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テイルウィンド  作者: 双子烏丸
第三章 新たな強敵達
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密談


「一体何ですか……説明してください」

「いいから、黙っていろ。奴らに気づかれたくないだろう」

 強くリッキーにそう促され、仕方なくシロノは黙る。

 それからすぐだった。通路の先から声が聞こえたのは。

「それでは、ジンジャーブレッドさん。契約についてはご満足頂けましたでしょうか」

 会話はジンジャーブレッドと誰かとのものらしかった。

 先程の声は別の誰かであり、まるで下手な営業セールスマンのような口調だ。

 そして他にも、人工的な呼吸音が、何故か聞こえて来た。

「ああ、それがこの私、ジンジャーブレッドとしての役割だからな」

 今度の声は、年相応に渋く、堂々とした声である。

 この声の主こそが、かつて一度も敗北を知ることなく宇宙レースを引退した伝説のレーサー、ジンジャーブレッドだ。

 そしてもう一方の人物は、彼のスポンサーであるゲルベルト重工のエージェントだろう。

「こちらとしては、まぁ、G3レースで優勝して下されば、何も問題はありません。では……この親善試合でも、活躍をお願いしますよ」

 最後にそう伝えると、エージェントは去っていった。



 エージェントは去り、ジンジャーブレッドが残った。

 彼は息を吐きだし、悔しさと自虐が混じったかのように呟く。

「全く、立場上では仕方はないが…………誰かの下で宇宙を飛ぶなんて、実に私らしくない。誰の為でなく、ただ自分のために自由に飛ぶ…………、それが私のはず。父さんも、そう思いませんか?」

 これに呼応して、先ほど聞こえた呼吸音がまた聞こえた。

 どうやら、ジンジャーブレッドの他にもまだ、人間がいるようだ。

 すると彼らは、リッキー達の隠れる空き部屋のある通路を、移動し始めた。

 部屋の前を通り過ぎる瞬間、リッキーとシロノは、ジンジャーブレッドの姿を見た。

 現役時代の三十年前には若かった彼は、今では初老と言えるくらいに老けている。しかし、灰色のスペースジャケットに全身を包んだ身体は、肉体の衰えを感じさせないほどにがっしりとしている。茶髪には白髪が幾らか交じり、皺も顔に刻まれているが、当時の面影は相変わらずだ。

 そして、その横には、機械仕掛けの自動車椅子に座る、老人が一人いた。口元には人工呼吸器が取り付けられ、そこから延びるパイプは、車椅子後ろのタンクへと繋がっている。

 かなりの高齢なのか、長く伸びた髪と髭は白く、顔には深い皺が無数に存在する。体も衰弱により痩せ、病院の患者服のような白衣から覗く姿は

、骨と皮しか残っていないような有様だった。

 老人は何かを言ったようだが、その呼吸音のせいか、それとも会話する事が困難なのか、話す言葉は聞こえない。

 だが、ジンジャーブレッドには、何が言いたいのかが分かるらしい。

「ははは、そう言うと思っていました。しかし、彼らの思惑は何であれ……私は優勝を手にするのみ。それだけは、裏切りませんよ、父さん」

 ――ジンジャーブレッドと、その父親か。まぁ伝説のレーサーでも人の子だ。親がいるのは当然だよな。それに、仲も良さそうだ。……俺とは大違いだ――

 ふとリッキーは、自分と父親の事を考えながら、そう思っていた。




 だがそれは、ある一言で打ち消される。

「残念ですが、それは無理ですよ、ジンジャーブレッド。だって優勝するのはこの私、シロノ・ルーナですからね」 

 なんとシロノは、過ぎ去ったジンジャーブレッドの背後に現れ、自信満々に挑戦を叩きつけた。

 リッキーは横を見ると、ついさっきまでいた筈のシロノがいない。

 ――あの馬鹿野郎! フウマと同じレベルの、相当な負けず嫌いの自信家だな!――

 頭を抱え込んで、リッキーは唸った。

 ジンジャーブレッドは後ろへと振り向き、うっすらと笑みを浮かべた。

「……ほう? どうやら私と同じレーサーのようだが、随分と威勢がいいな。もしかして……さっきの話を、盗み聞きしていたのか?」

 シロノの方も、余裕を崩さない。

「さぁ? どうでしょうか? せっかくの機会です。私はただ、こうして貴方に挑戦を叩きつけに来ただけですよ」

 クククと、ジンジャーブレッドは含み笑いをした。

「面白い、気に入ったぞ。しかし……シロノ・ルーナか。初めて聞く名前だ」

「ふっ、貴方が活躍した、昔とは違います。でも安心して下さい。今回のG3レースで私が優勝して、貴方の伝説を引き継いであげますから」

「口は達者だな。だが…………お前に出来るかな?」

 二人は、互いに睨み合う。

 しばらくの間、それは続いた。

 やがて、ジンジャーブレッドが先に降りて、肩をすくめた。

「こんな事をしていても、何にもならないだろうよ。レーサーはレーサーらしく、レースで決着をつけようじゃないか。なぁ、シロノ」

 シロノも同意する。

「勿論、こちらもそのつもりです。まずは、この親善試合、私の実力を見せてあげます」

「ああ、楽しみにしているぞ。ではまた……レースで会おう」」

 そう言うと、ジンジャーブレッドは老人とともに、通路の先へと消えた。

 彼が去った後、リッキーも部屋から出てきた。

「全く、やってくれるぜ。隠れてろって言ったのに、勝手に飛び出しやがって……」

 だがシロノは、全く悪びれない様子だった。

「ふふっ、だってあのジンジャーブレッドですよ、じっとするのは無理と言うものです」

「それは、まぁ、気持ちは分からんでもないが」

「レーサーとして、やっぱり憧れますからね。彼の手前、ああも強気で言いましたが、本当に私は彼に及ぶかどうか……不安に思うほどに。

 でも、当然私は、負けるつもりはありません。あのジンジャーブレッドを破り、G3レースの優勝を手にしてみせますよ」

 自信満々に、そう宣言してみせるシロノ。

 しかし、一方でリッキーは厳しい表情を見せる。

 そしてシロノに、口を開く。

「なぁ、せっかく希望を抱いている所で悪いんだが、幾らシロノでも……それは難しいと思うぜ」

「それは、どう言う事です?」

「シロノ、お前とはこの間、レースで戦ったよな。その時にお前の実力を、ある程度知る事が出来た。だが、あのレーサー…………ジンジャーブレッドのそれは、更に上回っていた」

 この言葉が意味する事、それに気づいたシロノは驚く。

「リッキーさんは、ジンジャーブレッドと戦ったのですか?」

 彼は頷く。

「……ああ。丁度、出場権の獲得の為に、お前とフウマと戦ったすぐ後に、別のレースへと参加した。そのレースには大したレーサーはおらず、俺なら簡単に優勝出来る、そう思っていた。

 しかし、その時にジンジャーブレッドが現れた。俺も何十年ぶりに彼が復帰したこと、そして俺たちと同じように、各地のレースに出場していると言う噂は、聞いたことがあった。だが、まさかここで戦えるなんて。その時の俺も、お前と同じ気分だったよ。だが、蓋を開ければ……相手にすらならなかった。準優勝こそしたが、優勝したジンジャーブレッドから、大差で引き離されての準優勝だ。いい勝負だったとは決して言えない。全く…………散々なものさ」

 さらに、リッキーはある事を伝える

「とにかく、何もかも違うのさ、レーサーも、機体もな。そして…………」


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