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テイルウィンド  作者: 双子烏丸
第一章 追い風と白き月
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大興奮の宇宙レース


一筋、二筋……また一筋と、漆黒の闇に輝く星々を背景に、眩いばかりの光の軌跡が宇宙を切り裂く。

〈ご覧下さい! 勇敢なるレーサー達がさながら光の矢の如く、次々と宇宙を駆ける様を! 第二十二回アシュクレイ杯、今回の宇宙レースも、まさに興奮の絶頂であります!〉

 宇宙空間に存在する、白銀の城を思わせるかのような巨大宇宙ステーション。その遥か真下には、灰色で荒れ果てた、孤立した星が一つ存在した。

 星は元々、何処かの恒星系に属する普通の惑星であったらしい。だが恒星の超新星爆発に巻き込まれ、その恒星と他の星は消滅し、この星だけが残ったのだ。星の半分が無残に砕け散っているのが、その名残だろう。

 今では星は、公転も自転もしておらず、かつて存在した大気も消え、重力も万有引力のみであるため、通常の惑星と較べてかなり弱い。そして周囲には、かつて恒星系を構成した星星の欠片と思われる無数の小惑星が存在し、それによる大きな小惑星帯が星全体を包み込んでいた。

 ステーション内では大勢の観客が、大画面のモニターでレースを観戦している。

 その映像は、コース上に浮遊する無人機のカメラによって撮影されたものだ。

 観客全体は興奮した雰囲気で、レースの様子を眺めていた。

〈レースはまだまだ始まったばかり。さて皆さん、モニターに注目願います〉

 辺りに響く実況者の言葉とともに、モニターの画面がコース全体の図へと切り替わった。

 表示された立体画面には、黄色い楕円の輪と、その内側にアシュクレイ星と宇宙ステーションを現す立体図が表れている。

〈選手達の機体は本ステーションから出発し、アシュクレイ星の上空に降下した後に半周、再びステーションに戻ってくるのが、コースの全貌であります。

 そして――星の上空に入ってからが、本レースの本番! コース全体の内、三分の一以上がこの星を半周するコースとなっており、そこがレースの行方が大きく左右する事となるでしょう。星には大気は無く、重力も非常に弱い。よって空には、星を包み込んでいる小惑星帯がそのまま浮かんでいるのです。この厄介な障害物をどう対応するか、まさに各選手の腕前が問われるわけです。 ――続いては、選手の紹介に移りましょう〉

 更にモニターは切り替わり、選手の顔と名前に情報、そしてその機体が映る。

〈まずはアルナダ星系出身のロッシュ・リー選手と、その機体エクサレイン。次は惑星ラインディールのレイド・フィスが駆るレイドアロー。そして……〉

 実況者は次々と、レース選手と機体の紹介を行っていく。

 やがて約五十人の選手と機体の紹介を殆んど終えると、思わせぶりに一息ついて、叫んだ。

〈では本レース注目、三名の選手の紹介となります! まずはリッキー・マーティス選手! 惑星ローヴィスのリッキー・マーティスです!〉

 その掛け声とともに、モニターには筋骨隆々な褐色の大男と、巨大な砲弾の後ろに六束の円筒をまとめて取り付けられた、いかつい形の機体が映る。

〈彼が改造に改造を重ねた機体であるシュトラーダは、その見た目通り後部の六連ブースターによって、他の機体とは比べ物にならない高出力の加速が大きな特徴です。しかし同時に、出力の高さの為に多少、小回りが利かない上、パイロットの身体にかかる負担が大きい、暴れ馬のような機体であります。熟練なパイロットであり、かつ強靭な肉体の持ち主である、リッキー選手でなければ扱えない代物でしょう〉

 次に映った人物は、白いスペースジャケットを着込み、長い銀髪を後ろに纏める、凛とした青年だった。円弧状の形体である機体も輝かんばかりの白銀であり、さながら夜空に浮かぶ三日月の様である。

〈続いては、数多くのレースで優勝を収め『白の貴公子』の異名を持つ、アリュノ星系のレーサー、シロノ・ルーナ選手! 愛機ホワイトムーンはその美しさは勿論の事、様々な能力において高い性能を誇り、本レースでもその異名に恥じぬ活躍を見せることでしょう! そして、最後は……〉

