あなたが望む異世界での最強狩り
「探したぞ、究極スキル“前世還元”の使い手リセットよ」
青年リセットは、見知らぬ老人集団に街中で呼び止められた。老人が言うように、リセットには相手を前世の姿に戻すスキル“前世還元”があったが、それを究極だとは一度も思ったことはなかった。
「えっ? 俺のスキルが究極? こんなヘボいスキル、使ったところで、恨まれるだけっすよ。何分間か、姿が変わるだけなんで」
「いいや、そんなことはない」
老人の一人が力強く首を振る。
「今、この世界は強力なスキルを持った転生者で溢れておる。困ったことに、前世でクズな奴ほど強力なスキルを身に付け、俺強ぇ~、俺最強と、我が物顔で闊歩し、各所でハーレムを形成する始末。なんと由々しき事態か」
「はぁ……」
「奴らも、最初こそ強力なスキルで人助けをし、感謝される喜びを感じておったが、所詮はクズが染みついた連中。今まで縁が無かった女にチヤホヤされ、称賛を浴びれば調子に乗るのに時間はかからん。やはり、努力もなしに力を手に入れるのはダメじゃな、心が磨かれておらん。すぐに腐った性根が前面に出るようになり、今では好き放題、やりたい放題、食べ放題、飲み放題……。あぁ、何と嘆かわしい」
「大変っすね」
他人事のように言うリセットに老人がすがりつく。
「後生じゃ。そなたの“前世還元”で、奴らを元のクズに戻してくれんか。後は、このヨサクが何とかする」
「俺には戦いとか無理っすよ……」
そう言って振り払おうとしたが、老人ヨサクは噛み付いたスッポンの如く離れない。仕方ないなとリセットは覚悟を決める。
「しょうがないっすね……。それじゃ、相手の注意を引き付けておいてもらえます? 俺、後ろからこっそりスキルを使うんで」
「受けて下さるか! やったぞ、皆の衆」
了承されたことで、老人たちが舞い踊る。それをリセットは渋い顔で眺めた。
数日後、リセットは別の街にいた。
「リセットよ、あれが転生者スネップが住む御殿じゃ」
老人ヨサクの視線の先には、街の高台に建てられた煌びやかな屋敷があった。
「あの中で奴は、美女をはべらせ贅沢三昧。贅を極める為に街の者から財を奪い、ハーレムを大きくする為に美女を差し出す決まり事を作りおった。逆らえば、街の者を無作為に殺してまわるという」
「反抗しないんっすか?」
「奴には“重力制御”のスキルがあるのじゃ。近づきたくても、体を重くされれば無理じゃて。それどころか、そのまま押し潰されるのが落ち」
「大変っすね」
他人事のように言うリセットに、ヨサクがすがりつく。
「だから、お主のスキルを使って奴を無力化し、ワシのスキル“生塵転送”を使うのじゃ。このスキルを使えば、スキルなしの転生者を元の世界に還すことができる。転生前、スネップにスキルが無かったのは確認済み」
「わかったっすよ……。で、作戦は?」
「美女を差し出すのは月初めと決まっておる。その時にじゃな、美女に目がくらんでる隙を狙うのじゃ」
ということで、月初めにあたる日。
街一番の美女ザリナモは馬車に乗せられ、貢物と一緒に転生者スネップの屋敷に運ばれた。貢物が入れられた木箱の中に、リセットとヨサクを潜ませて――
「おぉ、来たか。新しい妻よ」
馬車が止まり、野太い男の声がする。リセットは隠れている木箱の覗き穴から、外の様子を窺った。
日に焼けた屈強そうな男がいる。彼は馬車から美女ザリナモを降ろすと、いやらしい手つきで彼女の体を触り始めた。彼はまだ、荷台に積んだ貢物には関心が無いように見える。
「リセット、奴じゃ。転生者スネップだ」
隣の木箱に潜んだヨサクが言う。
「“前世還元”」
木箱の覗き穴からガンを飛ばしてスキルを発動させる。屈強そうだったスネップの体は光り、鏡餅のような体型へと変化していく。
みるみるうちに、スネップは冴えないオッサンに変わった。
「なんじゃ、こりゃ~!?」
「それ、今じゃ」
驚くスネップの前に飛び出すと、ヨサクは腰をクネクネ曲げながら踊り歌った。
「生塵転送ぉ~♪ ハァ~ッ!」
