会場裏にて
フウマ達と離れたリッキーは会場裏の通路で、気分を落ち着けている最中だった。
「……ちっ! 情けないぜ。まさかああも取り乱すなんてな」
頭を掻きながら一人呟いて、そして溜息をつく。
「はぁ、とりあえず落ち着いたことだし、そろそろアイツらの所に戻ろうか」
リッキーは、会場へと戻ろうとする。
すると通路の先に、人影が一つ見えた。その姿にはリッキーに見覚えがあった。
「お前は……シロノか」
どうやらシロノもリッキーに気づいたらしく、彼の前で立ち止まった。
「ええ、以前のレース以来です。あなたの機体については残念でしたね、心から同情します」
「ははは…… 同情で済むなら、どんなに有難いか」
リッキーは、力なく笑っていた。
「その恰好を見ると、お前は親善試合に出るらしいな」
シロノは、白いスペースジャケットに身を包んでいる。レース以外ではそんな装備は、なかなか身に着けないだろう。
「恥ずかしながら、私はG3レースが初めてですから。だからこの機会に、レース相手の実力を、親善試合で実際に確かめたかったので。これでも少し、緊張してるんですよ?」
すると、シロノは何か思い出したのか、愉快そうに微笑む。
「ふふっ、そう言えば、フウマもこのレースは初めてでしょうね。もしかすると、ここに来ているかも」
「もしかしなくても、アイツも一緒に来ているぜ。最も、レーサーとしてではなく、一観客としてだけどな」
これを聞いた彼は、ちょっと残念そうにしていた。
「そうですか……。けど、どの道本番に競い合うでしょうし、フウマとの勝負は後の楽しみにしましょう」
「意外だな? てっきり歯牙にもかけてないと思ったが?」
「……いつもレースで、一方的に向こうからライバル扱いして来ましたから。まぁ、私自身……まんざらでもなかったですけどね」
「へぇ成程。案外、気が合っているのかもな」
「たしかに、そうかもしれませんね…………ところで」
するとシロノは態度を改めて、ある話を切り出す。
「リッキーさんが遭った事故、実は貴方だけでなく、他のレーサーとその機体にも同じ被害が出ています。そして、その全員がG3レースの出場者。不慮の事故によって、何人も出場を辞退しました。私が言おうとしている事は……分かりますよね?」
レースの裏で動いている、何者かの謎の陰謀……。シロノの話は驚くべきものだ。
しかし、リッキーは全く驚きもしなかった。
「……レース相手を狙った、人為的な破壊工作と言う訳か。実行犯はナンバーズ・マフィアだろうが、奴らにそれを依頼した真犯人は……別にいるだろうな」
「全然、驚いていないみたいですね。それに、ナンバーズ・マフィアの事まで知っているなんて、私の方が驚きです」
「シュトラーダを爆破された時に、怪しい人物が逃げて行くのを見たからな。それに、フウマのテイルウィンドに破壊工作を仕掛けていた奴らを、俺が捕まえた。その後、彼らを警察に引き渡した際に、少しだけ教えてもらっただけさ」
「どうりで、そこまで知っていたわけですね。つまり、今回の親善試合……そして本番でも、警戒が必要。その証拠に……ほら、会場のあの辺り」
シロノが指さしたのは、通路の窓から少しのぞく、会場内の様子。
そこでは多くの観客が今か今かと、レースの始まりを待っている。
しかしその中の何人か、格好こそ普通の一般人そのものだが、何やら周囲の様子を、注意深く観察しているように見えた。
「これは?」
「銀河捜査局の、私服捜査官。彼らもこの騒動に対して、調査を進めている最中だそうです。まぁ、そう依頼したのは、私のスポンサーだと言う事もありますが……、私の所にも捜査長官が直々に、話を聞きにきましたからね」
シロノは続けた。
「この件の黒幕について彼らは、ジンジャーブレッドのスポンサー、ゲルベルト重工が可能性としては高いと考えていますが……、目的が一体何なのか、それが不明ですしね」
「まぁな。レーサーがジンジャーブレッドなら、優勝は問題ないだろうしな。念には念って事だろうが、そこまでする必要があるか、分からないのが正直だ」
だが、そこまで言うとリッキーは、何故かシロノの背後に目を向ける。
「おっと……噂をすれば、まさかこんな時に現れるとはな」
「……どうしました?」
「シロノ、少し隠れるぞ」
「えっ?」
シロノの返答を待たず、リッキーは半ば強引に腕を引いて、通路の空き部屋に隠れる。