 実況者は、最後の選手を紹介する。

〈……フウマ・オイカゼ選手と、テイルウィンド!〉

 モニターに、快活な感じの小柄な少年と、その機体が映る。

 年齢は十八才と、レースの選手として一番若い。そして小柄な体格と快活な雰囲気、そしてやや童顔な顔立ちのせいで、更に四才ほど若く見えた。着ているジャケット、ズボンも僅かにサイズが大きく、少しだぶついている。

 彼の機体であるテイルウィンドは、剣の刃を横にしたかのような姿であり、本体後部のメインブースター以外に、航空機の翼を思わせるかのような直角三角形のブースターが、船体の左右に一対存在した。

〈惑星エアケルトゥング出身の彼はレーサーとしてはまだ若く、経験も浅いですが、既に多くの優秀な成績を残し、幾つかのレースでは優勝経験もあるその腕前は、確かなものです。

 さぁ! 役者は出揃いました! 果たしてこのレースで勝利を手にするのは誰か? この目で確かめようではありませんか!〉

 会場は、大いに盛り上がった。



 選手達の機体は、暗黒の宇宙空間を飛翔する。

 彼らを遠くに引き離し、先頭にいるのはリッキー・マーティスのシュトラーダ。六つの噴射口から高密度のエネルギーを噴射し、淡い乳白色の軌跡を残す。

「ふん! 大した事は無い! 今度のレースも頂きだな」

 狭いコックピットに自らの巨体を押し込んだリッキーは、複数あるディスプレイの一つに映る、彼が引き離した機体を確認した。

 そしてディスプレイの内、正面の中央にある、一番大きなディスプレイに目を移す。

 そこに映るアシュクレイ星は、次第に近づいて来ている。

 ――とは言え、初っ端から加速し過ぎたか。船のエネルギー量はレース規定により一定に決められている、下手にエネルギーを使えば、ゴールまで持たないかもな。

 しかし、あの星の地形はシュトラーダには厳しいだろう、今の内に差は広げるに限るぜ――

 リッキーは考えた末、今の加速を維持し、選手達との差を更に広げる。

 

 

 一方、今現在の順位でやや上位にいたのは、『白の貴公子』ことシロノ・ルーナ。

 シロノは透き通った立方体の内部に表示される、三次元レーダーを見た。透明な立方体の中には、辺りの機体が青い光点として表れる。ホワイトムーンの後に続く機体と、先を行く複数の機体、どちらの側もまだ、互いに固まって飛んでいる。恐らく、他がどう動くか様子見をしているのだろう。

 レーダーの範囲を長距離に切り替えると、遥か先を先頭で飛ぶ青い光点が、レーダーで確認出来る。

 その識別信号、そして手元の小型モニターに表示される現在の順位表を調べると、トップの正体がリッキーのシュトラーダであると分かった。

 それを確認しながら、余裕の表情でシロノは、長い前髪を指でいじくる。

 ――シュトラーダは随分と先を行っているようです。まぁ、先の事を考えてあらかじめ差を確保する、それも立派な戦法ですから。でもどの道、優勝するのは――

 そう思っていた時、剣の様な機体が現れ、ホワイトムーンの横に並んで並列飛行を始めた。

 そして、機体に搭載されたコンピュータから連絡が届く。

〈テイルウィンドのフウマ選手から通信が入りました。通信を許可しますか?〉

 この宇宙レースにおいて選手同士の通信は、互いの同意の下に認められていた。

 レース中に通信を認める事は、それが選手のレースに対する集中の妨げになるとして、禁止される事も珍しくない。

 だが逆に、それが時として互いの競争心を高め、モチベーションの向上に繋がるとする考えもあり、認められているレースも数多い。

 そしてコンピュータの確認に対して、シロノは了承する。

「ええ、許可します」

〈分かりました。では、通信を繋ぎます〉

 それと同時に、いきなり右端の通信用ディスプレイに、小柄で黒髪の少年が現われた。

〈シロノ、聞こえているだろ! 今度こそお前に勝ってやるから覚悟しろ!〉

 通信をシロノに送りつけた少年は、自身では相手に上手く挑戦を叩きつけているつもりなのだろうが、傍から見るとまるで子犬がキャンキャンと吠えているように見える。

 周囲には別の機体も多く飛んでいるが、非常に指向性の強い通信を用いているので、他の選手に盗み聞きされる心配は無い。

「……またフウマ君ですか。君も、いい加減懲りませんね」

 この事は毎度のごとく慣れているのか、シロノは軽く肩をすくめ、やれやれと言ったように首を振る。

〈お前が僕の前に現れてからと言うもの…………いつもいつもお前は、僕よりも先を行く!

