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テイルウィンド  作者: 双子烏丸
第一章 追い風と白き月
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三つ巴


 ――くそっ! シロノは一体、どうやったってのさ! ――

 焦燥感に駆られなから、フウマはテイルウィンドを操り全速力で、迷宮のような山脈や峡谷の中を飛ぶ。そして速度が増しただけでなく、コースの読み取りも的確であり、辺りの機体を次々と抜いて行く。

 しかし、無理に速度を上げたせいで、機体の回避精度は下がり、コントロールの制御も困難になっていた。現に彼は、危うく何度か、山脈の岩壁に衝突しかけたのだ。

 加えて機体のエネルギー消費量も、激しくなっている。これから先、どれ程エネルギーを使うかも分からず、最悪の場合、途中でエネルギー切れを起こす可能性もある。

 だが、そんな事はフウマにとって、眼中には無かった。

 ――山脈へ降りた時には確かに、差を大きく広げていた筈だぞ? なのに――

 実は先程、彼はシロノのホワイトムーンに先を越されたのだ。

 フウマはあの時においても、的確なコースを選び、速度も落とす事を無く飛んでいた。

 当初の計画通り、彼は着実にリードし、後は先頭を飛ぶシュトラーダを、地形的に不利な状態にある間に追い抜き、優勝を目指す予定だった。

 しかしどう言うわけか、彼以上のスピードで、遥か後ろからホワイトムーンが迫って来た。

 レーダーに映るその機体の反応は、何故か消えたり表れたりしながら接近し、ついにフウマを追い越した。

 一体どんな手を使い、どんな近道を通っているのかは不明だが、とにかくシロノに先を越された事だけは確かだった。

 プランが崩れた以上、急いで取り戻さなくてはいけない。

 彼のテイルウィンドは、目に留まらぬ速さで山脈地帯を脱出、平野の空へと飛び出した。

 コースは既に半分を過ぎている。余裕は殆んど、残ってはいない。

 山脈へと降りた後、フウマは殆んどの選手を追い抜き、後ろから五、六機程の機体が後を追う。そして彼の目の前には、たった二機しかいない。

 平野の地面には無数の溝が存在し、二機はその地面ぎりぎりを低空飛行している。

 ここまで先に来たと言う事は、彼らも優れたレーサーなのだろう。

 ――本当なら後で相手しても良かったけど…………生憎、先を急いでいるからね! ――

 フウマはすぐさま機体を加速させ、後を追う。

 同じく、テイルウィンドも地面の低空飛行を開始し、すぐさま一機目に追いつく。

 前の機体はそれに気づいたのか、加速をかけて再び引き離そうとしたが、その前にフウマは横から機体を追い抜いた。

 しかし抜いたと思った瞬間、再びあの機体が下から浮上した。

 フウマに追い抜かれた後、遅いながらも加速をかけた機体は、その速さのまま下の溝に降下し、真下を飛行して追い越した後、再び彼の前に現れたのだ。つまり、レースの初めにフウマが行ったトリックをそっくりそのまま返された訳である。

