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最愛の人

今回は私が頼んだのではない。二人が自発的に自分たちも一緒に行きたいと言ったのだ。あのレストハウスに行くのはこれで三回めか。マスターともすっかり顔なじみになった。でも今回の来店は過去二回とは比べものにならないくらい緊張していた。翔の短かった人生で最愛の人と対面するのだ。どんな女性なんだろう。いろいろ想像はするがその姿は全ておぼろげではっきりしない。今日その女性をこの目で見ることになる。レストハウスの入り口を入るとその女性は既に来店していた。その後ろ姿は想像通りのスラっとしたいかにもスキー場で働く女性らしく健康的だった。

「やあ、お待ちしてましたよ。熊井さん、もう来てますよ。」

マスターが私たちに声をかけるとその女性は振り向いた。決して美人ではないが、なんとも爽やかな感じのいい肌の浅黒い女性だった。翔が最も愛した女性であるのがよくわかる。私はなんだか敗北感に襲われた。

「お待たせしてすみませんでした。田益翔のバイト仲間だった川出晴です。こちらは同じくバイト仲間だったアッキーとコンちゃんです。熊井さんから最近の翔の話をお聞きしたくてマスターにお会いしたいとお願いしていただきました。今日はお忙しいところお出でいただいてありがとうございます。」

私はあくまで恋愛関係のないバイト仲間ということにしておくのだ。

「こちらこそ。私も翔がこんなことになって、私に会う前の翔はどんなだったのかお聞きしたくてやって来ました。今日はよろしくお願いします。」

第一印象通りの素敵な女性だ。私は自分が恥ずかしくなってしまった。いけない、いけない。バイト仲間ではないと悟られないようにしなきゃ。

「早速ですみません。私たちは去年自分で事業を始めるからゴルフ場を辞めたと翔から聞いていました。なのに事業を始めた様子がなくて。事業を始めていればもうスキー場で働くこともないと思っていたのですが、アルプススキー場で例年通り働いていたようで。私たちは翔の死因は事業を始めなかったことではないかと考えています。翔がなぜ事業を始めなかったか何かご存知ありませんか。」

もう熊井さんが最後の望みだ。私はすがるように問いかけた。

「私も詳しいことは知らないんです。でも頼りにしていた東京の人が頼りにできなくなったので、事業が始められなくなったとだけ聞きました。だからまたアルプススキー場に働きに来たと。なんだかとても沈んでいて、だから詳しいことが聞けなくて。例年と変わりなく接していました。ところが亡くなる一週間前から無断欠勤して。他の人でもそういうことはあって、いちいち連絡を取ろうとして時間を費やすのは無駄だからと放っておくんです。個人的に連絡を取ろうとかなとおもいましたが、私も今は人妻なのでそこまでする必要はないとやめました。まさかあんなことになっていたなんて。連絡を取れば良かったと後悔してばかりです。」

かつて付き合ったことのある女なら、彼の異変が気がかりなのは当たり前だ。あらためて例の彼女の情のない態度が腹立たしかった。

「熊井さんは東京の人のことが翔の死の原因だと思いますか。」

正直私には判断ができなかった。熊井さんに聞きたかった。

「川出さんのお話を聞いて、もしかしたら関係してるかなと思いました。言葉少なにそれだけを話したということは。でもどうして東京の人は協力できなくなったんでしょう。わからない。」

私はその東京の人がどんな人物か知っている。翔から聞いた。芸能界の人だ。今までのように簡単には会えない。もうこれ以上突き止めることはできないのか。

「あっ、そうそう。そのこととは別に気になっていたことがあるんです。」

「どんなことですか。」

「毎日翔ちゃんのアパートの前を通って通勤してるんですが、翔ちゃんが無断欠勤を始めてから駐車場から車がなくなったんです。そのまま別の場所で発見されたのなら、そこまで車で行ったのかなと思うんですが、遺体はアパートで発見されたんですよね。翔ちゃんは車を使わずにどうやってアパートへ戻って来たんでしょう。」

頭を大きな岩で殴られたような衝撃だった。それこそ翔の死は他殺だという証拠ではないか。”東京の人”にどうやって会えばいいんだろう。

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