三人の決着
「成る程、どんな手を使って先を行けたのか疑問だったけど――――そう言う事か。けど仕掛けが分かった以上は、何とでもなるさ!」
フウマは今、映像で確認出来る程にすぐ目の前にまで追いついた、シロノ・ルーナのホワイトムーンに通信を開いている。
〈やはり来ましたか。ちなみに、リッキーさんもこのトンネルに?〉
「さあな。何しろ僕が先に入ったから、後ろにいた奴の様子は知らないさ。けどあんな機体じゃ…………ここを通り抜けるのは無理だね。――少し残念だよ、あのオジサン、やっぱり今回も運が無かったか」
すると突然、ホワイトムーン越しの前方に、左右二手の分かれ道が現われた。
とっさにフウマは、右の道を選び、機体を旋回させる。
だが同じタイミングで、前のホワイトムーンはその逆の、左の道を選ぶのが見えた。
シロノの機体はすぐに、道の中へと消える。レーダーでも、その反応は確認出来なくなっていた。
暗く狭く、岩の障害物が多いトンネルの中を、フウマとテイルウィンドは行く。
障害物の回避を最小限に抑えて、速度を落とさないようにする。
しかし、完全にとは行かなかった。機体の底部に尖った岩が衝突し、下から突き押される揺れが襲い、制御が崩れる。
「くっ!」
途端に今度は柱が迫り、制御を整え回避しようとした。
が、急いだせいで制御を戻しきれずに、回避する瞬間にかえって悪化した。
「……しまった!」
不安定となったテイルウィンドはきりもみ状態となり、コックピットも激しく回転する。
最早、外の映像やレーダーを確認する事もままならず、どこをどう飛んでいるのかすら分からない。その間、トンネルの内壁や。岩や柱にぶつからないのが奇跡のようだった。
必死で操縦桿を握りしめ、フウマは悪化した機体の姿勢を修復しようと試みる。
そして何とかある程度修復し、前の様子が分かるようになると…………正面に巨大な大岩が道を塞いでいるのが見えた。
避けようにも、それが可能な程、姿勢は直りきってはいない。
――そんなっ! やられる――
確実に迫る危機を前に、思わず諦めかけた時だった。
何かに機体が押し上げられる感じを受け、大岩に衝突する前に、上に避ける事が出来た。
機体の姿勢も、いつの間にか元通りとなっている。
〈無事に済んで良かったですね。フウマ君〉
ふと聞きなれた声が、通信から流れて来る。
通信映像に映っているのは、凛とした銀髪の青年、そして下の映像には自分の機体が、三日月のように輝く機体の上に乗っているのが映っていた。
フウマを助けたのは、シロノと、その機体、ホワイトムーンであった。
シロノがホワイトムーンを駆り、トンネルを飛ぶ中、偶然にも制御を失ったテイルウィンドを発見したのだ。
ディスプレイ上で仏頂面を浮かべているフウマに対して、シロノは微笑む。
〈誰が礼なんか! ……余計な事を〉
「しかし、私のホワイトムーンで押し上げなければ、今頃、貴方の大切な機体は粉々でしたよ」
こう言われて、フウマは悔しそうに下を向いた。
〈分かっているよ、感謝もしているさ。けど…………レースの最中に情けをかけられるなんて。これまで何度もシロノと闘って…………一度も借りなんて作った事はないのに〉
そんな彼に対して、シロノは真面目に言う。
「勘違いしないでくださいよ。私のライバルとして、あんな事で脱落してもらいたくなかった、それだけの事ですよ」
いきなりの言葉に驚いたフウマを見ると、顔に笑みを戻して、シロノは続ける。
「そんな風に思うのなら…………せいぜい全力を尽くして、私に勝ってみせる事ですね」
フウマは、そう言われてはっとした。
「ふふっ、それとも自信がありませんか?」
彼は少し、恥ずかしそうにフッと笑みを浮かべた後、あの挑戦的な態度に戻り、シロノに言った。
〈――上等じゃないか! 後で吼え面かくなよ!〉
この様子を見て、シロノは少し安心する。
「その調子です。ライバルが意気消沈していては、つまらないですからね」