 ――やはり、そう簡単な相手では無いか――

 フウマが相手にリードされたまま、テイルウィンドと相手の機体、二機は加速を続ける。

 すると相手の機体が、更に前を行くまた別の機体と並ぶ。だが、突如その機体が、後ろから現れた機体に強くぶつかった。

 とっさの事に対応出来ず、ぶつけられた機体はその勢いのままに弾き飛ばされ、すぐ傍の小惑星に衝突した。

 レースの選手の中にも、こうして相手の妨害、つまりラフプレイを行う事を得意とする選手は存在した。対戦相手を減らすのも、ある意味戦略の一つであるからだ。

 ぶつかって来た機体の上下左右の四面には、盾のような厚い装甲が装着されている。

 それは相手に衝突を仕掛ける事に、特化された外装だった。

 テイルウィンドはその爆風に正面から突っ込み、一瞬煙で映像が見えなくなった。

 そして煙が晴れると、正面ディスプレイに映っていた、あの機体は姿を消している。

 一体何処に消えたのか、フウマが他のディスプレイを確認しようと思った矢先……、強い振動がテイルウィンドを襲う。

 ディスプレイの一つ、テイルウィンド上方を示す映像に、先ほどの機体が映っていた。その頑丈な船体で、上からテイルウィンドを無理やり押さえつける姿が。

 このまま、地表に押しつぶすつもりなのだろう。

 テイルウィンドの高度は段々と下がり、次第に地面へと近づいていく。

 ――地面に潰すつもりか? …………けど、詰め甘いな――

 フウマは素早い操作でスラスターを停止、と同時に機体前方の小型ブースターを噴かし、速度を一気に殺す。

 速度が低下したテイルウィンドは、相手との速度差により、一気に離れる。

 相手の機体は、突然下にいたテイルウィンドが消えたことにより、勢い余って地面に衝突した。

 もはやフウマの前を飛ぶ機体の姿は無く、後ろからは複数の機体が、その後へと続く。

 ディスプレイで外を見る限りでは、トップを飛んでいるのは彼である。

 だが順位表を確認すると、フウマは現在二位。一位にいるのは、もちろんシロノだ。

 レーダによると、シロノは既に平野を抜けて、再び山脈地帯を飛行している。

 こうしてはいられない、急がないと……。フウマがそう思っていた時…………。

 レーダー画面に映る、彼の後ろを飛ぶ何機もの機体。その中の一機が、超高速度でこちらへと向って来ていた。

 そして機体は更に加速しながら、テイルウィンドの真上を通り越す。

 この瞬間、順位表は変化し、フウマの順位は二位から三位へと下がった。

 代わりに二位となったのは――――あのリッキー・マーティスだ。

 シロノに先を越され、フウマを初めとする他の機体に抜かれた事に気づいたリッキーは、その遅れを取り戻そうと全神経を注ぎ込んで来たのである。

 これはフウマにとって、尚更厄介な状況に陥ることを意味していた。

 残るコースは半分も無い。この状況でリッキーの機体、シュトラーダに越されたまま惑星上を過ぎる事となれば、何よりあの高出力、障害物の少ない宇宙空間の勝負では、追い抜くのは困難だ。

 しかしどの道…………先を急ぐのには変わらない。

 フウマはリッキー、そしてシロノ、二人の後を追うために、先を急ぐ。



 ホワイトムーンは暗いトンネルを抜け、その白銀の船体を星光で輝かせながら、山脈の空へと出現する。

 シロノは自らの技術と機体の高性能レーダーにより、星の地下に存在する複雑なトンネルを通過し、近道をした。

 実はシロノの他にもトンネルの存在に気づき、その突破を試みた選手は他にも存在していた。

 しかし無事突破出来たのは、彼ただ一人。残りは的確なコースを見ぬけられずに遠回りに陥ったか、トンネルで迷い込み出れなくなったか、そして最悪の場合、岩壁に衝突して機体が破壊され、無念のリタイヤとなった。

 この山脈地帯の後は、高層の台地地帯となる。そしてそこを抜けると、惑星の外、つまり再び宇宙空間へと出て、そのままゴールへと向う。

 ――やはり今度のレースも、私が頂きですね。と、思いたいのですが…… ――

 シロノは周囲の地形を精密に映す、レーダー画面を確認する。

 今までは地下トンネルと言う近道によって、地の利を得ていたが、この辺りにはそのトンネルが少ない。

 もはやこれまでの様に、効果的なショートカットは望めまい。

 最も、例えそうだとしても、シロノの腕前とホワイトムーンの性能なら、近道に頼らずとも十分過ぎる程の実力を発揮出来る。

 余程の事が無い限りは、このまま大差を付けてシロノの優勝だ。

 そう…………『余程の事が無い限りは』。

 今、シロノが目にしているレーダーには――――後ろから迫る二機の機体が映っていた。

 


