11-玉虫色の男
……3日後、市庁舎!
来賓用のゲストルームで二人の男が向かい合っていた。一人はセルゲイ=グラーミン、市議会の大物。もう一人は結城一馬、人権派弁護士として名を馳せる男だ。二人は一言もかわさず、机を挟んで対峙していた。
一馬は何も問いかけない。セルゲイは何も答えない。しかし、戦っている。この言葉の一つもない空間は戦場であり、二人は丁々発止の目に見えぬ戦いを繰り広げている。
「……いつまでこうしているつもりなのかな、一馬さん」
先に口を開いたのはセルゲイだった。
しかし、それは敗北を意味しない。
「あなたが話す気になるまで。
こうしていましょう、ここはいいところです」
一馬は無理に攻め込むような真似はしない。それを敵が望んでいることが分かっていたからだ。もし無理矢理自白を迫るようなことが、あるいはそうだと判断されるようなことがあれば、一馬とその一団は手痛い糾弾を受け立ち直れなくなるだろう。
一方、セルゲイもこれ以上の長期間拘束を受けているのはあまり好ましくない。彼が所属する組織、オーバーシアは裏切りを許さない。疑念を抱かせることさえも。長時間彼が出て来なければ彼が裏切り、情報と引き換えに安全を確保したと判断されるだろう。そうなればオーバーシアの刺客が放たれることになる。協力無比なロスペイルが。
「私には息子がいます。利発な子ですが、少し賢過ぎましてね」
一馬は世間話を始めた。
セルゲイは情による説得を警戒し、心を閉ざした。
「あの子が安心して暮らせる世界を作りたいと思うんですよ、セルゲイさん。
この世界は、彼らのような子供が生きるには辛く、冷たすぎる。
この世に理不尽なものがあるとしても、我々はそれを乗り越えることが出来る。
かつてのあなたがそうしたように」
セルゲイは遥か昔、現役警察官であった頃の記憶を回想した。この街を変えたいという、切実な願いを持って警察に入ったはずだ。時は流れ、彼は腐敗と汚濁の中に飲み込まれた。それが当たり前のものだと嘯き、心を誤魔化した。そして……
「あなたは分かっていない。この街を覆う闇の深さをまだ知らない」
なぜこんなことを言ったのか、セルゲイ自身にも分からなかった。
「ただ一人の人間が、この闇に立ち向かうことなんて出来はしない。
飲み込まれ、流れに任せることこそがただ一つの解決策だ。
そうすれば、何も考えなくても済むから」
一馬は独白から彼の真意を探ろうとした。
その時、警報が高らかに鳴り響いた。
『侵入者を確認、侵入者を確認!
ロスペイルが多数、戦闘員は所定の持ち場につけ!』
「始まったか。私を殺すために、彼らがやって来たんだ。
もうどうしようもならんよ」
絶望の中に身を沈め、彼は意識を閉ざそうとした。
一馬は許さなかった。
「いいえ、まだあなたは死ぬべき定めにはありません。
着いて来てください」
一馬はセルゲイに手を差し伸べた。
セルゲイは一瞬の逡巡の後、それを掴んだ。
……一方、中央広場!
清浄な白い噴水に赤黒い血の飛沫が飛んだ。低木の植え込みには四肢をだらりとさせた死人がもたれかかり、石段の上に奇怪な肉のオブジェが作り出された。立っている人間もまだ多いが、しかし危機的な状態だ。
「さすが、よく鍛えられている。
第一波をよくぞまあ、潜り抜けたものです」
黄金の鎧を纏った男、ジェイドが口を開いた。物陰に隠れた隊員が緊張に耐え切れず顔を出し、40口径マシンガンを発砲した。ジェイドは射線を見切り銃弾をかわし、槍の穂先から放った光線で隊員を殺した。隊長は静かにタイミングを待った。
「一回の交戦で分かっただろうが、あいつに銃弾は通用しないぞ。
つっても、まったく効果がないわけじゃないらしい。
じゃなきゃあ、わざわざ攻撃を避けるような真似はせんだろう。
いいか、集中砲火で仕留めるぞ……合図をしたら一斉に発砲しろ!」
広場を進み、ジェイドは真正面から庁舎に入ろうとした。
だが、階段の手前で止まる。
「ま、ここであんたらを生かしておいてもメリットは存在しない。
死んでもらおうかな」
ジェイドは素早く2枚のカードをスキャンした。すると、2体のロスペイルが青白い光を伴って出現した。片方は全身をびっしりとヘクス状の鱗で覆ったトカゲのような怪物。もう一人はモノクロームのスーツを纏った紳士、ただし頭部は巨大な懐中時計のような形をしていた。
ラプトルロスペイルと、クロックロスペイル! 彼が殺害した二人のオーバーシア関係者、ダイナソアとクローカーの変わり果てた姿だ!
機先を制された迎撃部隊は一斉に攻撃を開始。だがラプトルは俊敏な動作で攻撃を回避し、クロックは二振りのクロックブレードで巧みに銃弾を受け流す! そして、邪魔な銃撃部隊を排除せんと駆け出した! 隊員たちの間から悲鳴が上がる!
「おおっと! そうは、させませんよ! フルファイアーッ!」
その時だ! 塀を飛び越えクーデリアがエントリー! 鈍色の空に栗色の影が浮かび上がり、そして白煙を引いたミサイルがいくつも撃ち込まれた! ロスペイルとジェイドは攻撃と進行を取りやめ、降り注ぐミサイルの雨を防いだ。
「やあ、クーデリアくん。
キミと会ったのは、あの時以来かな? 元気にしていた?」
クーデリアは無言でMWSコンテナ、すなわちライアットシールド大の物体を構えた。盾は形を変え刀剣のような形になり、刀身が威圧的に火花を上げた。チェーンソーブレードの切っ先をジェイドに向け、クーデリアはつぶやいた。
「あなたが何をしたいのかが分かりません。
この前は、ボクたちを助けてくれたのに」
「二色に切り分けられるほど、簡単じゃないんだよ。
複雑に絡み合っているんだ」
ジェイドは天に向けて槍を繰り出した。アンブッシュを仕掛けたもの、アストラは槍の穂先を掴むと、そこを軸にして回転。迎撃を危うく回避しクーデリアの隣に着地した。
「人の背後には回るな、ってお父さんに教わらなかったかな?
失礼なことだ、これは」
「不法侵入よりも失礼なことをしたとは思っていません。大丈夫ですか?」
「もちろん、ボクは何ともないよ。さっさとやろう、ユキくん」
クーデリアとユキは構えを取った。ジェイドと二体のロスペイルも。
その両脇から銃火が瞬き、二人の戦いを援護した。




