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御用改メ(脚本形式)  作者: 妙法幢
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経立

【登場人物】

 土方歳三(34) 亡霊。警察に捜査協力している。

 宮下総司(24) 新米刑事。神主の資格を持つ。

 石井景子(29) 刑事。アイヌエカシの血を引く。


 小滝圭佑(41) 捜査課の刑事。


 山野内正明(53) 本部長。石井の元直属上司。

 茂木進(56) 検視官。蝦夷医科大学の名誉教授。


 竜造寺昌也(27)

 鍋島真理(30)

 木下賢三(25)


 消防隊員A

 消防隊員B

 解剖補助員

 制服警官


 化け猫 人型で七本の尾を持つ

1.函館市街(早朝)

     閑静な住宅地。


2.竜造寺宅・外観(早朝)

     庭付きの戸建。郵便受けには、竜造寺と鍋島の名字を併記している。


3.竜造寺宅トイレ前(早朝)

 SE)トイレを流す音

     生気のない竜造寺昌也(27)がトイレから出てくる。


4.竜造寺宅のリビングルーム(早朝)

     ソファで三毛猫のコマがくつろいでいる。

     竜造寺がやってくる。

     カウンターキッチンから鍋島真理(30)が竜造寺を見る。

 鍋島「具合悪いの?」

 竜造寺「うん。また例の胃腸炎かな」

     竜造寺、コマを抱き上げる。

 鍋島「お医者さん行ってきたら?」

 竜造寺「薬、まだあるから。行っても、どうせ原因不明だし」

 鍋島「なんか、どんどんひどくなってない?(ちらりと自分の手元を見る)」

     キッチンの上にある、マドラー状の木の枝。

     鍋島は、さりげなく木の枝をごみ箱の奥に入れると、そのままゴミ袋の口を結ぶ。

     竜造寺はソファに寝転がり、腹の上にコマを座らせる。

 竜造寺「コマは、すごいねぇ。俺が小さい時から全然変わんないもんなぁ」

     ゴミ袋を持った鍋島が、ドアに向かう。

 鍋島「ゴミいっぱいだから、外に出してくるね」

 竜造寺「真理、俺が死んでも、すぐに彼氏作んなよ」

 鍋島「縁起でもないこと言わないの」

 竜造寺「(鍋島を睨みつけ)マジで言ってんだよ」

 鍋島「(溜息)じゃあ、七年。あたしたちが付き合って七年だから。どう? いいでしょ?」

 竜造寺「(苦笑し)リアルだな」

 鍋島「マーくんが、しょうもないこと言うからでしょ(ドアの外へ出ていく)」

 竜造寺「(閉まるドアを見つめ)……」

     竜造寺がテーブルの上にあるリモコンへ手を伸ばす。

 竜造寺「んっ!!」

     突然、竜造寺が胸を押さえて苦しみ出す。

     避難するコマ。少し離れて竜造寺をじっと見つめる。

     竜造寺はソファに仰向けで息絶える。

     竜造寺に歩み寄り、胸に飛び乗るコマ。口元に顔を近付け、竜造寺の鼻と口から洩れる霊体を吸い込むと、悲しげに一鳴きする。


5.竜造寺宅のリビングルーム(朝)

     消防隊員A・Bが竜造寺の死亡を確かめ、小滝圭佑(41)は鍋島に事情聴取をしている。

 小滝「じゃあ、ご主人は、ここ数年、不整脈やら、胃腸炎やらで通院されてたわけですね?」

 鍋島「はい。特に今朝は具合が悪い感じで……」

 救急隊員A「車から担架持ってきます」

 小滝「おう、ご苦労さん」

     消防隊員A・B、リビングルームを後にする。

 小滝「(遺体に背を向け、鍋島に肩を寄せて)こういう時はね。かかりつけの病院とか、主治医に連絡すればいいんです。消防に通報すると、我々も来なきゃなんないし、物々しくなるでしょ?」

 鍋島「すみません。どうしていいか、わからなかったもので……」

 小滝「ご遺体、少しお預かりしますよ」

 鍋島「え?」

 小滝「何か?」

 鍋島「解剖とか、するんですか?」

 小滝「しません、しません。検案です。検視じゃなくて。事件性ないんで。死亡の確認して、証明書を発行するだけです」

 鍋島「あぁ、そうですよね」

 小滝「ご遺体は傷付けませんから」

     大きな影が小滝と鍋島の背後を静かに通り過ぎる。

 小滝「(振り返り)?!」

     大窓が開け放たれ、竜造寺の遺体が姿を消している。

 小滝「今の……消防隊員でした?」


7.北海道警察函館中央本部・外観(昼)