 延々と連なる山脈の中、フウマはすぐに、リッキーに追いついた。

 幾らシュトラーダが全力を尽くしても、この場所が不利である事が、彼にとって幸いした。

 コックピットのディスプレイには、シュトラーダの姿が上空に映っている。

 更に幸運な事に、そのすぐ先には、山脈地帯の渓谷を飛行するホワイトムーンも見える。

 ――シュトラーダはともかく、ホワイトムーンにも追いついたのか。これなら――

 そんな時に、通信が入って来た。相手は…………あのホワイトムーン、シロノからであった。

 そのアクセスを許可し、フウマは通信を開いた。

〈これはフウマ君、ここまで追って来られるとは――――やはり流石です〉

 口元に薄い笑みを浮かべ、ディスプレイ上のシロノは、彼に賞賛を贈る。

「だから言ったろ? 今度は勝つって」

 フウマもそれに対し、挑戦的な口調で答えた。

「ついに、これまでの敗北を清算してやれる。くくっ……楽しみだ」

 これを聞くと、シロノは僅かに苦笑いを浮かべる。

〈私を楽しみにしてくれているとは、嬉しい限りですね。しかし、その前にもう一人、相手にする事を忘れてはいませんか?〉

 その言葉とともに、再び誰かから通信が入る。それが誰かは、簡単に察しがついた。

 すぐに、フウマは通信を許可する。

 ディスプレイの映像は縦半分に分かれ、右には依然としてシロノの映像が、そして左には、新たに褐色の大男が映し出された。

〈よう! シロノの旦那、ようやくここまで追いついたぜ! せいぜい首を洗って待っているがいいさ。それに…………またあの時の小僧か、三ヶ月前のフェルガンド星系杯以来だな。事のついでだ、あの時の借りも返させてもらうぜ!〉

〈ふふっ、フウマ君に続いてリッキーさんも来ましたか。これで二人目……面白くなりました〉

 リッキーの通信は、シロノの方にも届いているようだ。

〈はっ、二人目だと! こんなチビ助なんぞ数に入るか! 最初から貴様の相手は、この俺一人よ!〉

「なっ……!」 

 この言葉に、フウマは顔を真っ赤にした。

「よくもそんな口を! あの時僕に負けておいて、いい大人がよく言うよ!」

〈と、言う事です、フウマ君。さてと……この三つ巴の対決、どちらが勝利しても…………恨みっこは無しですよ!〉

 リッキー、そしてフウマは同時に叫ぶ。

〈おうよ!〉「望む所さ!」

 外の映像に目を移すと、先ほどまで上空にいたシュトラーダが、急降下してこちらに向って来る。

 しかもスピードを落とすことなく、高速度で。

 ――あの機体で、この山脈の中を飛ぶって訳? 思いっきり勝負に出たな。リッキーの奴……後悔させてやるさ! ――

 一方、前を飛ぶホワイトムーンは加速をかけて、後ろのテイルウィンド、シュトラーダを引き離そうと試みる。

 そんな真似させるか。フウマはテイルウィンドのブースターを全開、ホワイトムーンの行く手を追う。



 激しい衝撃が、コックピット内に断続的に襲い掛かる。

 山脈を全力で飛ぶせいで、リッキーのシュトラーダは、通常以上に機体制御が利かなくなっている。

 そのせいで迫り来る山と岩壁に船体を擦らせながら、超高速でシュトラーダは飛ぶ。

 機体は頑丈な造りである事や、彼の必死の操縦により何とか直撃を避けていた事もあり、それによる損傷は殆んど無かった。

 だが着実に船体はダメージを受けており、いつ致命的な損傷となるかは時間の問題だった。

 それでも、そのスピードによって、着実に前を行く二機に追いつきつつあった。

 そしてシュトラーダは、ついにフウマの乗るテイルウィンドの真後ろへと到達する。

〈ぷぷぷっ! 随分と不器用な飛び方をするね、オジサン!〉

 隣を飛ぶテイルウィンドから、フウマは通信画面越しに、リッキーを小馬鹿にした。

 一方、リッキーはさも愉快そうにニッと笑った

「……実を言うと、俺には小生意気だが、自慢の息子が一人いるんだ。丁度、小僧と同い年くらいのな。全く…………手前を見ていると、息子を思い出すぜ。その生意気さは、きっといい勝負だろうな。

 だが――俺に勝つにはまだまだ早いぜ、チビ助! フェルガンド星系杯ではゴール寸前に運悪く突然、恒星フェルガンドの太陽風に吹き飛ばされちまったからな。あの時まぐれで勝ったからって調子に乗ると、後で泣きを見たって知らないぜ!」

