動き出す影
孤児院の遊戯室である広い部屋から、バタバタと騒がしい音が聞こえる。
中ではシロノが馬となり、背中に幼い子供を三人乗せてお馬さんごっこをしていた。前に座る女の子なんか、手綱替わりに彼の長い髪の毛を両手に握っている。。
「ねぇ、もっと早く早く!」
「そう言っても、これ以上は危ないって…………たっ! あまり髪を引っ張らないでください」
「だったらもっと走るの!」
「……もう、しょうがないですね」
「シロノお兄ちゃん、次は僕たちとかくれんぼしよー」
「やーよ。シロノは私たちとおままごとをするんだから」
周りには他に大勢の子供が遊んでおり、三十人は軽く超えそうだ。
「くすっ。楽しそうだね、兄さん」
入口付近で様子を見に来たアインは、そんなシロノと子供たちの様子を、微笑ましく眺めていた。
「そんなに言うなら、私と替わりますか? 大歓迎ですよ」
しかしアインは、少し小生意気な感じで肩をすくめる。
「生憎僕は、年上の子達に勉強を教えないといけないんだ。今は休憩時間で、ただ少し様子を見に来ただけだよ。ふふっ、白の貴公子も、子供には形無しだね」
そう言って彼はニヤリとした。
「でも兄さんがこうして子供と戯れている姿は、いつ見ても面白…………いや、微笑ましいよ」
「ちょっと! 今面白いって言おうとしませんでした!?」
「お兄ちゃん、お馬さんごっこは終わり? なら今度は私たちと遊んで!」
「ほらほら、子供たちも待っているみたいだから、僕はこれで失礼するよ。それじゃあ、兄さん」
「アイン! 話はまだ終わってませんよ! ……って、はいはい、今行きますよー」
まだシロノは言い足りなそうだったが、子供たちに気を取られてどこかに行ってしまった。
「……さてと、もう少し見ていたいけど、そろそろ僕も戻らないとね」
アインはそんな兄の様子を見終わると、施設内を移動して別の部屋へと入る。
そこは学校の教室に近い様子の部屋であり、年上の少年少女達が椅子に座って待っていた。
「やぁ、待たせたね。じゃあ授業を再開しようか。では、かつて惑星ルインドに存在した古代異星人文明と言うのはそもそも……」
「……そもそも初めに百年前、惑星の砂漠に埋もれていた異星人の都市遺跡を、惑星調査団が発見したことから知られています。都市遺跡の構造は、漆黒の石材で構築された円柱形の大遺跡を中心とし、同心円状に中小の遺跡群が広がっているわけで…………」
場所は変わり、フウマのクラスメートであるリアンは、学校の図書室で勉強会を開いていた。
今彼女が教えているのは、地歴学だ。語学、数学、物理化学などの学校教科の一つだ。ただ、その範囲は他の惑星や星系の地理・歴史を扱うものであった。
テーブルの上には、ペンにノートに教科書など、勉強道具が所狭しに置かれている。
勉強会に加わっているのは五、六人程で、広いテーブルの周りを囲んでいた。その中には、無理やり連れて来られたフウマもいる。
しかしフウマの様子はと言うと、リアンの小難しい授業説明について行けず、先ほどからずっと、ただ聞いているフリだけしていた。
そしてノートに書き込んでいるのは授業内容では無く、テイルウィンドのレースをイメージした落書きだった。
フウマは意外にも落書きのセンスは良く、宇宙空間を飛翔するテイルウィンドの迫力と疾走感が、その落書きには上手く描かれていた。
――本番のG3レースでも、こんな風に飛べればいいな――
落書きを描きながら、自然にフウマは笑みがこぼれた。
「さて、そこでフウマに問題だけど、この特徴を持つ都市遺跡は、他に幾つの惑星で発見されているか答えられる? ……フウマ!」
リアンから名前を呼ばれ、思わずフウマは慌てた。
「ええっと…………、三つか、四つ?」
「全然違うわ。遺跡が発見されたのは、全部で五十六よ。その数から、遺跡を建造した古代異星人は多くの星に広がる程にまで、宇宙文明を発達させたと言われているわ。こんな事、初歩の初歩よ。
もう、定期試験は明日なんですよ? 少しは身を入れて勉強してください」
彼女からの叱責を、フウマは苦笑いでごまかす。
……しかし、ふと部屋の窓を見ると、そこには怪しい人影が映っていた。
校舎のすぐ外に黒塗りのエアカーを停車させ、その傍で二人の黒スーツの男が、辺りの確認や聞き込みを行っている。
一体何をしているのか? フウマは不審に思った。
「ちょっと! 何余所見しているんですか!?」
そんなフウマの様子に、リアンは二度目の叱責を加えた。
「あっ、ごめん。だって窓に、変な奴らが」
「今は勉強中よ、それなのに気を散らすなんて……。どうやらフウマには、特別にみっちり教え込んだ方が良さそうね」
彼女はふぅとため息を付くと、皆に言った。
「じゃあ今日はここまで、みんなお疲れさま。明日は試験だけど、教えた事を忘れなければ大丈夫。…………けどフウマは残ってもらうわ。まだまだ貴方には……色々と教え足りないようですから」
そう言ってリアンは、フフッと薄い笑みを見せた。




