レクリエーション・タイム(3)
その後もフウマは何人も追い抜き、残るは先頭のみとなった。
前を飛んでいたのは、キースとミリィの二人。
「どうだい。良かったら、またハンデでも付けようか?」
フウマは後ろから、調子の良い声をかける。
二人は顔を見合わせると、一番先頭を飛ぶミリィの方がプッと噴き出した。
「くすっ! フウマってば私より年上なのに、相変わらず外見も中身も子供っぽいんだから」
「な、何だって! 僕のどこが子供っぽいのさ!」
この言葉には弱いのか、フウマはついムキになって声を上げた。
「それはちょっと言いすぎだぜ、ミリィ。だが、何にせよその自意識過剰な性格は直すべきだぜ、悪い癖だぞ」
「要するにお調子者、付け加えるなら、その短気な所もね」
キースの言葉に、横からミリィがまた茶々を入れる。
彼女には悪意などなく、あくまで無邪気に友達同士の会話を楽しんでいるだけなのだが、時々それが行き過ぎる事がある。
――ミリィのそれだって、悪い癖の一つだろ――
フウマは心の中で、そう思った。
「まぁ、俺たちだってすぐに、ここまではすぐに追い付いて来ると思ってはいたさ。だがな、フウマが宇宙レースに躍起になっている間、俺達は特訓を重ねたんだ。最近なんか、この星での公式試合、その男女部門それぞれで、俺とミリィは優勝したんだぜ?」
キースはニッと笑ってみせる。
「要するに、俺たちを追い越せるものなら、追い越してみろって事だ」
そう言った瞬間、後ろから強い追い風が吹いた。
二人は強風に乗ると、その速度を増す。
「面白い! その挑戦、受けてあげるよ」
同じくフウマもボードを操作、気流へと乗り追いかける。
峡谷内部の強い風の流れは、今や広範囲に広がっている。
谷の幅は次第に大きくなり、下には森が広がっていた。所々で森に生息している、鳥や小動物などの鳴き声が聞こえる。
そして森に生える、遥かに高い大木のせいで、気流は阻害され、分岐していた。互いの姿さえも、木々に阻まれて時々見えなくなる。
気流に乗りながらも、大木に衝突しないように左右に旋回しながら飛ぶ。
その度に三人の位置は絶えず変化するが、それでも前を飛ぶキースとミリィに対し、後ろのフウマとの距離はなかなか縮まらない。
基本、ウィンドボードの速度は気流によって左右され、状況によって変化する風をどう乗りこなせるかによって、速度は速くも遅くもなり得る。
今のような状況では、気流などの外部環境が共通しているのは勿論の事、技量も互いに同等であるために、その差は固定したままだった。
「ちっ! ちっとも追いつきもしない! 言いたくはないけど二人とも、腕を上げたのは本当らしいね」
フウマの呟きに対し、ミリィから小生意気な返事が返って来る。
「あら、フウマにしては珍しいじゃない? 雨でも降るんじゃないかしら?」
確かに、フウマがしばらくウィンドボードしていない間に、二人の腕は上達している。
つい先ほどキースとミリィに追いついてからと言うものの、それからはなかなかその差は縮まらない。
どうやら二人は、フウマに追いつかれるまでは本気を出していなかったらしい。その本気の実力はフウマとほぼ同じ。さっきの鳥の群れみたいなハプニングや、向こうが何らかのミスをしない限りは、追い越すのは難しい。
「まぁ、仕方ない。これも特訓の成果ってやつさ。特にミリィなんてああ見えて負けず嫌いだからな。俺よりも頑張ってたぜ」
「余計な事言わないでよね、キース。でも、今回は私の勝ちね。これがちゃんとした試合じゃないのが、ちょっと残念だけど」
目の前には峡谷の終わりがあり、その間からは新緑の生い茂る草原が見えた。
「ほら、もうゴールが見えて来た。案外、楽勝だったわね」
「さてと…………それはどうかな?」
ミリィの言葉に対し、フウマは口元に笑みを浮かべた。
そして何を思ったのか、頭のヘルメットを外すと、それを後ろに放り捨てた。
これを見たミリィは、思わず大笑いする。
「プププッ! 往生際が悪いわよ。幾らヘルメットを捨てて重量を軽くしたって言っても、たったそれだけじゃ足りないわ。フウマだったら、それくらい分かっているはずなのに」
そう笑っていると、大きな羽音とともにフウマのすぐ後ろから、無数の鳥が群れを成して飛び立った。
大きな群れは一斉に森から飛ぶ様は、さながらそれが一つの巨大な生物であるようだ。
多くの鳥の羽ばたきで生じた突風を受け、彼が乗るボードは速度を増す。
キースは振り返り、後ろの様子を見て感心していた。
「まさか、そんな事を思いつくなんて…………って、げっ!」
だがそれに気を取られていたせいで、キースは前から接近する大木に気づかなかった。
気づいた時には既に遅く、正面から木に激突、ボードごと森に墜落した。
