存在ね。
全身ではなく、鼻だけの色が違う、という特徴から考えると、弱者を装うことで群れでの存在感をなくし、他のトナカイにまぎれこんで不意打ちを狙うという習性があるのかもしれないわね。
リーダーが姿を消したらほかのモンスターにもある程度の影響が出そうだけど、弱者を装い姿を消せば、違和感なく隠れることができるでしょうからね。」
「無事に切り抜けるためには、『8頭のトナカイ』と『1匹のさんたくらーす』との戦闘をしながら、『赤鼻』の不意打ちに対応し、子供を守る…か。
トナカイ単体の強さはわからないが、『群れである』『群れの長がいる』『魔物使いに率いられている』『戦力として計算できない仲間がいて、守らなければならない』と悪条件ばかりが重なるな。」
「そのうえ、『いつ襲ってくるかわからない状態で警戒し体力や精神力を削られた状態での戦闘』なのよね。
冒険者や行商だったらどんな状況でも戦えなくちゃいけないんだけど、相手が強力な存在だった場合だと準備や体調が万全でも危ないから、その上疲労があったりしたらもっと危ないことになるわね。
さんたくらーす本体がどんな特性を持ったモンスターかはわからないけど、もしトナカイの群れだけでも絶望的な戦いになりそうね。
子供向けの物語に出るにしてはずいぶん強すぎるように思えるけど、どういう目的でそんな話をするんだと思う?」
「油断をしないように、または、危険な冬の夜には外出をしないように、か?
彼が外から現れるというなら、外に出ている者のほうが『彼』を見つけてしまう恐れは大きいだろうからな。」
「そういわれてみればそうね。冬の夜に出歩くのが危険なのはあっちでもきっと変わらないわよね。
そう考えれば、『一番恐ろしいモノを例にして、冬の夜の過ごしかたの教訓を教える』目的の話ってこと?」
「なるほど、実際会う危険性がほとんど無いような強大な存在を例にすることで、普通のモンスターが出た時に思考停止に陥る可能性を増やさずに、冬の夜の過ごしかたを教えることもできる、ということか。
彼のほうは、見つけてしまったら子供にできることはなさそうな相手だしな。
だが、煙突から現れる、というのはどう考えるべきだろうな。
吹雪の時に現れるんだとしたら、普通はそういうときに暖炉があれば火を入れているだろうし、普通の獣やモンスターなら窓や扉を破って侵入してくるのが自然だ。
『彼』が火に強いことの暗示だろうか?」
「寒さの程度にもよると思うわ。
雪が多い地方だったとしても、服や寝具だって寒いところに向いたものになっているでしょうから、夜ずっと火を絶やしてはいけない、というほどの寒さまではいかないこともあるんじゃない?
だから、『住人が寝静まったところに現れる』という表現を強調するものでしかないと思うわ。
単純だけど『火を絶やさない』とか『交代で不寝番をする』というのも、彼の襲撃を防ぐための対策としては有力なものなんじゃないかしら。」
「なるほど…。建物の中だからと油断せず、野外でのキャンプと同様の危険があると想定して動けばいいということだな。
寒い冬、と指定されているならば、特に寒い日は普段以上に警戒しておくべきということになるか。」
「寒い冬であったかいベッドがある宿に泊まったりしたら、あたしだったら不寝番とか考えないで寝ちゃうわね。
怪しげな依頼を受けちゃった時とか、泊まった場所が集落ごとモンスターにひとひねりにやられてしまうくらいの小ささで信用できないとか、そういう特別な理由がなければね。」
「私はいつでも油断はしていない、つもりでいた。
だが、ターロの故郷では、それほどに危険な存在に襲われることも日常として想定していたのかもしれないな。
まさに常在戦場の精神性。やはりニホン人は戦闘民族なのだな。」
「それにしては、あたしたちと会ったばっかりのターロは隙だらけだったわよね。
普段からそれほど危険なんだったら、もうちょっと警戒心とかあってもよさそうなものじゃない?」
「おそらくだが、同じ話を「架空の物語として教えられている者」と、「現実にある脅威として教えられている者」がいるんじゃないか?
戦闘系の職業の者は現実の脅威として、戦闘で戦力になることを期待されない職業の者は架空の物語として教え込まれる。
『他の者が守るから戦う必要は考えなくていい』のか『戦闘になったらおしまい、と割り切られるような存在』かは場合によるんだろうが。」
「……ターロは、どっちだったと思う?」
「どっちだろうな。ターロ自身は前者だと思っていそうな気楽さだったが、私は半々でどっちの可能性もあると思っている。」
「………しかたないわね。
マリーが起きてきたら、次回の宿での不寝番の順番を決めましょうか。
3人だったら、不寝番を一人置いても充分睡眠はとれるしね。」
「私も賛成だ。
だが、ターロも入れて4交代、とは言わないんだな。」
「あ、あんなやつに見張りなんてさせてたら、それこそ安心して眠れないじゃない。
だから3人でいいの!」
「…ああ、そうだな。それもいい。
心配で眠れなく、なりそうだから、な。」
エルヴィーラはそう言ったが、顔は笑いを抑えきれないようで、細かく震えている。
「ちょっと、エル?
なんか変な意味に聞こえるんだけど。」
「なんでも、ないから、気にする、ことはない。」
「だったら、その笑いこらえるのやめなさいよ!
笑うなら笑えばいいじゃないの!」
深夜の部屋に、笑い声が響いた。