11-連携の成果
殺風景。
部屋には言った途端、僕の脳裏に浮かんで来たのはその三文字だった。
部屋にあるちょっとばかりの色どりは、クーデリアが用意したものだとすぐ分かる。壁に掛けられているのは刀、棍棒、鎖鎌、拳銃、散弾銃、ライフルなどなど。おおよそ年頃の娘さんが持っているとはとても想像できないものばかりが並んでいた。
「あっ、お疲れ様ですトラさん!
もう、心配したんですよぅ?」
「ごめん、クー。それにみんなも。
ところで、アリーシャちゃんはどこに?」
「いまは隣の部屋だ。
あの時『力』を使った影響だろう、疲れて眠っているよ」
あの時。部屋にコンバットロスペイルが侵入してきた時、誰よりも早く反応したのは彼女だった。彼女はコンバットに掌を向け、何らかの力を発動させた。コンバットが放った砲弾は空中で爆発し、僕たちに被害を及ぼさなかった。彼女の謎めいた力に助けられたのは二度目だ。おかげでこちらも変身する余裕を確保することが出来た。
(アリーシャ……あの子はいったい、何なんだろうか?)
それもオーバーシアについて調べて行けば、分かることなのだろうか?
市長軍はすでに彼女について一定の情報を得ているのだろうか?
「よっ、厄介なことに巻き込まれてもうたようやな。
GPSとか埋め込まれてへんか?」
僕の思考はエイファさんに断ち切られた。
空想を終え、現実に戻るべき時が来た。
「いや、そう言うことはなかったような気がしますよ。
っていうか、エイファさんもう僕がどこに連れてかれたか分かってるんですね」
「そら当たり前やろ。
オンラインの監視カメラ乗っ取るくらいちょちょいのチョイや」
シティの中にあって、この人の目に触れない場所などほとんどない。
「じゃあ、隠しても仕方がないと思うので言っちゃいます。
市長軍に拉致られました」
僕は大まかな経緯――市長がロスペイルだということは除いて――を話した。少なくとも対オーバーシア戦線において、市長軍とは協調出来るという点だけは伝えたかった。
「何をしたかは知らんが、素晴らしい交渉手腕じゃないか。虎之助くん。
連中を追い掛けるにしろ何をするにしろ、大分やりやすくなった。
お手柄だぞ、実際」
「ま、敵は一体でも少なく、味方は一体でも多い方がええ。
寝首かかれんうちはな」
取り敢えず、その点に関しては了解してくれたようだ。警察と市長軍、司直に関わる連中を仲間に取り入れられたのは大きい。手に入る情報量は桁違いになるだろう。
「あとは、セルゲイ某に関する情報が手に入れば……」
そう言ったところで、ポストに何かが投函された。ドアスコープ越しに、足早に立ち去って行く人影が見えた。恐らくは市長軍が寄越した情報伝達員だろう。
「気を付けて開けよ、虎之助くん。
カミソリレターかもしれんからな」
「そんな学生の悪戯じゃないんですから……
ほら、見てください。真面目な資料です」
大き目の茶封筒に入れられていたのは、セルゲイ=グラーミンに関する資料だった。市長軍諜報部の印も入れられている。見てみるとかなり詳細に書かれており、これが一昼夜でやったものではないことは明白だった。市長軍は早い段階から彼に目をつけていた。
「ま、んな早くから目ェつけてたんなら、さっさと拘束すりゃええもんを」
「法律の縛りなんかがありますからね。
僕たちほど自由に動き回ることは出来ない」
まず、1ページ目に目を通した。そこに書かれているのはセルゲイ=グラーミンの基本的なプロフィールであり、他の人たちは知っているからこそ読み飛ばしているものだ。僕は彼に関する基礎的な知識がなかったので、まずそれから攻めてみることにした。
セルゲイ=グラーミンはイーストポイントの社宅で生まれた、ごく普通の都市市民だった。20歳の頃警察官となり、それなりの成果を上げた……もちろんここには書かれていないが、恐喝などの非道行為も行ってきたのだろう。そんな彼に転機が訪れたのは、昇進を控えた36歳の時だった。
彼は突如として警察を辞め、市議会議員に立候補したのだ。警察官を中心にした人々の強力な支援を受け、彼は当選。以後16期連続当選している。警察の権限拡大に腐心しており、癒着と揶揄されることはあるものの、明確な違反行為の証拠は得られていない。
「この時に現れた支援団体っていうのが、オーバーシアなんでしょうか?」
セルゲイが議員になったのが16年前。警察権力と議員の権力を使い、不正行為に手を染めた。それを朝凪氏に見咎められ、殺害するに至った。エイジアであった彼を殺害することが出来るとすれば、それはロスペイルの力に他ならないだろう。
「クズが……追い詰めてやるぞ、必ずな……!」
エリヤさんの目には強い殺意が浮かんでいる。
見ているこちらが怯んでしまうほどに。
「エイファさん、エリヤさんの様子がいつもと違うような気が……」
僕は彼女ともっとも関わりの深いエイファさんに聞いてみることにした。
「仕方がないやろうな。あいつの両親は20年近く前に死んどる。
エリヤを生んですぐや、その後あいつを育ててくれたのが、朝凪の爺さん。
あいつにとって故朝凪幸三は自分の父に等しい人間やったんや。
その真相に肉薄しようとしているんやからな」
エリヤさんにそんな過去があったとは。単なる肉親、と言うだけではない。朝凪幸三は育ての親だったのだ。だからこそ、彼女は復讐に囚われているのだ。
「支えられる限り、支えてあげなきゃいけませんね。
痛々しくて見ていられない」
「同感や。探偵は冷静さが命、いまのあいつにはそれがない。
あのままやと死ぬで」
僕は頷いた。
乱れた精神状態で対峙出来るほど、容易い相手ではないのだ。
「セルゲイはイーストエンドにセーフハウスを持っているようだな……」
「イーストエンドに?
あんなところにいったい何があるっていうんですか?」
エリヤさんは同封されていた周辺の写真を見せてくれた。
そこにあったのは……
「玄室……! まさか、あいつは地下を発見したのか!」
「恐らく、パッセリーノが買い取った場所に偶然ここがあったんだろう。
これをきっかけにしてオーバーシアと接触した。
私の推測は間違っていると思うか?」
詳細は分からないが、大まかなところは合っているだろう。
「行くぞ。行ってすべてを確かめる。そのための戦いだ」
行くべき場所は一つだけ。
僕たちはイーストエンドへと向かった。




