03-サウスエンド
聞き込みを終えた僕は、事務所へと戻った。
途方に暮れ、助言が貰いたくなった。
「チェン一族か。
厄介な相手を敵に回したものだな、イリアスという娘も」
「どうすればいいんでしょう。
正直なところ、何も手が思いつかなくて……」
相手は都市を牛耳る財界の猛者。警察へも手を回しているだろう。イリアスが薬物中毒だという情報は、どこにも回っていなかった。僅かな隙を見せることも嫌ったのだ。
「ま、こういう時は正攻法で行くしかないんちゃうか?」
「正攻法って……
真正面からやり合うわけにはいかないでしょう」
「アホウ、誰が真正面から行くっつった?
坊ちゃんにヤクを売った奴を探すんや」
チェンに薬を? 確かにいい手かもしれない。
だが、それが決め手になるかは……
「決め手になるかはどうでもええ。せやけど、どっかで取引はしたはずや。都市全域に張り巡らされた監視ネットワークにそれは映っとるんとちゃうか?」
……なるほど。
彼らの手が及ぶ、学園のデータはすべて消去されていた。エイファさんの力量を持ってしても、あの映像を再生するので精一杯だった。だが彼らの勢力圏の外にあるものならば?
法的責任は問えなくても、落とし前をつけられるかもしれない。
どうにかなるかもしれない、これは。
「ありがとうございます、エイファさん。
僕、行ってきます!」
「一人で先走んなや。
どこを探せばいいか、あんた分かってるんか?」
言葉に詰まった。
エイファさんは呆れたようにため息を吐いた。
「あいつの交通機関使用履歴を追っておいた。
違法行為をするのにパパの車は使わん野郎と思ったけど、ビンゴや。
サウスエンドの終わりも終わりに止まった形跡がある」
「なるほどな。では、行って来い。
早くせねば売人が始末される危険性もある」
まさか、とは思ったが彼らの強引さは嫌と言うほど分かっている。
可能性はあった。
僕たちはサウスエンドへと向かった。
一人で立ち入ったこともない、深域へ。
近付いて行くたびに腐臭が強くなる。どこから発しているのか、あるいは街自体が腐っているのか。猥雑なグラフィティ、散らばったゴミ、赤黒い染み。古びたネオンが漏電により火花を上げ、しわがれた合成音声が欲望を喚起する。行き交う人々はヤクザか、浮浪者か、あるいはポンビキか。
ここはサウスエンド、都市の絶望を捏ねて作った堕落の園。
「あんまりキョロキョロするなや。
そういう奴はイの一番に食われる」
「慣れているんですね、エイファさん」
「そりゃな。
ガキの頃からこんなところにいれば、イヤでも慣れるわ」
彼女は感情を感じさせぬ口調で言った。探偵事務所に転がり込んでから2年、だが彼女のことはよく分からない。凄腕のハッカーであること、優秀な探偵であるということ、美人だということ。
そして僕を認めていないということ。
知っているのはそれくらいだ。
「……?」
背後に気配を感じた。
振り返って見るが、しかしそこには何もいなかった。
「キョロキョロすんなって言ってるやろ。
こいつらとお友達になりなら話は別やけどな」
エイファさんに叱られ、僕は慌てて前を向いた。
恐らくは、気のせいだろう。
「でも、この広いサウスエンドからどうやって人を探すんですか?」
「そう言うと思っとったわ。先に呼び出してある、この先にあるバーにおる」
手筈は整えておいたのか。さすがはエイファさん。
大人しく着いて行くことにした。
狭く汚れた路地を通り抜けると、その店はあった。穴を塞いだ痕のある扉を押すと、大音量のラウドミュージックが襲って来た。僕は思わず耳を塞ぎ、エイファさんに続いて店に入る。ショッキングな色で彩られた店舗では、腐敗と退廃の宴が繰り広げられていた。
鼻に突くシンナーや、合成薬物の臭い。
白目を剥き倒れた人、ブツブツと意味の分からぬ言葉を吐く人。
酒の肴とばかりに猥雑なショーが繰り広げられる。
「育ちのいいお坊ちゃんには、こういうところは刺激が強いか?」
「そう、ですね。僕がいままで、見たことのない場所だ」
野木さんはこういうところに連れて来てはくれなかった。
その理由がよく分かる。
「ま、この件で懲りるやろ。
家に帰りィ、探偵なんてやるもんとちゃうわ」
エイファさんは迷うことなく店の奥へと歩き、そしてターゲットを見つけた。
「ドーモ、色男さん。あんたからちぃと話を聞きたくて来たんや」
「エイファ!? クソ、お前に釣られるとは……
隣の坊ちゃんは? お前のイロか?」
「ざけたこと言ってないで、ウチの質問に答えィ。
あんたはこいつにヤクを……」
その時、勢いよく扉が開け放たれた。宴もその時ばかりは途絶えた。襤褸布をローブのように纏ったそれは、店の中を舐めるように見渡した。そして、僕たちの方を見た。ヤバい、本能的にそれを感じ、飛びずさった。それはエイファさんも、ターゲットの男も同様だった。
それはローブを脱ぎ捨てる、化け物が現れた。




