接戦と、アクシデント
先頭を飛行するのは、やはりテイルウィンドとホワイトムーン。
ここまでずっと、一対一の接戦を繰り広げていたわけだ。
「やっぱり、一番のライバルは……シロノってわけかよ!
フウマは今までにないくらいに集中し、真剣な様子でレースに挑んでいた。
〈そう言う事、ですね。やはりこうしてライバルがいるのは、良いものです!〉
対してシロノは、いつもの余裕の表情。
……かに見えたが、彼もまた、手加減は一切なしの全身全霊でフウマに挑んでいた。
どちらも出せる限りの力を以て、勝負を繰り広げているさ中だった。
そして、何かを思い出すかのように、少しように懐かしい様子でシロノは続ける。
〈そう言えば、フウマとの付き合いも長いものですね。あれから……どれくらい経ったでしょうか〉
フウマもまた、思い出すかのような様子で、返事を返す。
「うん。――たしかに、もう何十回も、レースで勝負をして来たからね。
あれから僕も、ずいぶん成長したのかな」
〈――ふふっ、初めの頃はまだまだ、未熟ではありましたね。
丁度その時も、こうした感じの、海の多い星でのレースでした。……確かに腕の良い感じではありましたが、それでもトップの私には遠く及んでも、いませんでしたしね〉
それに、フウマはかつての自分を思い出す。
「はっきり言うじゃないかよ。けど、その時から僕は、シロノをライバルにしようと決めた。
圧倒的に差をつけて、それでも余裕な感じでゴールしてさ、悔しいけど……格好いいとも思ったんだ。
思えば、あれからずっと、何だかんだシロノの背中を追いかけてた気がするよ」
――そう。フウマとシロノとの関係は、思えば長かった。
何度も二人は、ともにレースで競い、勝負を繰り広げた。
元よりそれなりの腕と才能はあるが、まだまだ未熟なフウマと、彼よりも高い実力を持ち既に完成された天才レーサー、シロノ。
二人のレースでは常に、勝利していたのはシロノの方。
フウマは口惜しい思いを重ねて来た。……が、何度も敗れながらそれても確実に、その度に自分の腕を磨き、レーサーとして成長していた。
この長い積み重ねがあって、今のフウマはここにいる。
シロノがいなければ、決して、ここまで来れなかった。
プロレーサーとしてのフウマがいるのは、彼と言う――ライバルがいたからこそ。
〈……レーサー冥利に尽きますね。そう言われると、私も嬉しいものです〉
薄く微笑み、シロノも良い表情を見せる。
「たしかに、最初の頃は僕もまだまだだったさ。でも……昔よりはちゃんと、成長しているんだ。
それを――見せてみせるよ!」
フウマはそう言うと、操縦桿を瞬時に動かす。
それに呼応するかのように、テイルウィンドは俊敏な動きで、ホワイトムーンの右上へと高速移動し、そして――。
〈くっ!〉
ホワイトムーンを追い抜いた、テイルウィンド。
――これで僕が、トップだね。後はこのまま――
だが、フウマがそう考えていた、その瞬間に……同時に一機の黒い影が、更にテイルウィンドを越して行った。
「あれは――!」
その姿は――そう、ジンジャーブレッドのブラッククラッカーだ。
―――
驚いたのは、シロノもまた同じであった。
――まさか、ジンジャーブレッドがここまで――
ジンジャーブレッドは、すでにボロボロであった。その事はシロノも、よく分かっていた。
……なのに、それでも彼は、再びG3レースのトップに上り詰めた。
――あなたも、そこまでして、レースを――
彼の熱意はシロノにも、十分伝わっていた。
――分かりました。では私も……最後のスパートをより一層――
が――そんなシロノの、ホワイトムーンの真横に真紅色の機体が並ぶ。
〈ふっ! ジンジャーブレッドばかりに、気を取られているからっ!〉
通信では、マリンの勝ち誇った様子がうかがえた。
「まさか、マリンまでも、こうして!」
〈そりゃもちろん! だって、私だって――勝ちたいもんね!〉
更に次の瞬間には、クリムゾンフレイムも続けて、ホワイトムーンを越して行った。
「マリンっ!」
気持ちよさげに、カラカラと笑う。
〈フウマくんもだけど、私だって成長してるって訳! このまま彼も追い抜いてみせるわ〉
先を行くクリムゾンフレイムは、今度はそのままテイルウィンドへと向かう。
――私も、負けてられませんね!――
シロノはホワイトムーンを駆り、先を行く二機と、そしてトップのブラッククラッカーへと迫る。
――――
迫りくる、クリムゾンフレイムとホワイトムーン。
二機はそれぞれ、テイルウィンドの左右について、並ぶ。
〈やりますね! フウマ! しかしまだ終わりませんよ!〉
〈私もね! あと少しだけど、諦めないんだからっ!〉
これには、フウマも舌を巻く。
「二人とも、やっぱりやるね。――たしかに、もう残りは僅かだしね」
見ると、前方に見えるオーシャンポリスの姿は、大きくなっていた。
それにトップを飛行する、ジンジャーブレッドにも、三機は次第に迫る。
G3レースも、もう後僅か……。
――二人もだけど、ジンジャーブレッドの決着だって。
……ふっ! 今の僕とテイルウィンドなら、これくらい――
そう、フウマにはまだ十分な勝算があると、考えていた。
――だが。
「……なぁっ!」
突如、目の前の大海原から、丸々として巨大な、一匹のバルーンホエールが水飛沫を飛ばし――ザブンと宙に舞う。
恐らく、群れから離れ、一匹のみで回遊していたのだろう……それが運悪く、レースのコース上へと現れたのだ。
しかも――もう残り僅かの、最後の最後で。
テイルウィンド、ホワイトムーン、クリムゾンフレイムの三機を塞ぐ、大きな影。
――く……うっ!――
これには当然、フウマも回避を取る。……しかし。
この突然な出来事に、唯一対応出来たのは、シロノのホワイトムーンのみ。彼はは上手くバルーンホエールをかいくぐり、引き続きジンジャーブレッドを追う事が出来たが……。
対してクリムゾンフレイムはそのままでは間に合わず、、バーニアを逆方向に噴かせ、急ブレーキを行いどうにか避けようとするも、それさえ間に合わない。
避けようとしたクリムゾンフレイムであったが、その機体の真横に、バルーンホエールの身体の一部がぶつかり、態勢を大きく崩した。
それによりクリムゾンフレイムは、更に大幅に失速――。後続のワールウィンド、アトリにも先を越される。
そしてフウマの、テイルウィンドもまた、クリムゾンフレイム程ではないが、回避の際に態勢が崩れ、速度もまた低下した。
……先を行くブラッククラッカー、ホワイトムーンには距離が離れ、最後になって差がつけられた。
――まさか、こんなことになるなんて――
これで同列二位から、三位に下がる。
すぐ後ろにはリッキーとフィナの機体と、更に後方にはマリンのクリムゾンフレイムが確認出来る。
しかも先頭のブラッククラッカーとホワイトムーンが接戦中であるのに対し、フウマを含めた三位以降の四機の間には、大きい隔たりが生まれていた。
――こうなったら優勝は、結構厳しくなったかも。……残りの距離で、巻き返せるか!? ――
もうゴールまで、あと少し。
二機のさらに先に存在する、迫り来るゴールを前に、焦りを見せるフウマ。
ここまで来て、こんなしくじりを犯すなど……。彼が強く焦燥感を感じ、モニターに目を移した、そんな時――。




