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テイルウィンド  作者: 双子烏丸
第二章 ティーブレイク・タイム
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テスト飛行


 ここは、何処の恒星系にも属さない、広大な宇宙空間。

 この周辺の空間は全て、スリースター・インダストリーと呼ばれる大企業が所有するものである。

 スリースター・インダストリーは自社の謳い文句『ナノテクノロジーから惑星開発まで』のもとに、幅広い分野の工学技術を扱っていた。

 勿論、その中には宇宙船開発も含まれている。

 会社が新たに宇宙船を開発する際、その試作品のテストを行う空間がここである。

 普段この空間には、小惑星の欠片一つとして無い、空虚としたものであったが、今回は違っていた。

 複数のランプを点滅させながら、機械のリングが宇宙空間に浮遊している。その数は多く、数え切れない程だ。

 そしてリングとは別に、そこにはさながら鯨を思わせる、スリースター・インダストリー所有の巨大宇宙船、ブルーホエールが鎮座していた。



「こちらはシロノ。機体のシステム、計器ともに異常なし、いつでも大丈夫です」

 シロノはホワイトムーンのコックピットで、周囲を確認しながら、何者かと通信を交わしていた。

 ディスプレイの外部映像には、何やら格納庫のような薄暗い光景が映り、機体の前方にはカタパルトのレールが敷かれていた。

〈了解、兄さん。ところでどうかな? 新しいホワイトムーンの具合は? 〉

 通信用のディスプレイには、顔の右半分に長い前髪がかかった、研究員らしい格好の内気そうな少年が映っている。そして、少年の容姿と顔立ちは、どことなくシロノに似ていた。性格はシロノとはだいぶ違うらしいが、どうやら二人は兄弟のようだ。

〈せっかくだからブースターの修理ついでに、全体的に改良を加えたんだ。性能は以前より、上がっている筈だよ〉

「ええ、確かに計器では、出力や機動性、レーダー機能は、以前より上がっているみたいです。しかしまずは、実際に動かさない事にはね。ふふっ、期待していますよ…………アイン」

 ディスプレイ上の少年、アインは頷く。

 格納庫の天井が開き、ホワイトムーンはカタパルトごと、上へと上昇する。

 そしてカタパルトがブルーホエールの甲板にまで達すると、上昇はそこで止まった。

 レールの縁が淡く輝き、光の道標を示す。

「シロノ・ルーナ、出ます!」

 シロノの声とともに、ホワイトムーンはブースターを噴かし、レールを滑走する。



 ブルーホエールの甲板のカタパルトから、ホワイトムーンは星明りをきらめかせ、宇宙空間へと飛び立った。

 コックピットのディスプレイからは、宇宙空間に浮かぶ、多くのリングが見える。

 備え付けられた三次元レーダーにも、各々のリングの位置が全て表示されている。

「……アインの言う通り、機体の出力は前より上がっていますね。やはりこうして飛んでみると、よく分かります」

〈上手く機能しているようで良かった。でも、性能テストはこれからが始まりだよ。まずは、赤いリングの前に、機体を移動させてくれないかな。そうだね、位置は…………この辺り〉

 するとレーダーに示されるリングの一つが、赤く点滅する。

 シロノは機体を動かし、所定の位置へと移動させる。

 そして、ホワイトムーンは移動し、数あるリングの内、唯一赤く塗装されたリングの正面で停止した。

〈所定の位置についたようだね。・・・・・・よし、それじゃテストコース、起動〉

 すると、リングから光のチューブが伸び、別のリングへと繋りはじめる。それが全てのリングで起こり、あっと言う間に一つのコースを作り上げた。

 チューブの太さは大きくなく、ホワイトムーン一機が飛ぶのが精一杯な程度の太さであった。

〈テストの内容は簡単、兄さんにはレースと同じように、テストコースを飛んでゴールを目指してもらうよ。ただし、チューブを形成する指向性光線に当たらないように〉

「随分と、楽しそうですね。これまでは、ただアインの指示通りに飛ぶだけでしたけど、今回はこんな形ですか」

〈ついでだから兄さんの実力も、再確認したくてね。それで僕が用意したんだ。一つ言っておくけど、僕の設計したこの特別コース、改良したホワイトムーンの性能を十二分に発揮しないと、いくら兄さんでも完走は難しいよ〉

「それはどうでしょうね? 幾ら私の弟でも、過小評価してもらっては困ります」

 そしてシロノは、お得意の余裕の笑みを、顔に浮かべた。

〈兄さんとホワイトムーンの様子はこっちで視ているから、いつでも始めて大丈夫。でも、一応こっちでカウントした方がいいかな? ええっと、3…………2…………〉

「了解です! ホワイトムーン、スタート! 」

 だが、アインがカウントを聞き終わらないうちに、シロノは機体を全速力で発進させた。

〈ひどいよ兄さん、僕の言葉を最後まで聞かないで〉

 若干ムッとしたアインに、シロノはついうっかりしたと気づいた。

「あっ、すみません。つい興奮してしまって…………。でも、なかなか面白いではありませんか」

 こう話しながら、シロノは巧みな操縦でホワイトムーンを操り、急角度の傾斜やカーブが次々と続く、難度の高いテストコースを、上手く飛びこなす。

 そんな彼の様子は、心底楽しそうだった。



 多くの機械装置とモニターが設置された、ブルーホエール内部に存在する広い部屋、アインはそこでホワイトムーンと、そしてシロノの様子をモニターしていた。

「……さすが兄さん、僕が思っていた以上だよ」

 アインはモニターに表示されるリアルタイムのホワイトムーンの様子と、数値やグラフで示される各性能の出力データを確認する。

 ホワイトムーンは正確にコース通りに飛び、チューブに触れる事もなく、高速度で駆け抜ける。

「強化した分の性能もしっかり使いこなしているし、それ以上に、兄さんの操縦技術も凄いものだね。少しは苦戦すると思ったけど、こうも楽しむくらいの余裕を見せるなんて。はぁ、せっかく僕が兄さんのために特別に、高難易度のテストコースを用意したのに……」

