11-サイケデリック・バースト
僕は集団の指揮官であるフラワーに、赤い戦士はコンバットに向かった。何らかの毒性物質を散布するフラワーと、通常のロスペイルとでは相性が悪い。
刃を振るいフラワーの首を狙う。茨の細剣でそれは受け止められるが、反動を込めて柄を持ち上げる。脇腹に柄頭を叩き込まれ、フラワーの体がくの字に折れた。僕はそのタイミングを見計らい、前蹴りを放ちフラワーの腹を打った。
息を詰まらせながら吹っ飛んで行くフラワー、僕は追撃を仕掛けようとした。だが、その間にモールが割り込んで来る。鋭い爪が持ち味だが、扱いは雑。刃と柄で振り下ろされた爪を受け止め、流し、よろけたところに回し蹴りを叩き込んだ。側頭部に蹴りを打ち込まれ、モールはビルの壁面まで飛んで行った。止めの一撃を危うく避けるが、モールはもはや戦闘を続行することは出来ないだろう。足取りすら確かではない。
「アッ……バカな、この俺が、『十三階段』が、こんな簡単に……」
モールは自らの敗北が信じられないようだった。だが、僕に言わせてもらえば当たり前のことだ。実質的な人質を取ることで有利を得るなど、自らの力を信じ切れていない証左だ。そしてモールの力はこれまで戦ってきたロスペイルの中でも際立ったものではない。ジャッジメントやトキシック、ゼブラと言った強豪と比べれば何ということはない。
視線を上げると、至近距離で赤い戦士とコンバットが打ち合っていた。コンバットは巨体を生かした力攻めを行っているが、赤い戦士はそれを巧みに受け流している。コンバットは火器を十分に使うことが出来ず、反面赤い戦士は爆発する拳を上手く使っている。
「どうしてここを襲って来たのか、理由を聞かせてもらおう。
どちらか片方でいいがな」
フラワーは構えを維持したまま、ジリジリと後退した。
モールは壁を突き立つ。
「ハァーッ、ハァーッ! フラワー、アンタのを、くれ。
俺にッ、くれ!」
モールは壮絶なる構えを取り、フラワーに言った。
言われた方が狼狽した。
「だが、あれは身体への負荷が強い。いまのお前が使えば、死ぬぞ」
「だからってよォーッ! ナメられてたまるか!
『十三階段』はよォーッ、名誉なんだよ!
教主に選ばれた神の戦士なンだ!
それがテメエ……ナメんなこらッ!」
恐るべき教主への信仰。
だがそれを打ち砕くために、僕は戦っているのだ。
僕は踏み込み、死に体のモールに打ち込んだ。
モールも動く。僕は――
「グワーッ!」
吹き飛ばされた。モールの腕が閃いたところまでは見えた、それがヘルムに叩きつけられる瞬間まで。だが、こんな力があるとは予想もしていなかった。
「ハァーッ! ハァーッ!
ハァァァァAAAAAAARRRGU!」
モールが両腕を広げ雄叫びを上げる! 全身の筋肉が不自然に盛り上がり、両目から不可思議な色合いの液体を流し、口の端から泡を垂れ流す! 危険薬物のオーバードーズめいた、凄まじく危険な状態だ! いったいロスペイルに何があった?
毒性物質放出の応用だろう。フラワーは神経に作用するタイプの薬剤も生成することが出来る、それを過剰に投与することによってモールを活性化させたのだろう。
「AAARGU!」「イヤーッ!」「AAARGU!」「イヤーッ!」
振り払われた爪を、装甲を集中させた手甲で受け止める。乱雑に打ち込まれた拳を打ちから外へ受け流す。凄まじい力、逆に吹き飛ばされそうになるほどだ。自らの爪さえも、自分の力で破壊してしまっている。モールの肉体がミシミシと音を立てる。
「止めろ、お前! こんなことをして、死にたいのかよ!」
「AAAA、お前を殺せるならッ、GR、本望だよッ!」
モールはもはや地中に潜ることすらも忘れ突っ込んで来る!
僕はそれを迎え撃つ!
「AAARGU!」「イヤーッ!」「AARGU!」「グワーッ!」
なぎ払われた腕を屈んで避け、水面蹴りを繰り出す。だがモールは止まらずハンマーパンチを繰り出して来た。背面装甲が押し潰され、視界が揺らぐ。続けて振り下ろされた拳を転がり避け、何とか体勢を立て直す。接近戦は分が悪い。
僕は再び長刀を作り出した。フラワーも押し込みを掛けようと、白い茨を打ち込んで来る。茨を打ち落とすのとほとんど同時に、モールが飛びかかって来た!
「AAARGU!」「イヤーッ!」「AAARGU!」「イヤーッ!」
泡を吹きながら腕を振り回すモール! 必死にそれを捌き、小刻みな攻撃を繰り返すが、しかしモールは止まらない! ありとあらゆるものを、自分さえも破壊しながらモールは突き進む!
しかし、それが途中で止められた。
見ると、長刀の柄に白い茨が絡みついていた。
(しまった! 建物を大きく迂回させてッ……!)
ショートブーストを発生させ茨を引き千切る。だが、間に合わなかった。横薙ぎに振り払われた腕が僕の右肩に当たった。抵抗だとか、そんなことを考える暇さえなく僕は吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。衝撃で意識がフラッシュアウトしかける。
好機を見たモールは右足でタメを作り、タックルを仕掛けようとした。この体勢なら防ぐことも出来ず、仮に防げたとしてもスピードとウェイトで殺せる。そう判断したのだろう。
だがそれは、僕がずっと待っていたタイミングでもあったのだ。
「ッ……!? よせ、モール! 踏み込むなッ!」
フラワーは一瞬早く気付き、叫んだが、理性を失ったモールはそれを聞かない。右足に自重を掛けた瞬間、モールの体が大きく揺らいだ。これまでの過剰な運動、そして何度も打ちこんだ長刀によって、すでにモールの右膝は限界を迎えていたのだ。
「ブースト……ストライク!」
倒れ込んで来るモールに、僕は長刀の切っ先を向けた。装甲が分解され、刀身へと変換されて行く。過剰熱量の込められた刀身が。刃はモールの頭部をあっさりと貫通し、串刺しにした。
刃を引くと同時に倒れ、モールロスペイルは爆発四散した。
「まず、一体。次はお前だ、フラワー……!」
事務所のあったあたりで爆音が響き、赤い戦士が降りて来た。同時に、爆発四散の音が聞こえて来た。あの爆発する拳でデカブツを仕留めたのだろう。
「これで終わりだぜ、オーバーシア。
手前らの企み、全部話してもらうからな」
赤い戦士は指を向けた。
フラワーは観念したように肩をすくめた。
「潮時、ということか。
いいだろう。キミの命、ひとまずは彼に預けよう」
フラワーは二本の細剣を振るった。すると、黄色い花粉のような物体が辺りに舞った。フラワーを覆い尽くしたそれが晴れた時、彼女はもうそこにはいなかった。
僕と赤い戦士は向き合った。
そして、僕たちを、否、僕を市長軍が包囲した。
「抵抗すンな、手荒な真似をする気はねえよ。
ちィと、話を聞きたいだけだ」
そうする意味もないだろう。
こうなっては逃げることさえ出来ないのだから。