ヨサクが踊りの最後でスネップを指さす。スネップは自分の影から伸びた巨大な手に掴まれ、影の中へと引きずり込まれた。
どうやら彼は、元の世界に還されてしまったらしい。
「これで一件落着。さて、次は幼女マニアの転生者ペドでも……」
そう言ってヨサクが馬車に戻ろうとすると、空が急に雲に覆われて暗くなっていった。
何処からともなく、おどろおどろしい声が聴こえてくる……。
「よくも我が配下のスネップを消してくれたな」
轟音と共に雷が落ちたかと思うと、馬車の前には黒マントの大男が立っていた。
「我が名は闇を統べる者ゴクツブシ」
「な、何ということじゃ!? 更に強そうなのが現れおった」
ゴクツブシを見たヨサクは地面にへたり込み、助けを求めるようにリセットの名を呼ぶ。
「リ、リセットぉ~……」
ゴクツブシにもスキルを使えと言いたいのかと思ったリセットは、木箱の覗き穴からガンを飛ばしてスキルを発動させる。
「“前世還元”」
大男だったゴクツブシの体は更に大きくなり、頭からは角が生え、背中には黒い翼が現れ、人外へと変化していく。
みるみるうちに、ゴクツブシは魔物へと変わってしまった。
「ハーッハッハッハ! 我を前世の姿に戻すとは愚かな。この魔王アンゴルモアの体なら、世界征服も叶わぬ願いではないぞ」
魔物の姿になったゴクツブシは、手のひらの上に黒い球体を作り出し、それを遠くの山に向かって投げつけた。
球体が山に球体がぶつかると同時に、大きな爆発音がして大地が揺れ動く。巻き起こった土煙が収まりだすと、衝突部分に出来たクレーターが見え始める。
「ぜ、前世紀の魔王が甦ってしまった……。此奴に比べれば、ただのクズだったスネップなど可愛いもの。前世からの筋金入りのクズ相手では、リセットのスキルも……」
ヨサクは地面を叩いて嘆いた。
「諦めるのは、まだ早い」
声がした方を見ると、覆面男が屋敷の屋根に立っていた。
「私の名はリセマラ。前世でダメなら、前前世まで遡るまで! トォーッ!」
リセマラは馬車の前に飛び降りると、物凄い目力でゴクツブシを睨んだ。
「“前前世還元”」
魔物だったゴクツブシの体は一気に小さくなり、頭から角が無くなり、背中の翼も消え、代わりに足の数が増えていく。
みるみるうちに、ゴクツブシはムカデへと変わっていった。
「なんと、前前世はムカデであったか」
そう言いながら、リセマラはムカデを踏みつぶした。
「これでもう安心だ」
「それはどうでしょう?」
疑問を呈したのは、街一番の美女ザリナモだった。
すっかり存在が希薄になっていたが、彼女はスネップの新しい妻として連れて来られ、馬車の傍で成り行きを見守っていたのである。
「美しいご婦人よ、それはどういう意味かな?」
リセマラの問いに、ザリナモは不敵な笑みを見せる。
「魔王であった者の魂の消滅を目にすることで、その血を受け継ぐ者は覚醒するのよ! そこで見てなさい、新たな魔王となる私を!」
「何という後付け設定ぃ~!」
驚くリセマラの前で、ザリナモの頭からは角が生え、背中には黒い翼が現れ、人外へと変化していく。
みるみるうちに、ザリナモは魔物へと変わってしまった。
「な、何ということじゃ!? 更に強そうなのが現れおった」
魔物になったザリナモを見たヨサクは、再び助けを求めるようにリセットの名を呼ぶ。
「リ、リセットぉ~……」
彼女にもスキルを使えと言いたいのかと思ったリセットは、木箱の覗き穴からガンを飛ばしてスキルを発動させる。
「“前世還元”」
だが、ザリナモには効かなかった。彼女に何ら変化はない。
「無駄よ、無駄。私は魔王の血と肉片から作られた人工生命体、前世は存在しないわ。スキルひとつで、何でも元に戻ると思ったら大間違い」
ザリナモの言い方は、かつて“リセットボタン感覚”という言葉を使い、説教をしていた大人たちに似ているところがあった。
「よもや、前世が無い存在がいようとは……」
さっきまで余裕だったリセマラも、前世が無いとなれば手も足も出ない。一歩、また一歩と彼女から遠ざかっていく。
「ちなみに、ムカデになったアイツよりも力はあるのよ」