ディスプレイに目を移すと、闇の中に淡い光が差し、次第に大きくなって行く。ようやく、出口が見えて来た訳だ。
ホワイトムーン、テイルウィンドは光に向って飛んで行く。
二機は、ほぼ同時にトンネルを抜けた。
無数の星々が、辺りを照らす。
ようやくアシュクレイ星の上空へと、シロノ達は戻って来たのだ。
トンネルの先は、平坦な台地地帯だった。切り立った山脈こそないが、代わりに空中には、大量の小惑星が浮遊している。
そして、正面ディスプレイには、それらの小惑星の他に、強い光点が一つ見えた。
光点の光の強さは強弱を繰り返し、何らかのエネルギーの噴射のように見える。
トンネルを抜け、正常に機能するようになったレーダーには、その正体がはっきりと表示されていた。
リッキー・マーティスが乗るシュトラーダは、テイルウィンドの後に続いて同じ入口から、巨大山脈のトンネルへと入った。
最初はテイルウィンドを追っていたが途中で見失い、レーダーも殆んど使い物にならない中でコースも分からずに、岩に衝突しないように必死で、ただ闇雲に飛んでいた。
しかし幸運にもシュトラーダは、他の二機がトンネル内で遠回りをしている間に、偶然にも一番の近道を抜けて、先にトンネルを抜ける事が出来た。
台地地帯を飛ぶシュトラーダのコックピットで、リッキーはディスプレイに映る、今頃トンネルを抜けて来たホワイトムーンとテイルウィンドを遥か後方に確認する
――今回はどうやら…………俺に運が味方したようだな――
リッキーは満足そうな表情を浮かべる。だが、メーターで表示される船内のエネルギー残量を見ると、その表情は曇った。
エネルギーの残りは、もはやあと僅か。これまでに多く高加速を繰り返し、障害物の回避や予期せぬ回り道に多くの浪費をしていた事を考えると、むしろここまでエネルギー切れにならなかったのも幸運なのかもしれない。勿論、リッキーがエネルギー量の計算と調整を、そんな中で何とか上手く行っていたからでもある。
それに気を取られていると、シュトラーダの前方に大きな小惑星が迫って来た。
リッキーは急いで、船を旋回させた。
レーダーによればこの台地地帯の先は、半球状に砕けた星の地表の終着点となる。
そこから宇宙空間を飛行して、ゴール地点となる宇宙ステーションに向う訳だが、エネルギー量を見積もると――――ゴールまで辿り着くには、明らかに量が不足している。
――くそっ! ようやくまたトップになれたって言うのに、この有様かよ! せっかくここまで来たのに! ――
この危機をどうするか、リッキーは一生懸命、頭を働かせる。
解決手段を考えながら迫り来る小惑星を避ける中、リッキーは一つの方法を思いつく。
正面には再び、小惑星が接近する。
――ふっ、簡単な事じゃないか。つまり…………こうすればいい! ――
リッキーはコントロールパネルを操作し、シュトラーダの上下に二対、左右に一対、計六つあるブースターの内、右下にある一つを分離させた。
分離による反作用により、シュトラーダは分離したブースターの位置とは逆の、左上の方向に移動し、正面からの小惑星を避けた。
本体から切り離されたブースターは、その逆の方向へと飛んで往き、小惑星の一つに衝突して爆発も無く、ただブースターを構成するパーツが四方に砕け飛び散った。
それは分離する前にエネルギーを全て、他のブースターに移し変えて空になっていたからだ。
これによりエネルギーを使う事なく方向転換が出来、かつ分離した分だけ重量が軽くなり、その分移動に使用するエネルギーの消費を抑えられる。
ブースターはまだ五つ残っている、上手く行けばゴールまで持つはずだ。
リッキーは、そう考えた。
前を飛ぶシュトラーダが再び、自身のブースターを切り離した。
切り離されたブースターは小惑星に当たって砕け、その反動で小惑星の動きは変わり、更にそれが他の小惑星にも衝突し、さながらビリヤードの玉突きのように、連鎖反応で次々と動きだす。
