退散
「……よくも、やるではないか」
「お褒めの言葉、嬉しいわ。これでも昔――色々と経験があるものですから!」
ミーシャは、得意げにそう宣言する。
これに驚いたのは、フウマも同じ。
「まさか、こんな事になるなんて」
すると隣のマリンも、自慢気な様子だ。
「ふふっ、今は社長だけど、こう見えて昔は凄腕の傭兵だった事があるの、家の母さん。
あちこちの紛争地域を渡り歩いて、それはもう、凄かったみたいよ」
どうりであの鋭敏な動きと、危機的状況に物ともしない精神力、と言うわけだ。
周囲の海賊は、ミーシャへと銃を向ける。
しかし、それを彼女が制する。
「おっと! 動かないでもらおうかしら。大事なキャプテンの顔に、傷をつけられたくなければね」
キャプテンであるサイクロプスが人質に取られた以上、彼らにはどうする術もない。
「大変よろしい! ――さてと、皆さん、今のうちに逃げて下さいな」
確かに海賊が動けない今、逃げるには絶好の機会だ。
人々は会場の出入り口へと駆け、次々と出ていく。そして、その混乱に乗じ、クレインも……。
「あっ! あいつも……。マリン、僕たちも追わないと!」
「――ええ。でも、母さんが」
確かに凄い母親かもしれないが、こんな中で、一人残されるミーシャを気にかける。マリンは戸惑うも……。
「私の事は心配しないで! 大丈夫、これくらいなら一人で十分よ」
心配ではあるが、今マリンに出来ることも、ここにはない。それなら――。
「分かった、母さん。どうか無事でいてね」
そう言い残して、マリン、そしてフウマも再び、クレインの後を追う。
――――
「……これはまた、とんだどんでん返しだな」
会場で起こった事を知った、ヘンリックは唸る。
出口からは大勢の人々が、逃げ出すのが見える。
しかし……問題は未だ残っていた。
――だが、あのラグナシアをどうにかしない限り、まだ安心とは言えんが――
別の画面には、相変わらず海賊船ラグナシアの姿がある。
この状況においても、何ら動くことなく、ただじっと空に浮かび続けていた。
――やはりこの状況、何かおかしい。会場での動きも、そしてラグナシアにしても、だ――
ヘンリックはさらに、海賊船が映る映像を拡大し、よく確認する。
船以外にも夜空には見えにくいものの雲が浮かび、内一つは恐らく、ラグナシアと同じ高度にあった。
雲はその傍を流れ、手前を通るも……よく見るとそこには、奇妙な光景があった。
確かに雲は、初めはラグナシアの手前を流れている。
……だが、船体の途中あたりで、流れていた雲はスッパリと綺麗に消え、少し進んだ先の船体で、何もない場所から雲が再び現れ流れていた。
そう、まるで――雲が船体の一部を『すり抜けて』いるかのように。
――まさか、やはりあれは――
実はヘンリックも、可能性としては考慮に入れていた、ある考え。
この映像を見た瞬間、ただの仮定だった考えは、確信へと変わった。
だがそれと同時に、映像のラグナシアが……動きを見せた。
――――
会場には海賊達とキャプテン・サイクロプス、そしてミーシャがいた。
「さて、いつまでそうしているつもりかな?」
先ほどから喉元に刃先をつきつけられたままのサイクロプスは、そう、サーベルを握るミーシャに語りかける。
「そうね、逃げた人たちの誰かが警察に連絡を入れて、貴方たちを捕まえに来るまで、かしら」
「……くくくっ、それはまた、手厳しいな」
ミーシャの返事に、彼女は可笑しそうに笑う。
「あら? そんなに笑って、どこに可笑しい部分があったかしら?」
「いや、私が警察如きに捕まるとは、あり得ない事だと思ってな」
「あり得なくても、もう貴方にはどうする事も出来ないでしょ。運が悪かったと諦めることね」
……だが、サイクロプスは相変わらず、諦める様子は全く見せない。
「『運が悪かった』、か。確かにこの状況は、想定外ではある。……だが」
サイクロプスは先ほど壊した、壁の大穴に顎をしゃくる。
「あれを、よく見るといい」
「……え?」
ミーシャは言われた通り、穴に目を移す。
そこからは海賊船、ラグナシアの全容が見えていた。しかし、そのラグナシアは今、方向転換して正面をこちらに向け、ゆっくりと大きくなっているように見える。
「まさか……冗談でしょ」
これにはさすがのミーシャも、顔を青ざめる。
「残念だが、あの船は間違いなく、こっちに向かっている。
このまま行けば――どうなるかな?」
大型宇宙船が、こちらに向かって体当たり……。言われなくてもその惨状は、容易く想像がつく。
「そんな事をしたら、貴方まで巻き添えになるわよ!?」
思わず大きな声で、そう言うミーシャ。
だがサイクロプスは、何食わぬ顔。
「まぁ……このまま、捕まるよりかはましだろうさ」
「ふざけたこと言ってないで、今すぐ止めなさい!!」