     五稜郭公園傍の函館中央本部ビル。


8.環境管理課(昼)

     小窓しかない地下の小部屋。向かい合わせた三つのデスクに、宮下総司(24)、石井景子(29)、土方歳三(35)が座っている。

 土方「おけいは、それが立花だ、ってんだな?」

 石井「(調書のコピーを眺めながら)かも知れないってだけ。身なりと背格好が似てるらしいから」

 宮下「地元警察の調べを待ちましょう。横転したトラックのドライブレコーダも解析するでしょうし」

 土方「何がしてぇんだ、あいつは?」

 SE)ドアノックの音

 石井「鍵掛けてない」

 宮下「どうぞ」

     ドアを開けて、小滝が入室してくる。

 小滝「よう、仲良くやってるな」

 宮下「小滝さん」

 石井「刑事課が、なんの用?」

 小滝「(土方の席に目をやり)……」

 土方「?」

 宮下「僕をからかいに来たんですか?」

 小滝「座るぞ?」

     小滝は土方の席に向かう。

 宮下「え?」

 石井「……これだ」

     小滝が土方の席に腰を掛ける。(土方の姿は既にない)

 小滝「実は頼みがあってな」

 石井「またなんかの尻拭い?」

 小滝「捜査協力の依頼だ。山野内さんにも許可は得てる」

 石井「はいはい、手伝いますよ。失踪者捜し。難しいもんね。生きてようが、死んでようが」

 小滝「知ってたのか?」

 宮下「今さっき、山野内本部長から内線があったんです」

 石井「但し、条件付き。遺体を捜すだけ。あと、やり方には一切口出ししない。いい? こっちも忙しいんだから」

 小滝「お前らがヒマだなんて、誰も言ってないだろが」

 石井「どうせ、山野内さんに言われたから頭下げに来たんでしょ?」

 小滝「なんで、そう、いつもいつも突っかかってくるんだ?」

 石井「見えるもんが見えてないから」

 宮下「おけいさん! 受けたからには、お互い気持ち良くやりましょうよ」

 小滝「宮下、お前は大人だな。頼んだぞ」

     席を立つ小滝。ドアに向かう。

 石井「あんたの席じゃないっての」

 小滝「まったく! (石井をひと睨みし)意味がわからん」

     小滝、部屋を出ていく。


9.竜造寺宅の玄関先(昼)

     石井と宮下がやってくる。

     庭に気を取られる宮下。

     石井はインターホンを押す。

 石井「何?」

 宮下「いえ、猫がずっとこっち見てるから」

     コマが庭から宮下と石井を見つめている。

 石井「(コマを一瞥し)おなかでもすいてんじゃないの?」

     玄関扉が開き、木下賢三(25)が胸元とボタンを留めながら顔を出す。

 石井「(警察手帳を披露し)函館中央本部の石井と宮下です」

     石井のもとへやってくる宮下。木下に会釈する。

 木下「(仏頂面で)あぁ、どうぞ」

     木下に通され、石井と宮下が家に入る。


10.竜造寺宅のリビングルーム(昼)