そして左上から飛来した小惑星が、テイルウィンドの右ブースターにぶつかった。
「……っつ!」
フウマは苛立たしそうに舌打ちし、すぐに機体の体勢を整えた。そして続けざまに飛来する小惑星を避けた。
これまでの道程に較べれば、今の状況はフウマにとって、そこまで大した物ではない。しかし、先を行くシュトラーダとの差は狭まるどころか、広がっていくようにすら感じる。
やはり、パーツ分離による軽量化が効いているようだ。
――あのオジサン、厄介な事を考えついたな。けど、向こうは多分、殆んどエネルギーは残っていない筈だ。宇宙空間で勝負をかければ、まだ勝算はある――
そう考えていると、フウマはふと、ある事を思った。
――そうだ! シロノの奴は、今何処にいる――
コックピット内の各ディスプレイを、フウマは確認する。
左右、前方、上下ディスプレイには、ホワイトムーンの姿は見えない。
だが残りの一つ、後方ディスプレイを確認すると、後ろを飛行するホワイトムーンが見えた。
――妙だな。シロノにしては、あまりにも遅すぎる。…………何か、あったのか? ――
そんな疑問を抱きながら、フウマの駆るテイルウィンドは、小惑星の中を飛翔する。
――ちょっと厄介ですね。だけど、所詮は想定内の事。この程度のアクシデントでしたら、私の勝利には、何の問題もありません――
ホワイトムーンは、シュトラーダ、テイルウィンドの後ろにいた。
あの時、トンネルでフウマを助けた際に、大岩がホワイトムーンのブースターに衝突し、故障した。そしてその一部が、使用不能となっていた。
おかげで加速性能が下がり、思うようにスピードが出せないでいたのだ。
それでも、エネルギーを多く消費しさえすれば、その分の埋め合わせは十分に出来る。そしてこれまでの近道で消費を抑えた為に、エネルギーの余裕は多い。
機体はついに星の終着点にたどり着き、左右両端の彼方まで続く、絶壁の断崖を越えた。
下には遥か深淵にまで続く、星の断面が見える。
やがて小惑星の数も減り、周囲は完全な宇宙空間となった。
前方の二機からは、かなり引き離されている。
それでも、シロノには余裕があった。
――それでは二人とも、ここからが勝負です。……覚悟してくださいね――
彼はエネルギーの出力を上げ、船を一気に加速させ、先を行く二機を追う。
残るコースは、真空の宇宙空間である。
テイルウィンドのディスプレイには、ゴール地点の宇宙ステーションが、遥か彼方に輝いて見える。
宇宙空間には小惑星などと言った、邪魔する物は何も存在しない。よって選手達は、衝突の心配をせずに、思う存分に加速が可能となる。
しかしそれは、どれ程機体に加速可能なエネルギーが残っているか…………それに懸かっていた。
今までで三機は、かなり多くのエネルギーを消費して来た。その残りを、一体どれだけ加速に次ぎ込められるのだろうかが、大きな問題であった。
加えてコースは、星から大きく弧を描いて宇宙ステーションまで向うものとなっている。
つまり、仮に途中でエネルギー切れを起こした場合、機体を旋回させる事も不能となり、最初の加速方向に向かい延々と直進を続け、ゴールに辿りつけずリタイヤとなりかねない。
――少し甘かったか。このままだと……逃げ切られるかも――
フウマは焦りを感じていた。
シュトラーダとの距離は、次第に狭まりつつある。しかしエネルギーは無いと言え、元々高出力系の機体である事と軽量化により、高いスピードを維持したまま飛んでいた。
無論加速度は、テイルウィンドの方が高い。
だが、テイルウィンドが加速を上回り追い越すよりも先に、シュトラーダがゴールする事も考えられる。
それに…………
後ろからは、ホワイトムーンが迫って来ている。やはり最後で、一気に勝負をつけるつもりらしい。
やはりそう来なくては、フウマは自らの愛機、テイルウィンドにラストスパートをかけた。
ホワイトムーンはエネルギーの大量消費による高加速で、二機に迫る。
宇宙ステーションは初め見えた時と比べ、五倍の大きさに見えた。