「ははは、そう言っている割には、随分と嬉しそうな表情ではないか」

 部屋にはアインの他にもう一人、身なりの良い四、五十代の男性がいた。

 高価なスーツに身を包み、金髪碧眼の恰幅の良い紳士、その雰囲気からは、彼の地位の高さが感じられた。

 アインは後ろに立っている男に振り向き、少し照れながらうっすらと笑う。

「ふふ、何せ自慢の兄さんですから…………クラウディオさん」

「それに、あの機体を開発したのは君ではないかね。シロノ君も流石だが、アイン君も十分に流石だと思うぞ」

 この男、クラウディオ・メナードは、スリースター・インダストリーのCEO、つまり企業の最高責任者である。

 二人の兄弟はそれぞれ、シロノは卓越したレースの腕前を買われて会社専属のレーサーに、アインは天才的な科学技術の才能により、若くして此処の科学者となった。

 そしてホワイトムーンは、アインがレーサーである兄の為に開発した、超高性能機なのだ。

 クラウディオはモニターに映るホワイトムーンの飛行を、しげしげと眺める。

「やはりシロノ君とホワイトムーンは素晴らしい。これなら、あのG3レースでも、いい勝負が出来そうだな」

 この言葉に対し、アインは首を横に振る。

「いいえ、兄さんならきっと優勝してみせます。例えどんなレーサーが現れても、兄さんとホワイトムーンが負けるはずはありません。その気持ちは、兄さんだって同じはずです」

 それを待っていたかのように、クラウディオはアインに微笑む。

「良い意気込みだ。やはり狙うは優勝…………そうでなくては」

 だが彼は、表情にある種の懸念を表してこう続けた。

「……ところで君達二人は、ジンジャーブレッドと言うレーサーを知っているかな?」

「あ、はい。兄さんから、三十年前に活躍した伝説のレーサーだったと聞いています。その話では確か、現役だった三年間、常に無敗だったとか。そして、今度のG3レースに参加するために、つい最近復帰したみたいだと……」

「ああ、正にそれだよ。幾ら伝説と称されても、引退してから二十七年も経った今になって、こうして復帰するなんて、実に奇妙だと思わないか?」

「ええ、まぁ……」

 クラウディオの言いたいとする事がいまいちよく分からず、アインは僅かに困惑する。

「私が思うに、これにはジンジャーブレッドのスポンサー、ゲルベルト重工が一枚噛んでいると思うのだよ」

 そして彼は、考え込むようにして続ける。

「分かってはいるだろうが、企業がレーサーを雇うと言うことは、その活躍が企業の宣伝になるからだ。増してや此処やゲルベルト重工のように工業・産業を取り扱っているなら、その機体に使われる会社の技術を、外にアピールする絶好の機会にもなる。しかし、過去の情報ではゲルベルト重工は宇宙レースに関わりを持ってはいなかった。ジンジャーブレッドにしても、かつて現役だった三十年前にはスポンサーはおらず、フリーの宇宙レーサーだ。……だが、こうして復帰した途端に、何故かゲルベルト重工は、ジンジャーブレッドのスポンサーとなっていたのだ。

 かつてフリーのレーサーが後にスポンサーをつける話は珍しくない。だが、三十年前に活躍していた頃には、あの会社はレーサーを雇う事すら見向きもしなかった。そして何十年も経ってから、会社はかつて伝説だったレーサーのスポンサーとなった。……何しろ相手は、あの悪名高きゲルベルト重工だ。恐らく、何か裏があるのではとな」

 ゲルベルト重工については、アインも知っていた。

 このスリースター・インダストリーは大企業の位置に属するが、宇宙ではそれ以上に大きな企業が数多くある。ゲルベルト重工も、そうした大企業の一つだ。

 そして同じく工業関係の企業である事から、スリースター・インダストリーにとっては厄介な商売敵だった。

 だがその実態は、相当な悪徳企業である。産業スパイに悪質な不当契約、贈賄に恐喝などなど、それこそ、例を挙げるのがきりが無い程に。そして質が悪いのは、それでも問題とされずに経営を続けている事だ。決定的な証拠を掴ませないことや、法律の穴をかいくぐり自らの行為を合法化して、大企業として君臨していた。

 ついには警察にも目をつけられ、常に動きを監視されているのだが、それでも一度も、尻尾を出した事は無かった。

 ゲルベルト重工が大企業としてここまでのし上がったのも、こうした背景があるからである。

「だが、まぁこれはあくまで推測だ。しかし…………仮に何かしら商売敵の企みがあるなら、企業の経営者として放っておく訳にはいくまい。とにかく、この事はこちらで調査を行う。もし何か分かれば、君達にも知らせよう。一応、頭に入れておいてくれ」

 この大企業の経営者としての指令に、アインは頷く。

 そしてモニターに目を移し、言った。

「……ホワイトムーンの性能テスト、終わったみたいです。兄さんもすぐに戻ってくるでしょう」

「それでアイン君、テストの結果はどうだったかな?」

 クラウディオの問いに対し、表示されるデータとその成績を確認し、さも当然のようにアインは答える。

「もちろん文句なしの、大成功ですよ」 


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