     木下、石井、宮下がやってくる。窓が開け放たれた部屋で、いそいそとパンツをはく鍋島。慌ててベルトを締める。

 木下「真理ちゃん、警察の人」

 鍋島「あ、あぁ。はい」

 石井「あなたが鍋島さん? なんか取り込み中でした?」

 木下「それより、遺体は見つかったんですかね?」

 石井「誰、この人?」

 鍋島「勤め先の同僚で木下さんです。木下賢三さん。私のことを心配して見に来てくれたんです」

 木下「早く探せよ、遺体!」

 鍋島「ケンちゃん!」

 石井「夫婦別姓なんですね」

 木下「そんなの関係ねぇだろ? さっさと仕事しろよ。お前らの不手際じゃねぇか!」

 鍋島「もう、いいから! 説明しなきゃ、刑事さんだって状況がわかんないでしょ? みんな混乱してんの!」

     木下は、しょんぼりとカウンターキッチンの席に腰を下ろす。

 鍋島「仕事の都合で私が旧姓を名乗ってるんです。戸籍上は私も竜造寺です」

 石井「ご主人の遺体は、このソファの上にあったんですね?」

     コマが大窓から部屋に上がり、宮下を見つめる。

 宮下「(コマに気付き)!」

     コマが宮下を誘うように大窓の外へ出ていく。

     コマの後を追い、大窓へ向かう宮下。外を眺める。

     見事にガーデニングされたウッドデッキ。その一角にコマが座っている。

 宮下「(ウッドデッキを眺め)すごいな。綺麗にしてる」

 鍋島「(宮下に気付き)趣味なんです、ガーデニング。学生時代に植物生理学を勉強してたんで」

     コマの傍らにある夾竹桃の鉢。枝が不自然に切り取られている。

 宮下「(振り返り)あの鉢だけ、大胆に剪定されてますけど?」

 鍋島「夾竹桃っていいます。その子、病気になっちゃったんですよ」

 石井「宮下、邪魔」

     宮下は慌てて窓の外へ向き直る。

 宮下「?(夾竹桃のほうを見る)」

     コマが姿を消している。

 宮下「(振り返り)あの三毛猫は?」

 鍋島「主人のです。飼い始めてから、もう十三年になるとか言って。よく自慢してました」

 宮下「へぇ、随分と長生き……(石井に気付く)」

     石井が宮下を睨みつけている。

 石井「仕事をしなさい」


11.覆面パトカー内(夕)

     石井が運転し、宮下は助手席。

 宮下「結局、遺体消失については何もわかりませんでしたね」

 石井「あの木下って奴、怪しくない? 変にピリピリしてたし」

 宮下「僕は、鍋島さんの落ち着き具合のほうにびっくりしましたよ。この状況で、あんなに冷静なんですから」

 石井「あの二人、できてんな」

 宮下「まさか! いくらなんでも旦那さん亡くした直後ですよ?」

 石井「あれは昨日、今日の仲じゃない」

 宮下「なんでわかるんです?」

 石井「あんたの目、節穴?」

 宮下「どうせ……(窓にもたれかかる)」

     覆面パトカーが通り過ぎる空き家の中にコマの姿がある。

 宮下「あれ?」

 石井「何?」

 宮下「いいですか? ちょっと車停めて下さい」

 石井「だから、何?(覆面パトカーをゆっくりと道路脇に寄せる)」


12.空き家前(夕)

     窓、壁、屋根が所々に破損し、倒壊寸前の平屋建て。庭木も荒れ放題。

     覆面パトカーが道路脇に停まり、中から宮下と石井が降りてくる。

 石井「空き家なんて珍しくないでしょ? 今日日、そこらじゅうにあんだから」

 宮下「あの猫がいたんですよ」

 石井「猫がいたって飼い主が……(はっとする)」

 宮下「そう。いるかも知れません」

     宮下と石井は空き家の中へと向かう。


13.空き家の玄関(夕)

     玄関扉は壊れ、壁から外れかかっている。

     玄関扉と壁の隙間から慎重に屋内へ入ってくる宮下と石井。

     石井が不意に腰の特殊警棒を抜く。

 宮下「(小声で)いります?」

 石井「念のため」


14.空き家の居間(夕)

     薄暗い室内。埃まみれだが、暖房器具や家具の一部がまだ残されている。

     宮下が警戒しながら入室してくる。

     後続で入室する石井。宮下の肩を叩き、『自分は隣室へ行く』というハンドシグナルを出す。

     宮下が頷くと、石井は隣室へ入っていく。

     宮下は部屋の中央に立ち、周囲をゆっくりと見回す。

 宮下「(ぼそっと)勘が外れたかな……」

     宮下の目の前に埃が落ちてくる。

 宮下「?(頭上を見る)」

     突如、天井が抜け、竜造寺の遺体が宮下の上に落ちてくる。

 石井「(隣室から顔を出し)宮下?!」

 宮下「痛ぁ……」

     倒れた宮下が、自分の上に覆いかぶさる遺体とご対面する。

     目蓋、鼻、唇が食い千切られた竜造寺の顔。

 宮下「うわっ!!(遺体を跳ね除け、飛び起きる)」

 石井「(宮下に歩み寄りながら)やるぅ! お宝発見」

 宮下「(遺体を見つめ)竜造寺さんですかね?」

 石井「(遺体を眺め)だろうね」

     石井と宮下の前に埃が落ちてくる。

     抜け落ちた天井を見上げる石井と宮下。

     天井裏から大きな影が立ち去り、七本の三毛の尻尾が垣間見える。

 宮下・石井「(顔を見合わせ)……」

     石井と宮下は玄関に向かって猛然と走り出す。


15.空き家の玄関先(夕)

     外に飛び出して来る石井と宮下。慌てて周辺を見渡すが、特に何もいない。

 石井「見た?」

 宮下「はい、見えました」


16.本部長室(夜)

