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テイルウィンド  作者: 双子烏丸
第二章 ティーブレイク・タイム
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レクリエーション・タイム(3)

 

 その後もフウマは何人も追い抜き、残るは先頭のみとなった。

 前を飛んでいたのは、キースとミリィの二人。

「どうだい。良かったら、またハンデでも付けようか?」

 フウマは後ろから、調子の良い声をかける。

 二人は顔を見合わせると、一番先頭を飛ぶミリィの方がプッと噴き出した。  

「くすっ! フウマってば私より年上なのに、相変わらず外見も中身も子供っぽいんだから」

「な、何だって! 僕のどこが子供っぽいのさ!」

 この言葉には弱いのか、フウマはついムキになって声を上げた。

「それはちょっと言いすぎだぜ、ミリィ。だが、何にせよその自意識過剰な性格は直すべきだぜ、悪い癖だぞ」

「要するにお調子者、付け加えるなら、その短気な所もね」

 キースの言葉に、横からミリィがまた茶々を入れる。

 彼女には悪意などなく、あくまで無邪気に友達同士の会話を楽しんでいるだけなのだが、時々それが行き過ぎる事がある。

 ――ミリィのそれだって、悪い癖の一つだろ――

 フウマは心の中で、そう思った。

「まぁ、俺たちだってすぐに、ここまではすぐに追い付いて来ると思ってはいたさ。だがな、フウマが宇宙レースに躍起になっている間、俺達は特訓を重ねたんだ。最近なんか、この星での公式試合、その男女部門それぞれで、俺とミリィは優勝したんだぜ?」

 キースはニッと笑ってみせる。

「要するに、俺たちを追い越せるものなら、追い越してみろって事だ」

 そう言った瞬間、後ろから強い追い風が吹いた。

 二人は強風に乗ると、その速度を増す。

「面白い! その挑戦、受けてあげるよ」

 同じくフウマもボードを操作、気流へと乗り追いかける。



 峡谷内部の強い風の流れは、今や広範囲に広がっている。

 谷の幅は次第に大きくなり、下には森が広がっていた。所々で森に生息している、鳥や小動物などの鳴き声が聞こえる。

 そして森に生える、遥かに高い大木のせいで、気流は阻害され、分岐していた。互いの姿さえも、木々に阻まれて時々見えなくなる。

 気流に乗りながらも、大木に衝突しないように左右に旋回しながら飛ぶ。

 その度に三人の位置は絶えず変化するが、それでも前を飛ぶキースとミリィに対し、後ろのフウマとの距離はなかなか縮まらない。

 基本、ウィンドボードの速度は気流によって左右され、状況によって変化する風をどう乗りこなせるかによって、速度は速くも遅くもなり得る。

 今のような状況では、気流などの外部環境が共通しているのは勿論の事、技量も互いに同等であるために、その差は固定したままだった。

「ちっ! ちっとも追いつきもしない! 言いたくはないけど二人とも、腕を上げたのは本当らしいね」

 フウマの呟きに対し、ミリィから小生意気な返事が返って来る。

「あら、フウマにしては珍しいじゃない? 雨でも降るんじゃないかしら?」 

 確かに、フウマがしばらくウィンドボードしていない間に、二人の腕は上達している。

 つい先ほどキースとミリィに追いついてからと言うものの、それからはなかなかその差は縮まらない。

 どうやら二人は、フウマに追いつかれるまでは本気を出していなかったらしい。その本気の実力はフウマとほぼ同じ。さっきの鳥の群れみたいなハプニングや、向こうが何らかのミスをしない限りは、追い越すのは難しい。

「まぁ、仕方ない。これも特訓の成果ってやつさ。特にミリィなんてああ見えて負けず嫌いだからな。俺よりも頑張ってたぜ」

「余計な事言わないでよね、キース。でも、今回は私の勝ちね。これがちゃんとした試合じゃないのが、ちょっと残念だけど」

 目の前には峡谷の終わりがあり、その間からは新緑の生い茂る草原が見えた。

「ほら、もうゴールが見えて来た。案外、楽勝だったわね」

「さてと…………それはどうかな?」

 ミリィの言葉に対し、フウマは口元に笑みを浮かべた。

 そして何を思ったのか、頭のヘルメットを外すと、それを後ろに放り捨てた。

 これを見たミリィは、思わず大笑いする。

「プププッ! 往生際が悪いわよ。幾らヘルメットを捨てて重量を軽くしたって言っても、たったそれだけじゃ足りないわ。フウマだったら、それくらい分かっているはずなのに」

