始まり
田益翔との最初の出会いは幼なじみで行ったキャンプだった。私と同じ独身の崎山美代が「幼なじみだけじゃ独身男がいない!アッキー、独身男を調達して!」とアッキーこと樫山秋昌にまくし立てたものだから、アッキーが必死に探して来た”ゲスト”だった。翔とアッキーは学生時代のバイト仲間で、その後就職し結婚したアッキーに対し、翔は35歳を過ぎた今でも自由人の独身だった。俳優Kに似た渋めのイケメンで、翔の語りはその場にいる全ての人たちを魅力した。その後は翔が美代のターゲットになったことは言うまでもない。
それから一ヶ月くらいたったある日、突然美代からアッキーに電話が。「この間海開きしたでしょ。来週キャンプのメンバーで海へ行こうよ!」明らかに翔狙い。特に用事もなかったので私も参加した。美代からアッキーへの圧がよほど強かったのか、翔はやって来た。全く海に慣れない様子で。翔は夏はゴルフ場、冬はスキー場で働く山の男だった。たいして海では遊ばず一行は日帰り温泉の後、翔お勧めのラーメン店へ。美代大はしゃぎの中その日は解散となった。
その後美代はどんな手で翔にせまっているのかなどと思いながら、日々の仕事に追われていたある日アッキーから電話。「今度皆で飲む時に田益を誘いたいから、晴ちゃんから電話して。」自分で電話すりゃいいじゃん。なんで私が?思惑がありありだけど、その思惑が何なのかはっきり知りたくて私は翔に電話した。
それがきっかけで私たちは頻繁に電話をかけ合う仲となった。翔は自分のことをたくさん話してくれた。大学教授である父との確執、結婚まで考えた女性との別れ、今の生活は決して本意ではなく就職して家庭を持ちたいこと、最近まで人妻と不倫をしていたことなど。気がつけば毎日しかも何時間も。それから二人だけで会うようになり、私たちは付き合うようになっていった。
ところが突然翔が電話に出なくなった。毎日毎日電話したけれど、翔は電話に出なかった。意を決して翔のアパートに行ったけれど、そこにいたのは別人のように変わった翔だった。何もしゃべらない。私を見ない。何が起きたのかまったくわからない。思い返しても何も心当たりがない。私は何もできないまま帰路に着いた。
それからは自分で息をしているのかもよくわからない毎日だった。何を食べても味がしない。何を見ても色がない。翔にまた電話をした方がいいのか。もうこのまま別れてしまった方がいいのか。どうしていいのかわからない私のところへ突然翔からメールが届いた。
「本当にごめんなさい。今の自分は人生の下降線を見つめるだけで精一杯です。」
別れの言葉は一切使われていなかった。でも私には別れのメールに思えた。だから私は別れを決意した。でもどんなメールを返信したらいいのか。今までに対する感謝のメールか、苦しい思いをさせられた恨みのメールか、はたまた翔を引き止めるメールか。私は自分の気持ちさえもわからぬまま、メールを返信できずに三ヶ月がたったある日、翔から 突然また翔からのメールが。
「今度の日曜日一緒に映画を見に行かない?」
突然電話に出なくなったことも、会いに行っても冷たかったことも、突然のメールのことも、まるで何もなかったような内容。もう何がなんだかわからず、当日は予定があるので断りの返信。「残念。」たったそれだけの軽い反応。その次は半年ぶりの電話。飲み会中で出られなかった。留守電に「月がきれいだったので電話しました。」。まったくもって訳がわからない。
最後は会社に一般客を装って電話。出ざるを得ずに応対した。
「晴ちゃんの会社で家庭用のFAX売ってない?起業するので欲しいんだけど。」
私が勤務する会社は事業所用のIT事務機器を扱う有名企業で、家庭用など明らかに扱ってないのに。起業の話をしたかったのだろう。調子を合わせて受け答えた。
「今度地元のライブハウスにアーティストを呼ぶ仕事を起業するんだ。以前やっていた仕事でSPCのリーダーの石本さんと親しくさせてもらってて。その石本さんが今回全面的に応援してくれて。先日司法書士にも手続き頼んだ。晴ちゃんとはご縁がなかったけど、晴ちゃんの人生で間違いなく俺が一番強烈な男だと思うから…」
翔の話はまだまだ続くようだったが、私は仕事の続きがあるからと電話を切った。それ以降翔からはメールも電話も来なくなった。私は徐々に翔のことを忘れていった。
あれは2月。社有車で会社へ帰る途中アッキーから久しぶりに電話があった。