     山野内正明(53)は自分の席に掛け、そのデスクを挟んで石井が立っている。

 山野内「小滝は今、木下賢三に聴取してる」

 石井「ホシは、あいつじゃない。この件は小滝じゃ無理」

 山野内「お前が遺体捜しを手伝うだけだって言ったらしいじゃないか、おけい? だから、小滝も意固地になってる。自分たちで解決するそうだ。お前に礼も言ってた」

 石井「あいつ……!」

 山野内「ろくに事情も知らないで啖呵を切るからだ。あの空き家は遺体紛失直後に小滝も自分の足で調べてる。当時は偶々何も出てこなかっただけと言われれば、それまでだ」

 石井「あいつは見えるものしか信じないから……」

 山野内「そう言うお前も同じだ。小滝は怖いもの知らずなんだよ。だからこそ第一線でも結果を残せてる。少しは相手を理解することに努めろ」

 石井「(俯いて)……」

 山野内「刑事課の連中が、お前たちを下に見てるのは知ってる。俺も若い時には苦い思いをした。特に小滝はベテランで、検挙率も一番だからな」

 石井「山野内さんも刑事課で解決できると思ってないでしょ?」

 山野内「(顔をしかめ)……お前たちは、お前たちで捜査を進めとけ」

 石井「ほら」

 山野内「水面下で、だ。大っぴらにやるなよ。またぶつかる元になる」


17.函館中央本部の踊り場(夜)

     自動販売機で小滝が宮下に飲み物を買っている。

 小滝「ほらよ(缶コーヒーを手渡す)」

 宮下「ご馳走様です」

 小滝「木下賢三にはアリバイがあった。朝一番で客先に直行しててな。商談相手も証言してるから間違いない」

 宮下「じゃあ、木下さんは?(缶コーヒーを開ける)」

 小滝「帰ったよ、さっき。ブチ切れてた」

 宮下「(缶コーヒー一口を飲み)……でしょうね」

 小滝「遺体、検視に出してくれたんだってな」

 宮下「ええ、石井さんが」

 小滝「助かったよ。ばたばたしてたから」

 宮下「あ、あぁ、そうですか。良かった。でも、石井さんも思うトコがあったみたいで……」

     石井がやってくる。

 石井「何サボってんの? 行くよ」

 宮下「どこにです?」

 石井「いいから。早く」

 小滝「石井……」

 石井「何?」

 小滝「お前に礼が言いたくて……」

 石井「(小滝の言葉を遮り)あとでね。忙しいから。猫の手も借りたいぐらい」


18.蝦夷医科大学・外観(夜)

     歴史を思わせる重厚な門構え。キャンパスには大学病院も併設されている。


19.遺体安置室(夜)

     作業を終えた茂木進(56)が、シンクで手を丁寧に洗っている。

     突然、扉が開き、解剖補助員が竜造寺の遺体を載せたストレッチャーを押しながら入ってくる。

 茂木「(振り向き)おいおい、どこの仏さんだ? もう店じまいだ」

 補助員「(ストレッチャーを押しながら)函館警察の石井さんです」

 茂木「聞いてないぞ」

     補助員はストレッチャーを解剖台の横まで運び込む。

 補助員「おかしいな…… 電話じゃ、詳しく説明しなくても茂木教授が知ってるからって言ってましたよ」

     手を拭き拭き、遺体の傍らへやってくる茂木。

 茂木「また例の超特急か……」


20.住宅地(夜)

     表通り。ペンライト片手の宮下が、物陰や路地裏をのぞき込みながら歩いている。

 宮下「(ぶつぶつと)確かに半径二百メートルで、猫の行動範囲内ではあるけど……」

     巡回パトロール中の制服警官が曲がり角から現れ、宮下に目を留める。

 宮下「(溜息)あの空き家からガイシャの家までのルートで猫が隠れそうなトコって言われてもなぁ……」

 制服警官「(宮下に近寄り)おい、君! 何してる?」

 宮下「(警察手帳を見せ)中央本部の宮下です」

 制服警官「あっ、(敬礼し)お疲れ様です」

 宮下「この辺で三毛猫見ませんでした?」


21.竜造寺宅のリビングルーム(夜)

     カウンターキッチンの席に腰を掛けた鍋島と、その傍らで立ったままの木下が話をしている。

 木下「俺の疑いは晴れたから大丈夫。誰も俺たちが付き合ってることは知らないし」

 鍋島「あたしは、どうすんのよ? 警察が詳しく調べることになったって、あれ。解剖とかして」

 木下「見たの、死体?」

 鍋島「見たよ!! 身元確認に立ち会えって、警察が言うんだもん! あぁ、気持ちワル」

 木下「何年も時間かけたんだし、あいつが病院に行った時もバレなかったんだろ? 毒入れてたの」

 鍋島「(頭を抱えて)絶対ヤバいって……」

 木下「真理ちゃん……」

 鍋島「もう?! 誰が、あんなトコに死体持ってったのよ! あいつが死ぬまではパーフェクトだったのに!」

 木下「……俺、今日は帰るわ」

 鍋島「嘘?! ダメ、絶対! 怖いもん。そのソファで死んだんだよ?」

 木下「どっかで警察が見てっかもしんないからさ」

 鍋島「嘘ぉ……」

 木下「悪い。じゃあな」

    木下は部屋を出ていく。

 鍋島「(恨めしそうに見つめ)……」


22.住宅地②(夜)