 そう笑っていると、大きな羽音とともにフウマのすぐ後ろから、無数の鳥が群れを成して飛び立った。

 大きな群れは一斉に森から飛ぶ様は、さながらそれが一つの巨大な生物であるようだ。

 多くの鳥の羽ばたきで生じた突風を受け、彼が乗るボードは速度を増す。

 キースは振り返り、後ろの様子を見て感心していた。

「まさか、そんな事を思いつくなんて…………って、げっ!」

 だがそれに気を取られていたせいで、キースは前から接近する大木に気づかなかった。

 気づいた時には既に遅く、正面から木に激突、ボードごと森に墜落した。

「全くキースってば、後ろに気を取られているから」

 そんな彼の様子に、ミリィは呆れたかのように呟く。

 フウマの乗るボードは速さを増し、次第に彼女へと接近する。

 あと少しで峡谷を抜ける。しかし、あの速度ではその前に追い抜かれそう……。

 そうミリィが考えていた矢先、横からフウマが追い抜いていった。

「どうだい! 僕にかかればこんな物さ!」

 フウマは上機嫌な様子で、先頭を飛んで行く。

「ううっ……、また私の負けって訳ね。今度こそフウマに勝てると思ったのに」

 追い抜かれたミリィは、悔しそうに呟く。

 しかし、次の瞬間、更に横を追い抜いて来た物を見てギョッとした。

「ちょっとフウマ! 後ろ!」

「ははっ! キースの奴じゃあるまいし、そんな手には乗らないね」

「違うってば! 本当に危ないんだって!」

「だから、危ないって一体……」

 しつこくミリィに言われ、嫌々ながらもフウマは、後ろ振り返った。

 そして見たのは、さっきの鳥の群れが、真っすぐに自分の方へと向かって来る光景だった。

「えっ…………嘘だろ?」



 新緑色の草が生い茂る草原で、フウマはひしゃげたボードを片手にふてくされていた。

「よしっ! 私の勝ちだね!」

 その一方でミリィは、自分の勝利にはしゃいでいた。

 一度は機転によって逆転したフウマだったが、その後、鳥の群れに襲われ、その内一羽がヘルメットをしていない彼の顔に衝突した。

 衝突したショックで一瞬気を失い、その間にボードは鳥の群れに翻弄されて姿勢が崩れた。そしてフウマが気が付いた時には、ゴールである草原に辿り着く寸前で墜落した後。

 結局、トップでゴールしたのはミリィとなった。

 戻って来た他のメンバーはと言うと、そんな対比的な二人の様子を面白そうに眺めていた。

「ううっ……。今日はたまたま調子が悪かっただけさ」

「って言うか、自業自得ね。鳥さん達を驚かせたりするから」

 二人の会話に、同じくひしゃげたボードを持ったキースが口を挟む。

「鳥の群れが巻き起こす突風を利用して、ボードの速度を上げる……。アイデア自体は良かったが、詰めが甘かったな」

「そっちだって、後ろに気を取られて木に当たったじゃないか。偉そうに人の事を言えないだろ」

「ああ、そう言えば確かにそうだったな。……ん? あれは……」

 そんな時、キースは何かに気が付いたらしい。彼はニヤリと笑ってフウマに言った。

「ほら、見てみろよ。どうやら迎えが来たようだぜ」

 そう言いながら指差す草原の空には、一台のエアカーがこちらに飛んで来るのが見えた。外見はタイヤが存在しない事を除けば、普通の車とほぼ変わらない形である。

「ん? 何でまたこんな所に? …………まさか!」

 フウマはすっかり忘れていたある事を思い出して、顔色が変わった。

「あーあ、約束をすっぽかしたりするから……」

 エアカーは、フウマ達のすぐ近くに着陸する。

 そして後部ドアが開くと、誰かが二人降りて来た。

「やっぱりここにいたのね。追いつくのに大変だったんだから」

「全く、約束を無視するなんて、何を考えているのですか」

 エアカーから降りたのは、ミオとリアンだった。二人とも、多少なりに腹を立てているらしい。

「そんな、どうしてここに!」

「何年私がフウマの幼馴染をしていると思うの? こうして何か約束をすっぽかす時は、大体どこかで友達と一緒に、ウィンドボードで遊んでいるでしょ? そして、久しぶりにウィンドボードをするなら、多分ここじゃないかなって思ったの。それで私はリアンのお兄さんに頼んで、ここに迎えに来たって訳」

「だから勉強なら、自分でもやっているさ。勉強会なんて要らないってば!」

 フウマは、まるで子供のような言い訳をしてみせた。

「それが駄目だから、こうして勉強会を開いたんでしょ? ほら、だからそう言っていないで、とりあえず行きましょう」

「だから無理! 勉強会みたいに厳しい勉強なんて、僕は苦手なんだよ!」             「はぁ……宇宙レースで幾ら活躍しているか知らないけれど、まるでお子様ね。良いわ、本当ならミオの頼み通りやさしく教えるつもりだったけど、その根性からみっちり教育してあげないとね。いいわね? ミオ?」

「ええ。でも、あまり厳しくしないでね?」

 そう言うとミオとリアンは、駄々をこねるフウマの両腕を掴むと、ずるずるとエアカーに引っ張っていった。

「だーかーらー、やだってばー」

 相変わらずそう言い続けるフウマを無理やり乗せて、エアカーは飛び立った。

 それを見送ったミリィは隣のキースにこう言った。

「ねぇ、キース?」

「ん?」

「やっぱりフウマってさ、実年齢以外は、本当に子どもだよね?」

「…………ああ」 

 その意見は、二人とも同感だった。



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