そのおかげで優勝を逃したことだって、数多いんだ! だから今回こそお前に勝って、優勝も手にしてやるのさ!〉

 フウマは確かに若いながらも、レーサーとしての腕は一流だった。だが、シロノは常にその上を行っていた。

 これまでに多くの回数、二人がレースで競って来たが、フウマがシロノに勝利した事は、一度として無かった。内殆んどは、フウマが二位、三位で惜しくも優勝を逃しているのに対し、シロノは常に一位、優勝を手にして来た。

 フウマにとっては、正に因縁のライバルと言うべき存在だった。

「そう言って私に敗れたのは、これで何度目ですか?」

〈たったの十九回だけさ、それだけで諦めるかよ〉

 ディスプレイ上のフウマは、白い八重歯を見せてにっと笑った。

 それを見て、シロノはさも面白そうに、軽く笑みを浮かべる。

「威勢がいいのも変わりませんね。いいでしょう、せいぜい二十回目の敗北とならないように、全力を尽くすことですね」

〈心配してくれなくても、そんなの分かってるさ! じゃあ僕は失礼するよ、先にゴールで待ってるぜ〉

 そう言い残してフウマからの通信は切れ、さっきまで横を飛んでいたテイルウィンドも、翼状のブースターを噴かしてシロノの先を越した。

 シロノは、ふぅと溜息をつく。

「まだレースが始まったばかりだと言うのに、彼はせっかちですね。まぁ、お手並み拝見と行きましょう」

 そして再び前髪をいじりながら、一人呟いた。



 レース最年少の選手、フウマ・オイカゼは、シロノのホワイトムーンを追い越して得意げだった。

 まだレースの初めである事は彼自身分かっていたが、自らの戦意を高揚させるためには、それが役に立つ。

 ――このまま順調にリードして優勝してやる。僕ならそんな事くらい、楽勝さ――

 フウマは自分にそう言い聞かせた。

 テイルウィンドのすぐ前方の正面に、円錐型の機体が一機飛行しているのが見える。

 ――次は、この機体だ――

 彼は前を行く機体を追い越そうと、テイルウィンドの左右ブースターと、各部の小型スラスターを出力、及び調整を行い方向転換、右から抜こうとした。

 だが前方の機体も同じ方向に移り、進路を阻む。

 今度は左へ、さらに上へ下へと移動するが、同じように阻んだ。

「ちっ!」

 フウマは小さく舌打ちした。

「あくまで先を通さないつもりか。……それなら」

 そして彼は、テイルウィンドのエネルギーを抑え、加速度を下げた。

 


 前方の機体のパイロットは、後ろに小さくなって遠ざかるテイルウィンドを見て、フウマが諦めたのかと思った。

 そう思って、気を抜きかけた時だった。

 テイルウィンドは縮小するのを止め、いきなり加速度的に大きくなる。

 再び、こちらに向って来ている証拠だった。それも、とても速いスピードで。

 また機体を避けようともする様子も無く、真っ直ぐに接近している。

 このままだと衝突する、パイロットは急いで回避運動を取ろうとした。

 しかし、もうすぐそこまでテイルウィンドは迫っている。

 もう間に合わないと感じた時、画面から突然、テイルウィンドの姿が消えた。

 そうパイロットが思った次の瞬間には、機体の下をくぐり抜けるようにして、前方に再びその姿を現した。

 



「どうだ! 驚いたか!」

 後ろのパイロットの驚いた様子を想像しながら、フウマは笑みを見せた。

 彼は相手の機体との差を自ら広げた後に、テイルウィンドに再加速をかけた。一気にその差を縮め、あわや衝突するかしないかの至近距離で、機体上部のスラスターを噴かし、下へと下降。さながら野球のフォークボールのごとく、相手の真下を抜けて先を越した。

 周囲の宇宙空間の風景には、小惑星が疎らに混じりはじめた。

 どうやらアシュクレイ星の、すぐ傍にまで来ているようだ。

 ここからが正念場だ、フウマは改めて気を引き締める。


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