     薄暗い裏通りを、俯いた木下が足早に歩いている。

     木下前方の物陰に立つ人影。

 木下「(人影に気付き)?」

     木下は立ち止まり、目を凝らす。

     人影が物陰から姿を現し、竜造寺に擬態した化け猫だとわかる。

 木下「?!」

     咄嗟に走って逃げ出す木下。

     化け猫は本性を現しながら突進し、後方から木下を組み倒す。

     木下が必死で抵抗する。

 化け猫「(牙を剥き)シャーっ?」

 化け猫の鋭い爪が木下の咽喉元を引き裂く。


23.竜造寺宅の玄関(夜)

 SE)玄関扉を強く叩く物音

     いそいそと鍋島がやってくる。

 鍋島「何? ケンちゃん? やっぱり戻ってきてくれたの?」

     玄関扉を開ける鍋島。

     壁にもたれて座った姿勢の木下の遺体(頭が首の皮一枚だけでつながった状態)が、玄関扉が開くや倒れ込んでくる。

 鍋島「?!(腰を抜かす)」

     開いた扉の隙間から化け猫が入り込み、じっくり鍋島の顔をのぞき込む。

 鍋島「あ、あ……!」


24.竜造寺宅前(夜)

     物陰に気を配りながら宮下がやってきて立ち止まる。

 宮下「結局、ここまで来ちゃったか……(ふと、玄関に目を向ける)」

     開いた玄関ドアの隙間から、木下の下半身が覗いている。

 宮下「!!」

     宮下は玄関に向かって走り出す。


25.竜造寺宅の玄関(夜)

     宮下が警戒しながら入ってくる。

     木下の遺体が玄関口に転がっている。

 宮下「(声にならない声で)マジか?!」

     宮下は腰から拳銃を抜くと、恐る恐る家の中へ進んでいく。


26.竜造寺宅のリビングルーム(夜)

     宮下は部屋に踏み込むや否や、前方に銃を構える。

     開いた大窓から出ていく直前の化け猫。鍋島を咥えている。

 宮下「動くな!」

     化け猫は宮下を僅かに振り返るものの、すぐに外へ飛び出していく。

 宮下「(肩を落とし)……だろうね」


26.書庫(夜)

     古書の詰まった本棚で四方を囲んだ小部屋。古いデスクトップが載った中央の机で石井が古書を読み漁り、その傍に腕組みした土方が立っている。

     石井が開いた古書のページには、化け猫の挿絵がある。

 土方「化け猫か?」

 石井「俗にいうフッタチだと思う。歳をとった動物に、妖魔とか、人の怨念が乗り移ったやつ」

 土方「化け猫じゃねぇか」

 石井「まぁ、確かに。この際、理屈はどうでもいい」

 SE)携帯電話の着信音

 石井「(手早く電話を取り)はい?」

 茂木(声)「ジンギスカン、おごりな」

 石井「あぁ、茂木さん」

     ×    ×    ×

     遺体安置室で検視調書を片手に電話する茂木。竜造寺の遺体を目の前にしている。

 茂木「仏さんの顔の傷は、ごく普通のネコ科の動物が噛み千切った跡だ。ペットが死んだ飼い主の顔を食べた事例って聞いたことあるかな?」

 石井(声)「続けて」

 茂木「(遺体の各部をのぞき込みながら)後頸部から両肩にかけて動物咬傷があって、これもネコ科の動物。でも、かなり大型だ。手足と臀部には大小の擦過傷。どれも死んだ後にできてる。体にも服にも、仏さん以外の血液は付いてなかったけど、そこらじゅう猫の毛だらけだ。中毒で死んだ後に、ピューマの檻にでも入れられたのかな?」

     ×    ×    ×

 石井「中毒? なんの話?」

     ×    ×    ×

 茂木「(得意げに)直接の死因は心臓麻痺だね? でも、オレアンドリンっていう毒物が、それを誘発してる。胃と血液から検出された。どの臓器の損傷も酷いから、少しずつ、長い時間をかけて摂取してたんだと思うよ。この毒は意外と身近な植物から採れるんだけど、知ってる人は多くないし、日常の生活じゃ口にもしないから、誰かにこっそり毒を盛られてたんじゃないか?」

