秘密
地位も名誉も要らないなど、なるほど現実的な戯言を言う輩がいるが、私は嘗てそういう真髄に直に触れることをなんの躊躇いもなく発する者には出会ったことがなかった。生活は楽しかった。ただ、一つだけ例外と言える出来事に遭遇したことがある。それは何かというと、まさしく今の私の生活を実りあるものにしているそのものである。私は昔から美しい異性が好きであった。性別の違いなど微塵も感じさせないような少年に決まって心を奪われるのである。そしてそれは一種の呪縛のように私の概念を縛り続け、年頃の女子に成った当時も理想高い妄想にのみ尽きない愛情を注ぐ毎日であった。
ミサトの右手が愛おしそうに隠している物体に興味を抱き始めたのは18の夏であった。皆将来に微かに漂う不安に気づき始めている頃だ。ミサトは私の斜め前の席の美しい男子であったので、彼は勿論、わたしの好奇心を充分に掻き立ててくれる存在であったが、その何にも想像につかない様子を垣間見てしまった瞬間から、私の心はもう彼に夢中であった。それからわたしは毎日ミサトが気になって仕様がなかった。朝のホームルーム、授業中、授業合間の休憩時間、昼休憩、掃除時間、部活、帰宅時に自転車小屋で携帯を構う時間、つまりは一日中見つめていた。その物体を見つめるミサトの恍惚とした表情といったら、多感な少女には少々刺激が強すぎるほどであったかもしれない。
ミサトの右手に隠された物体の正体に気づいたのはそれから一ヶ月ほど経った頃であった。その正体が縦長の小瓶であることは随分前からわかっていたが、その日にははっきりと、小瓶の中で鈍く光る青い眼球と、目があった。ミサトは何者かの眼球そのものを愛していたのである。