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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第四章:追放者の果実
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12-アウトラスト

 セルゲイ=グラーミンは市議会会期末を待って逮捕された。議員には不逮捕特権があるからだ。市議会のドン、突然の逮捕にシティは色めき立ったが、しかしその真の理由を知る者はいない。オーバーシア関連の情報は慎重に秘匿されていた。


 セルゲイがもたらした情報の多くは有用なものだったが、しかしオーバーシアを壊滅させるに至るほどのものではなかった。彼が指定した集会場は既に使われておらず、拠点の多くは引き払われていた。セルゲイが拘束された瞬間から事を進めていたのだろう。この街を蝕む大いなる闇との戦いは、泥臭い長期戦の様相を呈しつつあった。


「さて、しょげてる暇はないで。

 今日もキリキリ、お仕事と行こうやないか!」


 エイファさんは乗り気だが、僕はすっかりナーバスになっていた。空振りが多すぎるうえに、仕事量も単純に多い。事務所にいた時の四割増しくらいで働いているように思う。


 指定されたポイントに向かい、拠点があるかどうかを調べ、あったら情報を収集し、なかったら帰る。この一月、それを繰り返している。オーバーシアにしても『十三階段』という戦力を立て続けに失っているため、こちらの行動を阻害できないのだろう。戦いになるようなことは殆どないが、しかし情報が手に入ることもない。


 そんなことを繰り返しながらも……僕は御桜さんを探していた。フェスティバルでの戦い以来、彼女を見つけることは出来ていない。いま、どこで何をしているのか。絶望に染まった心のまま、どこで眠っているのか。どうしてもそれが気にかかった。


(救えるか、救えないかなんて、そんなことは分からないけど……)


 あの人はこんなところにいていい人ではない。僕はリストに×をつけ、次のポイントへと向かった。今度こそ、情報があることを祈りながら。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 御桜優香は短いまどろみから覚め、伸びをした。周囲には彼女と同じく、家と寝るところを失った者がたむろしていた。ここはサウスエンド、そのまた更に奥。ヤクザですらも近付かない、近付けば命はないと噂される場所だ。


「うーん……いいね、これは。遥かにいいよ」


 ニッ、と笑い、少女は獣めいた狂暴な笑みを作った。そして、鼻をヒクヒクと動かす。ロスペイル、それも獣型の物になった彼女の嗅覚は、平常時であっても常人の数十倍まで強化されている。ロスペイルが発する独特の金属臭を探ってみるが、手掛かりなし。


(まあ、すぐに餌が来るとは思っちゃいない。

 気長に待つとしますか……)


 彼女はオーバーシアの追っ手から逃れるためここに来ている。最近は市長軍との戦いで優香に構うほどの戦力を維持出来ていないのが現状だが、中には命知らずが戦力拡充と栄光のため優香に挑みかかって来ることがある。彼女はそれを悉く返り討ちにした。


(あのゴキブリヤローほど強い奴ってのは、そうそういないんだよな。

 どうすればあたしは、あのレベルまで力を高められるんだろうか……)


 ローチが爆発四散したことを知らぬ優香は、自らの非力を嘆いた。


「目が覚めたようだね、お嬢ちゃン。飯はまだある、食うかい?」

「ちょっと表に出てからにするよ。食わないでよ?」

「そりゃ保証は出来ンねえ。

 ここいらの連中はみんな腹を空かせてッからね!」


 呵々と老婆は笑った。優香はそれを背に受け、天井に空いた穴から外に飛び出した。見咎めるものはいない、この辺りではこの程度の出来事、日常茶飯事だからだ。


 荒涼としたセカイが広がっていた。倒壊したビル、それが何だったか知る者のいない、旧世界兵器の残骸、そして朽ち果てた巨木。都市の外側(アウトラスト)に来た時、優香は恐れを抱いた。かつて世界を席巻した大いなる災いの残り香がそこにあったからだ。


 サウスエンドはまだかろうじで人が暮らす場所であるが、アウトラストはそうではない。ここに暮らす人々はシティ権力の庇護から完全に外れている。この街にいないはずの人間なのだ。追われることに疲れ果てた犯罪者でも、足を踏み入れることはない。この街から生きることを拒絶された人間が集うた街なのである。


「イーハァーッ!」「イッヒッヒーッ!」「カネ! メシ! 寄越せ!」


 武装バギーに乗ったモヒカンヘアーの男たちが、剣呑な武器を携え『家』に迫る。ここに暮らす人々は旧世界のソイペーストマシーンから吐き出される完全栄養食(泥を食っているような味がする)に縋って生きている。そしてそれは余所者から狙われるものでもある。武装バギーが不幸な通行人を轢殺し、即席トマホークが守衛の頭を刎ねた。


「ハァーッ……

 準備運動にもならねえような連中だけど、まあいいか」


 優香はため息を吐き、跳んだ。変える場所がなくなった彼女を受け入れてくれたのは、誰からも拒絶された人々だった。返しきれぬほどの恩義がある。彼女の目が殺意に輝く。


「アッ!? 何だあの女! マブッ!」「いいぜ、轢いちまえ!」

「死んでもきっとマブいぜ!」「イーヒィーハァーハァーッ!」


 何らかの薬物によって意識を高揚させた男たちは、眼前に降り立った優香に目もくれずアクセルを踏む。優香は腕を振りかぶり、獣化した拳をバギーに叩きつける!


「「「「アバー!?」」」」


 モヒカン4人の悲鳴が重なり合う!

 不幸な運転手は胸をハンドルに打ち付け心臓破裂で即死!

 残った3人もシートベルトをつけていなかったため車外に放り出される!

 そのうち一人は固い壁面に打ち付けられ、赤黒のグラフィティを描いた!


「ッハァーッ!? 何だ、手前! 俺たちに何をしやがった!」

「ああ? 知らねえって! アンタたちが突っ込んで来たのが悪いんだ!」


 それなりに育ちのよかった彼女だが、一月の間にここの流儀に染まり切っていた。


「舐めやがって、このアマ!

 俺が誰だか分かっててやってんのか……俺は、俺は!

 手前らなんか及びもつかねえほどスゲエ力を手に入れたんだぞーッ!?」


 男の体が光に包まれ、変身した。

 モヒカンヘアめいた突起を頭部に残すロスペイルに。


「や、ヤッタ! カツロー、やっちまえ!

 いや、やっちまってください!」


 優香は当惑した。

 目の前にいる意志を持つロスペイルは、いったい何なのかと。


「拝んで驚きやがれ……これが、『十三階段』の力だァッ!」


 『十三階段』。

 その名を聞いた瞬間、優香の思考がスパークした。

 彼女はゆっくりと変身しながら男に近付いて行った。

 彼の懐に入る頃には、身長は2mを越えていた。


「え?」


 優香は彼の両肩を掴み、それぞれ逆方向に向けて引っ張った。抵抗もむなしくロスペイルの体が真っ二つに裂け、投げ捨てられたそれぞれの方向で爆発四散した。


「え?」


 変身を解除した優香は、優しく男に問いかけた。


「聞きてえことがあるんだ。教えてくれるよな、あんた」


 男は失禁しながら頷いた。

 選択肢など、そもそも存在しなかった。


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