     ×    ×    ×

 石井「それって、キョウチクトウとかいう……?」

     ×    ×    ×

 茂木「おっと、おけいちゃんが知ってるとは思わなかった。まさか、ガーデニングやってる?」

     ×    ×    ×

 石井「……(遠くを見つめる)」

 土方「(石井を窺い)?」

 茂木(声)「もしもし? おい、怒ったのか? もしもし? もしも……」

     石井は無造作に携帯電話を切る。

 土方「なんだ?」

 石井「(じろりと土方を見て)猫神様かも」

     石井の携帯電話に宮下から着信が入る。

 石井「(面倒臭そうに電話を取り)何?」

 宮下(声)「やっと出た……!」

     ×    ×    ×

     パトカーや救急車が停まり、数人の野次馬もいる竜造寺宅前で、宮下が電話をしている。

 宮下「木下さんが殺されました。竜造寺さんちです。鍋島さんも連れ去られて……(周囲を見回す)」

竜造寺宅の玄関先で作業をする救急隊員や鑑識官たち。庭先では小滝とその部下が話をしている。

 宮下「(現場に背を向け、小声になり)例のやつです。逃げるところを僕が見ました。今、小滝さんのチームに応援してもらってます」

    ふと、小滝が宮下に目を向ける。

     ×    ×    ×

 石井「はぁ?! なんで小滝!」

     ×    ×    ×

     救急隊員が遺体を救急車に運び込む。

 宮下「おけいさんが電話に出ないからですよ! どこにいるんです?」

     救急車が走り去っていく。

     ×    ×    ×

 石井「書庫。じゃあ、十分後に集合」

 宮下(声)「はい? どこにです?」

 石井「(溜息交じりに)あの空き家に決まってんでしょ」

     ×    ×    ×

     小滝が宮下のほうへやってくる。

 宮下「ここに来る前、見ましたけど?」

 石井(声)「関係ない。多分、あそこがあいつの巣。動機も見えてきた」

 小滝「宮下」

 宮下「え? なんです? おけいさん?」

 小滝「おい、宮下!」

 宮下「(驚いて振り返り)あっ、はい!」

 小滝「少しは手伝え」

 宮下「あ…… それが、その……」

 石井(声)「会ってから話す(電話を切る)」

 宮下「石井主任から呼び出しがあって…… 何か、その……別に進展があったみたいで」

 小滝「(腕組みをして宮下を睨み)……」


27.空き家前(夜)

     覆面パトカーが、空き家から少し離れた路上に停まっている。


28.覆面パトカー内(夜)

     石井が運転席から空き家の様子を窺っている。

 石井「(ぼそっと)うーん、今日は霊気ビンビン!」

     不意に後部ドアが開き、小滝が乗車してくる。

 石井「(ルームミラーに目をやり)? (慌てて後ろを振り向く)」

 小滝「どういうことか説明しろ」

 石井「あんたがここで何してんの? 宮下は?」

     後部ドアが開くと、ばつの悪そうな宮下が乗り込んでくる。

 宮下「すいません……」

 石井「(あきれて)……」

 小滝「あの状況で宮下をここに呼んだ理由を説明しろ」

 石井「竜造寺は毒殺で、鍋島と木下が共犯。多分、不倫してた。でも、それを知ってるやつがいて、竜造寺のために復讐してる」

 宮下「?(石井を凝視する)」

 小滝「誰だ?」

 石井「さぁ? でも、そいつがその空き家に立てこもってる。鍋島連れて」

 宮下「(慌てて)さっき、そういうタレコミがあったんです」

 小滝「聞いてないぞ。そんな話」

 宮下「え、いや、匿名で環境管理課に電話があったもんで…… ねぇ、おけいさん?」

 石井「はいはい。行くよ」

     石井は車のドアを開ける。

 小滝「確かなんだろうな?」

 石井「(振り返り)今なら助っ人は大歓迎」

     石井、車を降りる。


29.空き家前(夜)

     足早に空き家へ向かう石井。小滝と宮下も車を降りて、その後を追う。

 石井「宮下、あいつ惹きつけとくから家の周りに結界張っといて(宮下に小瓶を投げ渡す)」

 宮下「わっ……と(小瓶を受け取る)」

 小滝「ケッカイ?」

 宮下「あ、あの……要はホシを家から出すなってことです」

 小滝「(顎で小瓶を指して)なんだよ、それ?」

 宮下「え? あぁ、塩です」

 小滝「塩?」

     小滝は、先を行く石井に駆け寄る。

 小滝「おい、石井。お前……」

 石井「(立てた人差し指を唇に当てて振り返り)援護して」

     石井は銃を抜くと、玄関の隙間から空き家へ入っていく。

 小滝「(唖然として)……(宮下を見る)」

     宮下は、そそくさと庭先へと姿を消す。

 小滝「!(むっとする)」

     銃を抜く小滝。石井の後から空き家に入っていく。


30.空き家の庭先(夜)

