一瞬の決着
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テイルウィンドもようやく、惑星サファイアの大気圏を、脱出していた。
あれから多くの機体を追い抜き、周囲には他の機体もない。
辺りには何もない、漆黒の闇を飛翔する、一機の機体。
――なかなか、これはいい感じじゃないかな――
ジョセフとの対決以降、彼は順調に進んでいた。
上手い具合にリードを続け、第四陣、第三陣の大多数を追い抜いた。
次は――第四陣のレーサー達だ。
彼らの多くは、惑星ルビー付近に位置している。そして目の前には、アステロイドがようやく見えだした頃だ。
――さてと、まだまだこれから、だけど――
後ろから一機、機体が迫る。
それは、楕円形の球体状に近い本体に、上下左右と、計四基、二対の翼状のブースターが取り付けられた、奇妙な形状をした黄金の機体だった。
速度も速く、また、それぞれのブースターはフレキシブルに稼働し、それを用いて生物のような動きをしている。
――なんだ、アレ? ずいぶん変な機体だな? でもそんな物でテイルウィンドに挑もうなどと――
間もなく、アステロイドベルトの中に入る。
それは大型惑星サファイア、エメラルドより数周り小型な惑星を取り巻く、広大な小惑星群である
惑星は小さいが、その範囲はかなり広大でレース範囲で言うならば、に惑星に引けを取らないくらいだ。
フウマは機体とパイロットの正体が気になったが、今はすぐそばにまで迫っている、そちらの対処が先決だ。
――どの道、すぐに差をつけるんだ。別に気にするような事じゃないしね――
結果、そんな確認は後回し。これが吉と出るか、それとも……
アステロイドベルトに、先に突入したのはフウマのテイルウィンド。続けて後を追って来た、黄金の機体が続いた。
四方八方に浮かび、またレース機が侵入した際による、小惑星の重力、引力バランスが崩れ、時として迫り来る小惑星も、存在している。
テイルウィンドはそんな中を、かいくぐるように飛行する。
――この間、アシュクレイでのレースがあったと言え……あれよりも厳しい気がするな――
途端、一つの大型小惑星が、テイルウィンドに迫って来た。
とっさにフウマはそれを避け、その小惑星はべつの小惑星へと衝突し、砕けた。
――ふぅ、危うくサンドイッチにでも、なる所だったよ――
フウマは安堵の息をつく。
……しかし。
後ろの機体は、更に迫っていた。
――向こうも、やるじゃないか。……まさか、あんな感じで飛ぶなんてさ――
二対のブースターを可動肢として動かし、ブースターの出力のみならずに稼働による反作用で姿勢制御を行うことで、生物的かつ高い機動性を行い、宇宙空間を飛行している。
あのジンジャーブレッドの機動性には幾らか負けるかもしれないが、それに次ぐ、高い性能を持っていた。
小惑星の中、次第に縮まる二機の距離。
後方の機体は高い高機動による、無駄のない動作によって加速を失わず、かつ飛行距離を短く抑えていた。
どうしても、周囲の小惑星を避けながらの飛行は、旋回、回避、迂回の連続になる。真っすぐ飛ぶことは不可能であり、軌道はどうしても曲線的になる。
よって、下手な旋回によっては加速が殺されもすれば、航行距離が延びることもある。フウマもその辺りは上手くやっている。だが、やはり動きに、多少のロスが多い。
今、この状況で有利なのは、明らかに相手の方だ。
それでも、先をリードしているのはテイルウィンド。まだ負けているわけではない。
――ふっ、ただ機動力が高かろうとも――
機体はもはや、すぐ近くまで迫っている。……が、それでも進路上にこちらがいる限り、まだどうにでもなると。そう考えていた。
……だが。
先ほどまで一機と思っていた機体、それが一、二回転したかと思った。
と、次の瞬間、回転の遠心力をつけて上下に、二機へと分離した。
楕円型の本体も二分され、本体の両側に位置する翼状のブースターもあり、さながら鳥のような姿だ。
――これは、親善試合でジンジャーブレッドに対し、シロノとマリンが行った戦法と、同じだった。
いや、二人があの時とっさに取った戦法と違い、今回の動きはより完成度が高く、分離、そして両側から相手の機体を追い抜く動きが、各段に機敏で早かった。
フウマがそれに反応しようとも、同時に両側から迫り、どちらを相手取るか考えたのが不味かった。
結果、それを判断する前に、テイルウィンドの上下から同時に、一気に追い抜かれる事を許した。
ほんの、一瞬の出来事だ。
――くっ! まさかあんな機能があるなんて! ……ちゃんと確認しておくべきだったな――
確かに、先に知っておけば、もしかすると対策が立てられたかもしれなかった。その分、フウマは悔しかった。
だが、同時にあそこまで見事な動きと腕を見せた機体と、そしてそのパイロットに、素直な畏敬の念も抱く。
――けど、この僕をあっという間に追い抜くなんて、悔しいけど、さすがだよ。……一体、誰だろう?――
気になった彼は、ようやくここでその正体に興味を示した。
レーダーに示される機体の検索を行うと、今目の前を飛ぶ二機の機体はそれぞれ、『アトリ』そして『ヒバリ』、と言う名前らしい。
そして、そのパイロットは……。
丁度タイミング良く、アトリとヒバリ、両機から通信が入って来た。
相手は、フウマが以前会った事のある相手だ。
〈よう! こうして会うのは初めてだな、フウマ! どうだ、俺たち『トゥインクルスター・シスターズ』の実力は! 軽く追い抜いてやったぜ!〉
〈……ふふっ、フウマさん、久しぶりです〉
モニターに映るのは、親善試合で一度会った双子姉妹、フィナとティナの姿だった。
そう言えば、あの二人もG3レースに参加するレーサーだったと、今思い出した。
「ああ! まさかこんな形での再会とは、僕も思わなかったさ。……でも、これは少し油断しただけだよ」
〈ハッハッハッ! 負け惜しみとは情けないぜ!〉
「別に、そんな訳じゃ……」
〈お姉ちゃん、あまり言いすぎないでね。……でも、私たちだってプロなんです。今回は油断した、フウマさんの負けです〉
「――うっ」
フィナの言葉に、フウマはグサッと来た。
しかし……それでも。
「……けど、まだ勝負はこれからさ! まだ負けたわけじゃないよ!」
〈さすが、フウマさんですね。でも……ここでは私たちの方が有利です。少なくとも、惑星ルビー周囲では、勝てるなんて思わないでくださいね〉
〈ひゅーう! 言うねぇフィナ! ――と、言うことだフウマ、俺たちは急がせてもらうぜ。んじゃ、お先に!〉
「あっ! 待ってよ!」
〈待てって言われて待つ奴はいないぜ! じゃあな!〉
そして、フィナとティナの乗る黄金の二機は、先へと行った。
小惑星の向こうに消えて行く機体の輝きを、眺めるフウマ。……だが当然、眺めてばかりはいられない。
――こうしてはいられない、か。……まだまだ、先にはジンジャーブレッドだっているし、急がないといけないかもね――
……あの二人だって、先を行ったことだし、それなら……と、フウマはさらに、先を急ぐ。