「全くキースってば、後ろに気を取られているから」
そんな彼の様子に、ミリィは呆れたかのように呟く。
フウマの乗るボードは速さを増し、次第に彼女へと接近する。
あと少しで峡谷を抜ける。しかし、あの速度ではその前に追い抜かれそう……。
そうミリィが考えていた矢先、横からフウマが追い抜いていった。
「どうだい! 僕にかかればこんな物さ!」
フウマは上機嫌な様子で、先頭を飛んで行く。
「ううっ……、また私の負けって訳ね。今度こそフウマに勝てると思ったのに」
追い抜かれたミリィは、悔しそうに呟く。
しかし、次の瞬間、更に横を追い抜いて来た物を見てギョッとした。
「ちょっとフウマ! 後ろ!」
「ははっ! キースの奴じゃあるまいし、そんな手には乗らないね」
「違うってば! 本当に危ないんだって!」
「だから、危ないって一体……」
しつこくミリィに言われ、嫌々ながらもフウマは、後ろ振り返った。
そして見たのは、さっきの鳥の群れが、真っすぐに自分の方へと向かって来る光景だった。
「えっ…………嘘だろ?」
新緑色の草が生い茂る草原で、フウマはひしゃげたボードを片手にふてくされていた。
「よしっ! 私の勝ちだね!」
その一方でミリィは、自分の勝利にはしゃいでいた。
一度は機転によって逆転したフウマだったが、その後、鳥の群れに襲われ、その内一羽がヘルメットをしていない彼の顔に衝突した。
衝突したショックで一瞬気を失い、その間にボードは鳥の群れに翻弄されて姿勢が崩れた。そしてフウマが気が付いた時には、ゴールである草原に辿り着く寸前で墜落した後。
結局、トップでゴールしたのはミリィとなった。
戻って来た他のメンバーはと言うと、そんな対比的な二人の様子を面白そうに眺めていた。
「ううっ……。今日はたまたま調子が悪かっただけさ」
「って言うか、自業自得ね。鳥さん達を驚かせたりするから」
二人の会話に、同じくひしゃげたボードを持ったキースが口を挟む。
「鳥の群れが巻き起こす突風を利用して、ボードの速度を上げる……。アイデア自体は良かったが、詰めが甘かったな」
「そっちだって、後ろに気を取られて木に当たったじゃないか。偉そうに人の事を言えないだろ」
「ああ、そう言えば確かにそうだったな。……ん? あれは……」
そんな時、キースは何かに気が付いたらしい。彼はニヤリと笑ってフウマに言った。
「ほら、見てみろよ。どうやら迎えが来たようだぜ」
そう言いながら指差す草原の空には、一台のエアカーがこちらに飛んで来るのが見えた。外見はタイヤが存在しない事を除けば、普通の車とほぼ変わらない形である。
「ん? 何でまたこんな所に? …………まさか!」
フウマはすっかり忘れていたある事を思い出して、顔色が変わった。
「あーあ、約束をすっぽかしたりするから……」
エアカーは、フウマ達のすぐ近くに着陸する。
そして後部ドアが開くと、誰かが二人降りて来た。
「やっぱりここにいたのね。追いつくのに大変だったんだから」
「全く、約束を無視するなんて、何を考えているのですか」
エアカーから降りたのは、ミオとリアンだった。二人とも、多少なりに腹を立てているらしい。
「そんな、どうしてここに!」
「何年私がフウマの幼馴染をしていると思うの? こうして何か約束をすっぽかす時は、大体どこかで友達と一緒に、ウィンドボードで遊んでいるでしょ? そして、久しぶりにウィンドボードをするなら、多分ここじゃないかなって思ったの。それで私はリアンのお兄さんに頼んで、ここに迎えに来たって訳」
「だから勉強なら、自分でもやっているさ。勉強会なんて要らないってば!」
フウマは、まるで子供のような言い訳をしてみせた。
「それが駄目だから、こうして勉強会を開いたんでしょ? ほら、だからそう言っていないで、とりあえず行きましょう」
「だから無理! 勉強会みたいに厳しい勉強なんて、僕は苦手なんだよ!」 「はぁ……宇宙レースで幾ら活躍しているか知らないけれど、まるでお子様ね。良いわ、本当ならミオの頼み通りやさしく教えるつもりだったけど、その根性からみっちり教育してあげないとね。いいわね? ミオ?」
「ええ。でも、あまり厳しくしないでね?」
そう言うとミオとリアンは、駄々をこねるフウマの両腕を掴むと、ずるずるとエアカーに引っ張っていった。
「だーかーらー、やだってばー」
相変わらずそう言い続けるフウマを無理やり乗せて、エアカーは飛び立った。
それを見送ったミリィは隣のキースにこう言った。
「ねぇ、キース?」
「ん?」
「やっぱりフウマってさ、実年齢以外は、本当に子どもだよね?」
「…………ああ」
その意見は、二人とも同感だった。