「悪いが、ああして動いている以上、今更止められない。諦めることだ」
そう言っている間にも、ラグナシアの姿は段々と大きくなり、目の前へと迫って来る。
一面に広がる、金属の壁――もうあと少しで、ここは押しつぶされる。
そう思い、ミーシャは目を瞑る。
――――
だが、一向にその様子は、全くない。
――まさか、痛みを感じる間もなく、私は――
しかしそれにしても……天国と言うには、あまり変わりなさすぎる。
恐る恐る、目を開けると、そこは晩餐会の会場。
何の変化もない……と思ったが。
壁の大穴には、先ほどのラグナシアは影も形もなく、小型艇の側面が接舷されていた。
そして、側面部の開いた扉へと、次々と乗り込んで行く海賊達と……。
乗り込む海賊たちの一番最後尾にいたのは、キャプテン・サイクロプス。
先ほどはミーシャが、動きを封じていた。
が、先ほどの驚きに乗じてそれを脱し、ちゃっかりサーベルまで取り戻していた。
海賊達の大多数は乗り込み、残るはサイクロプスのみ。
「ちょっと、待ちなさい!」
ミーシャの言葉に反応し、彼女は振り返る。
「私を相手に、ここまで出来た者は、そういない。我々の仲間であれば……心強いのだがね」
「冗談! 私は社長をやっている今が、気に入っているのよ!」
サイクロプスは、ふっと微笑んだ。
「それは残念。――それでは、さらば!」
そう言い残して彼女は小型艇に乗り込み、扉が閉まる。
海賊を乗せた船は、そのまま飛び去り、夜の闇へと姿を消す。
――くっ、してやられたわ!――
おそらく、あのラグナシアはただの、ホログラムか何かだったのだろう。
ミーシャはサイクロプスの策に乗せられ、悔しい表情を見せる。
――が。
ふと彼女が辺りをよく見ると、中身がつまったいくつかの
袋が、床に置かれていた。
それは海賊が人々から集めた、貴重品が詰まった袋。それを置きっぱなしにしたまま、逃げ出した、と言うことだ。
――まさか、持っていく暇がなかった? ……いえ、とてもそうは見えなかったわ――
だが、ミーシャは強い疑問を抱く。
――もしかして、海賊たちの目的は……何か別の――
――――
この事を考えたのは、ヘンリックも同様だ。
先ほど、ラグナシアが急に方向転換し、都市中央のビルに突っ込もうとした動きを見せた。
……だが、船体はビルをそのまますり抜けた。
そしてその姿はまるでテレビ映像をオフにしたかのように消えて、代わりにずっと小型の、小型艇がビルに接舷している姿が現れた。
恐らくは、内部の海賊の回収だろう。
回収を短時間で済ませた小型艇は、ビルから離れ、そのまま遠くへと飛び去った。
この一部始終をモニターで見ていたヘンリックは、少し
息をついた。
――やはり、ラグナシアの正体は、ただのホログラムか。
……だが――
彼は考え込む様子を見せる。
――だとしたら、フォード・パイレーツはどこにいる? 奴らのハッタリ……いや、外見、識別信号などの細かい所までの偽装など、協力がなければ不可能に近い――
……思えば、あの騒ぎも不自然だった。
もしかすると、別の何か、目的があったのではないだろうか。
――待て、そう言えば最初に――
海賊が占拠した際、市長に対し、住民の避難指示を出していた事を思い出す。
多くの人間が今は、避難シェルターの中。
で、あるなら、都市内部には人がほとんどいない状態だ。
「……都市全域の、カメラの映像は?」
ヘンリックは捜査官の一人に指示を出す。
言われた通り捜査官は、都市の各場所に位置する監視カメラの映像を、確認する。
「映像には、どこにも異常は見られませんが」
「なら、映像管理などのシステムに、何か細工が施されていないか、解析を頼む」
「でしたら、私に任せてください」
今度は、解析処理の優秀な、捜査官が映像関係の解析を行って行く。
しばらくした後、捜査官はこう伝える。
「解析について言うなら、問題は見られませんが……」
「そうか。だが、もう少し詳しく調べてみては、くれないだろうか」
捜査官は、再び映像の解析に取り掛かる。
「とは言っても、異常などやはり――――、待ってください」
と、何かを調べとったらしく、彼は反応を示す。
「これなら、気づきにくいはずです。……映像すべてに対し、均等に何らかの加工が施されています。どうりで他と比較しても、異常のある映像が見られないわけです」
監視カメラの映像すべてに、何者かにより細工がなされている。
おそらく何処かで、何か動いているのだろう。――が、すべての場所において、その可能性がある。
特定するのは難しい。だが……。
「待機中の捜査官、また都市の警察隊に対しても、連絡を頼む。
これよりスカイガーデン全域の、徹底捜査を行う!」
そう指令室で、指示を出すヘンリック。
果たして、海賊たちの本当の狙いとは――。