     庭木も雑草も伸び放題で、不法投棄された家庭ゴミさえある。

     ペンライトを咥えた宮下が、家屋の角で屈んで塩を盛っている。

 宮下「(完成した盛り塩をペンライトで照らして眺め)……」

     宮下はペンライトを消すと、雑草を掻き分けながら身を隠すようにして次の角へ向かう。


31.空き家の玄関ホール(夜)

     石井は立ち止まり、周囲を警戒している。

 SE)骨をかみ砕き、肉を喰らう音

 石井「(耳を澄まし)……」

     ×    ×    ×

     居間で一心不乱に鍋島の死体をむさぼり喰う化け猫。鍋島に擬態しかけている。

     ×    ×    ×

     小滝が石井を尻目に、するすると居間に向かう。

 石井「(小滝に気付き)?」

     小滝は居間のドア脇へ寄り、ペンライトを取り出す。

 石井「(囁き声で)ちょっと!」

     石井は小滝の後を追う。

     得意げに石井を一瞥する小滝。ペンライトと銃を構えるや、一人で居間へ踏み込む。

     目標を探して室内を素早く動き回るペンライトの光が、化け猫を捉えて止まる。

     じっと小滝を睨む化け猫。瞳を縦に細めると、本来の姿に戻る。

 小滝「?!」

     化け猫が小滝に飛びかかる。

     瓦礫を踏み付けて後方へ転倒する小滝。後頭部を床に打ちつけ、気を失う。

     化け猫は小滝を押さえ付け、喰いかかろうとする。

 石井(声)「はい、そのまま、キティちゃん」

     びくっとする化け猫。慌てて声のほうを向く。

 化け猫「(威嚇して)ウーッ!」

     石井が化け猫に銃口を向けている。


32.空き家の庭先(夜)

     空き家の角で屈む宮下。塩を盛っている。

 SE)銃声

 宮下「?(顔を上げて立ち上がる)」

     ふと、宮下が傍らを見ると、壁穴から化け猫が睨んでいる。

 化け猫「(牙を剥き)シャーッ?」

     おののく宮下。

 SE)銃声

     化け猫は、瞬時に立ち去る。

 宮下「(溜息)良かった……(足元を見る)」

     宮下の足元に完成した盛り塩がある。


33.空き家の玄関ホール(夜)

     石井は上着の内ポケットから懐中時計を取り出すと、胸元で握り締める。

 石井「(目を瞑り)……」

     ×    ×    ×

     居間の片隅で暗闇に身を潜める 化け猫。二足歩行の人型へと変貌していく。

     ×    ×    ×

 土方(声)「小滝は大丈夫なのか?」

     石井が目を開けると、土方が傍らに立っている。

 石井「脳震盪でしょ。出血もしてない」

 土方「そうか……」

     土方は居間へ向かう。

     小滝の頸動脈に手を当て、脈を確認する石井。小滝の上体を起こし、背後から両脇に手を入れて引っ張るも、まったく動かない。

 石井「このデブ……!」

     宮下が、うろたえ気味に玄関へ駆け込んでくる。

 宮下「おけいさん!」

 石井「(振り返り)いいとこ来た」


34.空き家の居間(夜)

     土方が玄関ホールから入ってくる。

 土方「因果応報といきてぇところだろうが、今の人の世には裁きってもんがある」

 化け猫「(土方を睨み)……」

 土方「(刀を抜き)神妙にしろ」

     化け猫が土方に襲いかかり、戦闘開始。

     化け猫と土方は互いの爪と刀で一進一退の攻防を繰り広げると、揉み合いになる。

     片手逆袈裟斬りを狙う土方の手首を掴み取る化け猫。殴りかかる、もう片方の腕も捉え、土方の肩へ喰らいつく。


35.空き家の玄関先(夜)

     宮下が、背後から抱きかかえた小滝を半ば引きずるようにして屋外へ出てくる。

     続いて外へ出てくる石井。両脇に小滝の脚を抱えている。

 石井「(小滝の両脚を投げ下ろし)あと頼んだ」

 宮下「え? はい」

 石井「土方さん見てくる」

     石井は言うが早いか、屋内へ戻っていく。

     宮下は小滝を横たえると、自分の上着を丸めて枕にして与える。

 小滝「(意識が戻り)ん……ん」

 宮下「(なだめるように)大丈夫です。動かないで。すぐに救急呼びますから」


36.空き家の居間(夜)

