親善試合へ
貸しドックでは、リッキーがテイルウィンドのブースターに腰掛け、煙草をふかしていた。その横にはフウマと、そしてミオの二人もいた。
襲撃犯達は一か所に集められ、目覚めても身動き出来ないよう、全員縛り付けてられている。
「……とまぁ、俺の機体、シュトラーダもあいつらにやられた訳だ。見事、木っ端微塵さ」
リッキーは、最悪だと言いたいような表情で、頭を抱える。
「選手の機体を狙った、破壊工作か。けど……どうしてここに?」
そんなフウマの質問に、リッキーはフッと笑う。
「俺はその後、他の星でも同様の事故は、立て続けに起こっていたと知った。だからここも、狙われると思ってな。それに……」
彼は続ける。
「あの機体、つまりお前が『テイルウィンド』と名づけた機体は…………かつて宇宙レーサーだった俺の親父、リオンド・マーティスの物だったからな」
そう、フウマの愛機テイルウィンドのかつての所持者、そして彼自身を教育し、宇宙レーサーへと導いたのは、リッキーの父親であった。
「今でこそ田舎で隠居してるが、あのクソ親父…………、何の気まぐれか知らないが俺じゃなくこんなチビ助に、自分の機体を譲りやがって、全く……」
リッキーは溜息をついて、頭を掻く。
「俺のシュトラーダは、アイツらに爆破された。あの機体は正直言えば趣味ではないが、まぁ、仕方ない。元々親父の機体だったんだ、少しくらいは――俺にもその権利ってのがあるだろ?」
「……っつ!」
これを聞いたフウマは、反射的に身構える。
「まさか――、テイルウィンドを奪おうって言うのか! リッキー!」
「ちょっとフウマ! せっかく助けてくれたのに……。それに、まだそう決まった訳でもないでしょ?」
ミオの静止にも関わらず、キッと睨むフウマ。リッキーも同じく、挑発的に睨み返す。
「だったら――どうする?」
両者は、互いに睨み合う。
緊迫する、周囲の空気。
「ああっ……もう……」
そんな空気に、ミオは心配そうにソワソワする。
リッキーは、そんな二人を交互に眺める。そして……。
「くっ、くくくく……ハッハハハハハッ!」
大きな声を上げて、さも面白そうに彼は爆笑し出した。
「…………は?」
正直、厄介事になると思ったフウマは、つい唖然とする。
しばらく笑った後、笑いすぎたのかリッキーはハァハァと息切れしながら話す。
「ははっ……悪い悪い、つい脅かしすぎたな。俺がテイルウィンドを奪いに来たと思って、慌てたんだろう。
だが、そもそもシュトラーダとテイルウィンドとは、機体のタイプが違いすぎる。それをたった二週間で完璧に乗りこなせる訳がないって、レーサなら分かるだろ?」
何だか小馬鹿にされたようで、フウマはムッとした。
「……なら、何が言いたいんだよ」
するとリッキーは、優しい目をしてこう言った。
「言っただろ、あれは親父の機体だって。何だかんだでお前は、親父がそれを譲り渡す程に認めた、良いレーサーだ。
正直俺は昔、親父が見ず知らずのガキに自ら技術を教え込んで機体を譲ったことに、心底腹が立った。俺がレーサーを目指すと言っても、親父は見向きもしなかったからな……」
そんな話を聞いたフウマは、少し複雑な表情を見せる。
「それは……悪かった」
リッキーは、しゅんとなっているフウマを見た。
そして二ッと笑い、大きな手でフウマの髪を鷲掴みにしてクシャクシャにした。
「うわっ!」
「ハハハハッ! そんなしょうもない事でしょげるなんて、らしくないなフウマ!」
再びリッキーにちょっかいを出されて、またむくれるフウマ。
リッキーは、仕方ないなと言うように、フッと息を吐いて続ける。
「だが、今では納得してるさ。何せ俺とお前は二度も、レースで戦ったからな。自信を持っていい。お前は確かに良い宇宙レーサーだ、俺も保証してやるぜ」
更に彼はこう続けた。
「俺がここに来た理由は、勿論俺の機体に続いて親父の機体まで壊されたくなかった事もあるが、もう一つ、お前に用事があるからだ。それは…………これだ」
リッキーは一枚のチケットを取り出し、フウマに見せた。
「それは……?」
「ああ、フウマはG3レースは初めてだからな、知らないのも無理はないか。これは3日後に開催されるG3レース親善試合の観戦チケットだ」
G3レース親善試合、そんな物があると知らなかったフウマは、少し驚いてチケットを見た。
「親善試合では自分の腕の誇示、そして相手の力量を知るための選手との交流、つまり練習試合と言った方が良いかもな。さすがに今になって出場は出来ないが、観戦だけでも情報収集に十分さ」
そう言ってリッキーは、彼お得意の豪快な笑みを見せた。
「まぁ…………たまには観客として、レースを楽しむのも悪くないだろ?」
そして、次の日。
エアケルトゥング宇宙港の待合室で、リッキーは人が来るのを待っていた。
左右を見渡すと、どうやらその人物が現れたらしい。彼は手を振って近寄り、声を掛ける。
「やぁ、ようやく来たな。待ちくたびれたよ、てっきり忘れたかと思ったぜ」
「まさか。僕がそんな面白い事、忘れるわけがないだろ?」
待っていた相手はもちろんフウマであった。そして、もう一人……。
「そんな事言って……、また寝坊したのに、説得力ないわよ。全くフウマったら……」
フウマの横にいたミオは、いつもの調子が良い幼馴染の様子に、少し呆れているようだ。
二人とも私服で、手にはトランクを持っている。
「一応、何かあると思ってもう一枚余分に用意したが、正解だったな。それにしても、こんなに可愛い嬢ちゃんといつも一緒なんて、羨ましいぜ、全く」
それを聞いた二人とも、少し顔を赤らめて、互いに顔を背ける。
「ったく……止めてくれよ
「ワハハハッ! 若いっていいものだな、なぁ二人と………あうっ!」
リッキーが全部言い終わらないうちに、突然頭を何かでごつかれた。
どこから取り出したのか知らないが、いつの間にかミオの手にはスパナが握られていた。
「これ以上続けるなら、怒りますよ、リッキーさん!」
そう言いながらも、頬を膨らませて怒っているミオである。
一方でリッキーは、頭をさすりながらも笑いを絶やさない。
「ははっ、つい調子に乗りすぎたな。悪い悪い」
そんな話をしていると、アナウンスが聞こえて来た。
〈今から20分後に、惑星ツインブルー行きの船が出発です。搭乗口はE乗場、そして目的地への到着は、およそ36時間後となります。お乗りの方は、どうかお急ぎを〉
惑星ツインブルー、親善試合の開催場所であるようだ。
三人は、指定された搭乗口へと向かう。




