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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第一章:サイボーグ少女と雷の魔物
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03-サウスエンド

 聞き込みを終えた僕は、事務所へと戻った。

 途方に暮れ、助言が貰いたくなった。


「チェン一族か。

 厄介な相手を敵に回したものだな、イリアスという娘も」

「どうすればいいんでしょう。

 正直なところ、何も手が思いつかなくて……」


 相手は都市を牛耳る財界の猛者。警察へも手を回しているだろう。イリアスが薬物中毒だという情報は、どこにも回っていなかった。僅かな隙を見せることも嫌ったのだ。


「ま、こういう時は正攻法で行くしかないんちゃうか?」

「正攻法って……

 真正面からやり合うわけにはいかないでしょう」

「アホウ、誰が真正面から行くっつった?

 坊ちゃんにヤクを売った奴を探すんや」


 チェンに薬を? 確かにいい手かもしれない。

 だが、それが決め手になるかは……


「決め手になるかはどうでもええ。せやけど、どっかで取引はしたはずや。都市全域に張り巡らされた監視ネットワークにそれは映っとるんとちゃうか?」


 ……なるほど。

 彼らの手が及ぶ、学園のデータはすべて消去されていた。エイファさんの力量を持ってしても、あの映像を再生するので精一杯だった。だが彼らの勢力圏の外にあるものならば?

 法的責任は問えなくても、落とし前をつけられるかもしれない。


 どうにかなるかもしれない、これは。


「ありがとうございます、エイファさん。

 僕、行ってきます!」

「一人で先走んなや。

 どこを探せばいいか、あんた分かってるんか?」


 言葉に詰まった。

 エイファさんは呆れたようにため息を吐いた。


「あいつの交通機関使用履歴を追っておいた。

 違法行為をするのにパパの車は使わん野郎と思ったけど、ビンゴや。

 サウスエンドの終わりも終わりに止まった形跡がある」

「なるほどな。では、行って来い。

 早くせねば売人が始末される危険性もある」


 まさか、とは思ったが彼らの強引さは嫌と言うほど分かっている。

 可能性はあった。


 僕たちはサウスエンドへと向かった。

 一人で立ち入ったこともない、深域へ。




 近付いて行くたびに腐臭が強くなる。どこから発しているのか、あるいは街自体が腐っているのか。猥雑なグラフィティ、散らばったゴミ、赤黒い染み。古びたネオンが漏電により火花を上げ、しわがれた合成音声が欲望を喚起する。行き交う人々はヤクザか、浮浪者か、あるいはポンビキか。


 ここはサウスエンド、都市の絶望を捏ねて作った堕落の園。


「あんまりキョロキョロするなや。

 そういう奴はイの一番に食われる」

「慣れているんですね、エイファさん」

「そりゃな。

 ガキの頃からこんなところにいれば、イヤでも慣れるわ」


 彼女は感情を感じさせぬ口調で言った。探偵事務所に転がり込んでから2年、だが彼女のことはよく分からない。凄腕のハッカーであること、優秀な探偵であるということ、美人だということ。

 そして僕を認めていないということ。

 知っているのはそれくらいだ。


「……?」


 背後に気配を感じた。

 振り返って見るが、しかしそこには何もいなかった。


「キョロキョロすんなって言ってるやろ。

 こいつらとお友達になりなら話は別やけどな」


 エイファさんに叱られ、僕は慌てて前を向いた。

 恐らくは、気のせいだろう。


「でも、この広いサウスエンドからどうやって人を探すんですか?」

「そう言うと思っとったわ。先に呼び出してある、この先にあるバーにおる」


 手筈は整えておいたのか。さすがはエイファさん。

 大人しく着いて行くことにした。


 狭く汚れた路地を通り抜けると、その店はあった。穴を塞いだ痕のある扉を押すと、大音量のラウドミュージックが襲って来た。僕は思わず耳を塞ぎ、エイファさんに続いて店に入る。ショッキングな色で彩られた店舗では、腐敗と退廃の宴が繰り広げられていた。


 鼻に突くシンナーや、合成薬物の臭い。

 白目を剥き倒れた人、ブツブツと意味の分からぬ言葉を吐く人。

 酒の肴とばかりに猥雑なショーが繰り広げられる。


「育ちのいいお坊ちゃんには、こういうところは刺激が強いか?」

「そう、ですね。僕がいままで、見たことのない場所だ」


 野木さんはこういうところに連れて来てはくれなかった。

 その理由がよく分かる。


「ま、この件で懲りるやろ。

 家に帰りィ、探偵なんてやるもんとちゃうわ」


 エイファさんは迷うことなく店の奥へと歩き、そしてターゲットを見つけた。


「ドーモ、色男さん。あんたからちぃと話を聞きたくて来たんや」

「エイファ!? クソ、お前に釣られるとは……

 隣の坊ちゃんは? お前のイロか?」

「ざけたこと言ってないで、ウチの質問に答えィ。

 あんたはこいつにヤクを……」


 その時、勢いよく扉が開け放たれた。宴もその時ばかりは途絶えた。襤褸(ボロ)布をローブのように纏ったそれは、店の中を舐めるように見渡した。そして、僕たちの方を見た。ヤバい、本能的にそれを感じ、飛びずさった。それはエイファさんも、ターゲットの男も同様だった。


 それはローブを脱ぎ捨てる、化け物が現れた。


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