     土方の肩に化け猫の牙が喰い込んでいく。

 土方「(顔をしかめ)んんっ!」

 化け猫「フギャアッ!(背を反らし、土方を咬むのをやめる)」

     悶絶する化け猫の顔半分から煙が上がる。

 土方「?(傍らへ目を向ける)」

     お神酒が滴るスキットルを手にした石井が立っている。

     土方は化け猫の腹部へ前蹴りを見舞う。

     部屋の隅へと蹴り飛ばされる化け猫。室内式家庭用軽油タンクと暖房器具に衝突して倒れ込む。

 土方「余計なお世話だ」

 石井「(あきれて)今、ヤバかったでしょ」

     顔半分が焼けただれた化け猫が起き上がり、軽油タンクを石井に向けて投げつける。

     土方が素早く覆い被さるようにして石井をかばう。

     土方の背に激突して破裂するタンク。辺りに軽油を撒き散らす。

 土方「こういうのが好きじゃねぇんだ」

 石井「ごめん」

     ひしゃげたタンクが土方の背から落ち、足元で軽油を垂れ流す。

     ゆっくりと振り返る土方。化け猫と対峙する。

     化け猫が土方に飛びかかる。

     土方も飛び上がり、空中で化け猫を袈裟斬りに仕留める。

     腹を裂かれた化け猫が、床に広がる軽油溜まりに落ちる。

     土方は着地すると、悠々と振り返る。

     コマが軽油溜まりで死んでいる。

     部屋に横たわる、喰い散らかされた鍋島の遺体。軽油でぐっしょりと濡れている。

     土方と石井の目が合う。

 土方「ここから出ろ」

 石井「(土方を見つめ)……」

     石井が部屋を出ていく。

     石井を見送る土方。刀を握る手に力を込める。

 土方「(刀を見つめ)……」

     赤く熱してくる刀身。

     土方は刀の切っ先で軽油溜まりの端に触れる。

     引火する軽油。たちまち炎が室内に立ち込める。


37.空き家前(夜)

     空き家が炎に包まれていく。

     立ち尽くす石井と宮下、塀に寄り掛かって座る小滝の三人が、燃え落ちる空き家を見つめている。

 SE)遠くで響く消防車のサイレン


38.環境管理課(昼)

     石井は古いラップトップ、宮下がタブレットPCに向かい、それぞれ捜査資料を作成している。

     土方は席に深く腰掛け、石井と宮下の様子を眺めている。

     石井の作業する手が止まる。

 石井「(ため息を吐き)……」

 土方「なんだ?」

 石井「報告書」

 土方「筋立てか」

 石井「竜造寺を毒殺した鍋島が、事件の発覚を巡って言い争い、共犯の木下も殺害。逃げ場を失った鍋島は、空き家に立てこもって焼身自殺…… 話が整い過ぎてるかな、と思って」

 土方「なるほどな」

 宮下「大丈夫ですよ。小滝さんの記憶もかなりあいまいですし。僕に救急手配断ったのも覚えてないくらいですから」

 石井「朦朧としてても見栄張んの、あいつ? おかしいんじゃない?」

 SE)ドアノックの音

 宮下「どうぞ」

     小滝がドアを開けて室内に入ってくる。

 小滝「一緒に昼飯でもどうだ?(土方に気付く)」

 土方「(小滝と目が合い)?」

 小滝「どちらさん?」

 宮下「え?!」

 石井「(不敵な笑みで)打ち所が良かったみたいね」

 宮下「(動揺しつつ)課長の土方さんです」

     席を立つ土方。小滝に歩み寄る。

 土方「お目にかかれて嬉しいよ、小滝君」

 小滝「いつから……?」

 宮下「結構、前です」

 石井「ずっと。昔から」

 土方「すまない。不在がちでね」

 石井「忙しいのよ。あっちとこっちを行き来してて」

 宮下「あちこちです。あちこち」

 土方「(小滝に手を差し伸べ)よろしく」

 小滝「初めまして……」

     土方と小滝が、がっちりと握手を交わす。


                                             【続く】


 本業に時間を取られて執筆がなかなか進まず、およそ一年ぶりの更新となりました。

 アイデアはありますので、少なくとも1クール分は書き上げるつもりでおります。

 自分の時間を確保する環境が整いつつあるので、ピッチを上げていきたいところです。

 何卒良しなに。

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