彼女が指しただけで遠くの山は宙に浮き、指を回すことで黒い渦に飲み込まれて消滅した。
「アイツが魔王なら、私は大魔王ってところかしら。今の私を倒せるのは、伝説の大勇者タゴサクくらいのものだわ」
ヨサクみたいな名前だなと思ったリセットは、地面にへたり込む彼にガンを飛ばしてスキルを発動させる。
「“前世還元”」
老人だったヨサクの体は一気に若返り、顔からシワが消え、背筋が伸び、筋肉量も増していく。
みるみるうちに、ヨサクは若者へと変わっていった。
「そ、その姿は伝説の大勇者タゴサク!?」
逃げ腰になっていたリセマラが驚き叫ぶ。
「なんと、ワシの前世がタゴサクだったとは……」
「なんて、ご都合主義なの!?」
自分の前世に喜ぶヨサクの前で、自称大魔王ザリナモが地団駄を踏む。
「こうなれば、私も前世で勝負してやるわ。喰らいなさい、略奪スキル“技能奪取”」
ザリナモがリセマラに向かって投げキスをする。それを見てしまったリセマラが膝をつく。
「これで“前前世還元”は私のものよ」
「そのスキルで何をするつもりじゃ、自称大魔王よ」
「まぁ、見てなさい」
見てなさいと言われ、ヨサクは大人しく彼女の動作を見つめた。
ザリナモは物凄い目力で、近くを飛ぶ蝶を睨んだ。
「“前前世還元”」
蝶の体は一気に大きくなり、体中が鱗で覆われ、背中には大きな翼が生え、手足のようなものが伸びていく。
みるみるうちに、蝶は大きな黒いドラゴンへと変わってしまった。
「一緒にタゴサクと戦ってくれる者を欲していたけど、これは……」
目の前に出現したドラゴンをザリナモが見上げる。そのドラゴンの口からは絶えず唾液がこぼれ出ており、それに触れた草花は瞬時にして枯れてしまっていた。
「そ、その姿は、神話の超魔王メンテのようではないか……」
リセマラは言いながらも後退していく。
「な、何ということじゃ!? 更に強そうなのが現れおった」
大きな黒いドラゴンを見たヨサクは、再び助けを求めるようにリセットの名を呼ぶ。
「リ、リセットぉ~……」
ザリナモのようにスキルを使えと言いたいのかと思ったリセットは、木箱の覗き穴からガンを飛ばしてスキルを発動させる。
取り敢えず、視界に入ったトンボに使う。
「“前世還元”」
トンボの体は一気に大きくなり、手足が伸び、人型となって、後光が差していく。
みるみるうちに、トンボは光を放つ若者へと変わっていった。
「そ、その姿は神話の超勇者ヌケサク!?」
屋敷の陰に隠れていたリセマラが驚き叫ぶ。
「こっちも負けてらんないわ! “前前世還元”」
「あ、あれは銀河魔王フグアイ!?」
「“前世還元”」
「なんと、こっちは銀河勇者マタハチ!?」
「もう一度よ! “前前世還元”」
「何ということだ、宇宙魔王サービスエンドではないか!?」
「“前世還元”」
「何~っ、宇宙勇者ハチベェだと!?」
ザリナモとリセットによる前世戻し合戦が続いたが、時間が経過すると伝説の何某も、神話の何某も、元の姿に戻っていった。前世の姿でいられる時間は短い……。
たった数分で、屋敷前の風景は元通りになった。
「強さを追い求めるのは、見ていて疲れるわね。私、この力は使わずに、静かに暮らすことにするわ……」
前世戻し合戦で疲れたザリナモは人間の姿になると、トボトボ歩いて街に戻っていった。
脅威となる存在がいなくなったことを受け、リセットは木箱から出てヨサクの元に駆け寄る。
「いろいろ出ましたけど、誰が一番強かったんっすかね?」
「さぁ、誰じゃろう……。みな、自分が最強だと思ってそうじゃが……」
「そうっすね。でも、最強って何なんっすかね?」
いつの間にか近づいていたリセマラが、リセットの肩をポンッと叩く。
「最強とは、まともな終わりが無いというフラグさ。また、会おう」
そう言うや否や、リセマラは凄い跳躍を見せながら、あっという間に離れていった。スキルが奪われたというのに、彼の足取りは軽い。
それは、彼がヘボいスキルだと自覚したからだと思うリセットだった。
「やっぱ、前向きな感じのがいいっすよね。スキルでも何でも……」