ステーションの細部がはっきりと分かるようになり、ゴールラインとして設置された、金色の巨大なリングも確認出来た。
既に加速度は限界に達しており、これ以上は不可能だった。
船内では幾らか緩和されているとは言え、相当な重力加速度による強い負荷で、シロノは僅かに顔を歪めた。
――少し、きついですね。しかし、たったこれぐらい……私なら! ――
機体の最高加速度を維持し続けながら、シロノは真っ直ぐと目先のゴールに集中する。
――このまま行けば、優勝は俺の物だ――
リッキーは後少しで届く勝利を目の前にして、上機嫌だった。
シュトラーダのブースターは、既に四基も失っており、残るは機体左右の二基のみだ。
宇宙ステーションの窓からは、大勢の観客がこちらを見て、手を振っているのが分かる。
さながら自分の勝利を歓迎しているように、リッキーは思えた。
残るエネルギーはほんの僅かだ。
そして今、ついにそれが尽きようとしていた。
とうとうエネルギーは底を尽き、機体のブースターは全て、エネルギーの噴射を止めた。
シュトラーダは既に与えられた加速でゴールに向う。
しかしゴールラインのリングは、その進行方向とは、やや左にずれた位置にあった。
このままでは機体は、そのリングをくぐる事なく、コースから外れる。
そうならないよう、最後にリッキーは右のブースターを切り離し、誤差を修正した。
ホワイトムーン、シュトラーダ、そしてテイルウィンドの先には、それら三機がまとめてくぐれる程大きな、黄金のリングがある。
真上には、宇宙ステーションの底部が巨大な天井のように広がり、観客はその窓からレースの最後を見守っている。
三機は観客の眼下を、高速で通り過ぎた。
そして三機と、それに乗る選手達は――――ゴールを迎えた。
〈さぁ皆さん! アシュクレイ杯で見事、優勝の栄冠に輝いたのは――――リッキー・マーティスとシュトラーダです! どうか、大きな拍手を!〉
選手達が上る表彰台と、その傍に佇む彼らの機体を囲み、観客達は盛大な拍手を送った。
表彰台のトップに立つリッキーは、その拍手に、笑顔で手を振り応える。
「おめでとうございます、リッキーさん」
「悔しいけど、僕の負けだよ。……流石だね」
フウマとシロノも、今回のレースの優勝者に、賞賛の言葉を送る。
二人は同着で、共に二位となった。リッキーも彼らとほぼ同時にゴールしたが、それは二人より、ほんの僅か先だった。
そして三人がゴールに辿りつき、かなり遅れてから一人の選手がゴールを迎え、三位についた。
そんな二人に対し、リッキーは少し気恥ずかしそうに言う。
「ありがとうよ、二人も最高だったぜ。俺だって、今回は運が良かったから、勝てたようなものだ」
「だから言ったろ、運も実力の内だって」
「ハハハッ! 気に入ったぜ。またいつか勝負しようぜ…………フウマ!」
リッキーは愉快そうに、フウマに言った。
「ふふっ、私は今回、運がありませんでしたね。まぁ、次がありますから」
いまだに余裕そうなシロノに対し、フウマはむっとする。
「運が無かっただって? じゃあ、あれは何だよ」
フウマが指差す先には、ブースターが破損したホワイトムーンの姿があった。
「何も無ければ、シロノが自分の船体に傷をつけたりするかよ。やっぱりあの時、僕を助けた時に出来た傷なんだろ? ……それがなければ勝てたのに」
シロノはクスクスと笑う。
「ただの考えすぎですよ、フウマ君。まぁ良いレースが出来た事ですし、それで良いではありませんか」
何だかフウマは、上手くはぐらかされた気がした。
結局、今回のレースではシロノには勝てず仕舞いであり、それに優勝も、リッキーに持って行かれた。
しかしシロノの言うとおり確かにレースは面白く、最後の最後まで楽しむ事が出来た。
これからだって、僕はレーサーとしてこの宇宙を飛び続ける。
フウマは心の中で決心し、自分の愛機を見つめる。
そう…………テイルウィンドとともに。