12-Sideトラ:集う敵味方
キャメルロスペイルの歩みは鈍いようにも見えたが、それは間違いだ。足の長さはスレイプニルのそれと比較して倍以上、高さと長さが生む加速力はこちらの予想以上だった。瞬発力を高めた馬形態のスレイプニルに、キャメルは容易に追いついて見せる!
「逃がすかよ! 手前らは面白そうな相手だからなァーッ!」
僕とキャメルは並走し、打ち合った。打ち込まれた拳を剣で捌く、反撃の刃を蹄で受け流す。走行中でありながら、キャメルは凄まじいバランス感覚を発揮し僕の攻撃に対応して来た。油断ならぬ相手、少なくとも成りたてのロスペイルではないだろう。
スレイプニルとキャメルの体がぶつかり、弾かれた。僕たちは突き刺さった船を左右に避け前身、一瞬の休息を得た。スレイプニルに跨り直し、後ろの男を拘束する。
「クソ、放せ! 何をしやがるんだ、手前!
お、俺をこんな風にして!」
「どうなるか? 分からないよ!
けどこのままじゃあいつに僕ごと殺されるぞ!
それがいやだったら教えろ、あいつはいったい何者だ?
どんな能力を持っている!」
僕は先ほどそれを船と形容したが、もしかしたら違うのかもしれない。船体からな何本もの筒状の物体が生えている。湾岸警備隊が使っている大口径砲にも似ていた。もしかしたら、これは船ではなく戦艦だったのかもしれない。こんなものが自在に海を渡り、戦っていた時代とはいったいどういうものだったのだろう?
「あ、あの人はキャメルだ! スゲエ速くて、スゲエ強い!
そ、それくらいしか知らねえ! あっ、あと、でも!
あ、あの人には相棒がいるんだ! そう……」
あっ、と男は声を上げた。男の視線の方向に目をやると、船の亀裂から何かが飛び出して来た。それは砲塔を蹴り、壊れた壁面を蹴りクルクルと回転しながら跳んだ。かと思うと彼の周囲から光り輝くプラズマ球体がいくつも発生した!
「ッハッハッハ! イヤヤヤヤヤヤヤッ!」
出現した7つのプラズマ球体を、それは放った。緩慢なスピードだったが、巻き込まれれば命はない。スレイプニルにスラローム走行を命じ致命的プラズマ攻撃を回避、上方に掌を向け熱弾を発射した。攻撃者は更に跳躍しそれを回避。船体を横切り現れたキャメルの背に跨り、僕の方に顔を向け挑発的に挨拶してきた。
「ドーモ、軟弱なる文明人よ! 俺の名はセプテントリオン!」
逞しい胸板に不規則な七つの傷を刻んだロスペイルだ。モヒカンたちと同じような肩パッドを付け、ナックルダスターめいたものを腕に巻き付けている。セプテントリオンが合唱すると、胸板の傷が鈍く輝き、そこからプラズマ球体が顔を出した。直後、後方でプラズマ球体が炸裂。船の破片を、まるで飲み込むように抉り取った。
「あっ、あれに当たると蒸発しちまうんだ!
あ、当たったら俺も!?」
「そうだな。そしてあいつらは気にしてもくれないらしい。
弱点はないか!?」
「分かんねえよ、そんなもん!
あの人に敵う敵なんていなかったんだから!」
そりゃそうだ、僕は舌打ちで答えた。キャメルは再び僕に近付き、並走しようとしてくる。背に跨ったセプテントリオンの周囲では7つの球体が規則的に旋回している。
「貴様は何者だ?
見たことのない姿形、そして刺激的なマシン!
お前を殺し、マシンをいただくとしよう!
そしてお前に負けたクズは惨たらしく殺す!」
モヒカンの情けない悲鳴を皮切りに、僕たちの戦いが再び始まった。
キャメルはスレイプニルに体当たりを仕掛けようとして来る。セプテントリオンのプラズマ球体をこちらに当てようという構えだ。何らかの電磁的エネルギーによって作られた球体をまともに食らえば、エイジアとてただでは済まないだろう。
僕はスレイプニルを急減速させ、体当たりを回避。更に後ろを取った。セプテントリオンは舌打ちし、プラズマ球体の一つを僕に向けて放った。左腕の装甲を小分解、ナイフを作り出して投擲。ナイフとぶつかり合ったプラズマ球体は放電しながら消滅した。だいたい分かった、プラズマ球体の攻撃範囲はそれほど大きくはないらしい。
「スレイプニル、加速だ!
あいつの尻を蹴り上げてやれッ!」
僕は長刀を作り出し車体を加速させた。スレイプニルのエンジンが嘶きを上げ、加速する! スプリントに特化した馬形態のスレイプニルは一瞬にして時速200Kmを越えるスピードまで加速する! キャメルの背が段々と大きくなって来る!
「セプテントリオン! あいつを近付けるなッ!」
「言われるまでもねえんだよ! 黙ってろ、邪魔だからさァッ!」
6つのプラズマ球体が周回軌道を外れ、スレイプニル目掛けて迫る! 僕はスレイプニルを急停車させた。プラズマを回避するために、そして突撃の勢いを得るために! 僕の体は慣性に従い打ち出された。スレイプニルのスピードとエイジアの脚力を乗せ、迫り来るプラズマを長刀で撃ち落とし、キャメルの背に乗る!
「貴様! 俺の相棒の背に汚ねぇ足を乗せやがってーッ!」
セプテントリオンの胸からうっすらとプラズマ光が立ち上る。恐らくはチャージのために時間が必要なのだろう。にも拘わらず、セプテントリオンはすべての力を使い切った。迂闊というべきだろう。結果的に彼は僕の攻撃を許すことになったのだから!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
セプテントリオンは能力頼みの軟弱なロスペイルではなかった。だが接近戦の技に関しては僕の方が一歩先んじていた。徐々に広がっていくガードの隙間を縫い拳を打ち込む!
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
セプテントリオンの胸部装甲がひしゃげ、プラズマ光が亀裂の隙間から伸びた。
「相棒ッ! チクショウめがァーッ!」
その時、キャメルがブレーキを掛けた。先ほどの再現、僕は慣性を受けて吹き飛ばされた。セプテントリオンは吹き飛ばされる体をキャメルによって保持され無事だ! 僕は空中で体勢を立て直し反転、二人の方に向き直った。
「ハッハッハ! 頑張ったな、手前!
だが、これで終わりよォーッ!」
プラズマ球体の再チャージを終えたセプテントリオンが、威圧的に7つの球体を旋回させる。キャメルは十分なためを作り、僕を轢殺すべく駆け出した。僕は構えを取った。
その瞬間だった。黒い影が横合いから飛び出し、セプテントリオンとぶつかった。プラズマ球体が消滅し、キャメルの背後で爆発四散が起こった。唐突な事態を飲み込み切れず、キャメルは加速することが出来なかった。僕は地を蹴り、キャメルの鼻に蹴りを叩き込んだ。
「グワーッ!? な、なんだ!
いったい何がどうなっている! セプテントリオン!」
「あんたが呼んでいるのは、こいつのことか?
悪いね、死んじまったよ」
荒野に黒い獣が立っていた。巨大な口の端から鈍色の腕が飛び出している。獣は口内にあったセプテントリオンの体を噛み潰し、咀嚼した。僕も、キャメルも息を飲んだ。
「御桜、さん?」
そこにいたのは、彼女だった。
姿形が変わったからと言って、見間違えるはずはない。