〈運も実力の内って事さ。…………って言うか、また僕をチビ助と言ったな!〉

「そういう子供じみた奴だから、チビ助と言うんだ。そう言われたく無ければ――――今度は本当の実力で勝負をつけようじゃないか!」

 画面上のフウマは、にやりと微笑んだ。

〈――――いいね。実を言うとさ、僕もあの勝負には不満だったんだ。それに、アンタと競い合ったのはあの一度だけ。今度こそ、きっちりと決着を付けてあげるよ!〉

 シュトラーダとテイルウィンドは、互いに競い合うように飛行する。



 ――上手く追って来ますね、フウマ君は。それにリッキーさんも――

 後ろを追いすがるテイルウィンド、そしてシュトラーダの映像を横目に見ながら、シロノはほくそ笑む。

 彼が駆るホワイトムーンは、行く手を塞ぐ針のように尖った峰を、その持ち前の一つである機動力で次々と避ける。

 テイルウィンドもそれを真似て、ホワイトムーンを追いかける。その動きは、シロノの操縦に勝るとも劣らない動きだ。シュトラーダも、何とか奮戦しながらも、遅れる事もなく飛行していた。

 だが無数の峰を越えた次には、目の前を覆いかぶさる程の岩壁が迫って来る。

 その絶壁はコースを妨げるかのように、天高く立ち塞がっている。しかし驚くべき事に、これ程の大きさでも、その岩壁は更に巨大な山脈の一部でしかない。

 これを攻略するには、迂回するか、上を乗り越えるかだ。だが、どちらにしても相当な遠回りと、エネルギーの消費を覚悟するしかない

 しかし、既にシロノはその突破口を見出していた。

 一見、難攻不落に見える巨大な岩壁であるが、その厚さは薄く、あちこちに小さな裂け目が生じている事が、レーダーによって分かっている。

 ――なら、これはついて来れますか? ――

 ホワイトムーンはその機体を九十度に傾け、裂け目の中でも、比較的大きい裂け目を通過した。

 裂け目の中は広いトンネルとなっているが、その四方八方から太い岩の柱が伸び、道を阻む。

 だがそれを物ともせずに、シロノは外の映像と、レーダーで示される地形図を頼りに、出口へと向って飛ぶ。

 レーダーによると、ここは山脈を一直線に貫いている長いトンネルであり、上手く抜けられれば外を飛ぶよりも遥かに近道が出来る。

 しかしそれを阻む岩の柱、幾らレーダーにより分かっていると言え、やはり無規則に乱立する柱の中をかいくぐっての飛行は至難の業だ。

 加えてトンネルの中は、今までの場所と較べて、特にレーダー波を吸収しやすい。レーダーの最高出力を持ってしてでも、示される周囲、全体の状況は不鮮明であり、その上、かなりの部分がレーダーで表示不能となっていた。レーダー画面において表示不能とされた部分は、さながら虫食い穴のように、空白で表示されている。

 トンネルに入る前にレーダーで確認した時には、その入口と出口は複数存在する事と、山脈の中の大空洞がそれらを繋ぐトンネルの役割を果たしている事が分かっていた。

 だが、空洞内の全体構造、どの入口がどの出口へと繋がっているのか、そこまではホワイトムーンの高性能なレーダー機器をもってしても不明であった。

 今にして思えば随分な賭けだったと、シロノは少し悔いた。

 乗り越え、潜り、左右に避ける……。ホワイトムーンは絶え間ない俊敏な動きで、迫り来る柱を回避する。

 ――多分、遠回りをしている訳では…………なさそうですけどね――

 少し心配しながらも、シロノは機体の操作を行う。

 映像、そしてレーダーで確認すると、辺りを飛んでいるのはホワイトムーン一機のみ、テイルウィンドとシュトラーダの姿は見られない。

 ――やはり山脈を迂回したのでしょうか? それとも…… ――

 シロノがこう考えていると、レーダー画面端の空白部分から、機体の反応が出現した。

 その正体は、フウマ・オイカゼのテイルウィンドだった。


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