11-淫行社長を追え
翌日、ノースエリアの雑居ビル。
片倉刑事に呼び出され、僕たちはそこにいた。
「派手にやっているみたいだな。
ここんとこ、こんな事件ばかりじゃないか?」
事務所内は凄惨な殺人事件の現場となったようだ。ヤクザのデイリかとも思われたが、どうにもそう言うわけではないようで、僕たちにも声が掛かった。と、言うのも、死に様が特異だったのだ。苦悶の表情を浮かべて死んだ彼らを見た。
死因は様々だ、頸動脈を千切られての失血死、毒物による中毒死、あるいは全身の皮膚を食い千切られてのショック死。ほんの数日前に起こった事件との符号が見える。
「長年鑑識やってるがよォッ、こんなのは初めて見るぜ……」
年老いた鑑識官が口元を押さえて言った。彼にとっても、あまり愉快ではないものなのだろう。不快な小僧がいるというのに不満の一つも口にしようとはしなかった。
「彼らの身元は分かっているんですか?
その、武装しているようですが」
彼らが持っているのは45口径の大型拳銃、所有が規制されるタイプだ。しかも彼らが来ているのは威圧的なダブル・ヤクザスーツ。パッと見普通のスーツと区別を付けるのが難しいが、よく観察してみると鎖帷子めいて金属が編み込まれている。もちろん防弾防刃のためだ。
「ああ、しかも胸元の金バッジ。
こいつは村上組で使われているものだぞ」
かつては組織犯罪対策課にいた片倉さんは、ヤクザバッジに関する豊富な知識がある。
「と言うことは、カタギの警護をヤクザがしていたってことですか?」
「事務所の持ち主はマリオ=パッセリーノ。
昨日から行方不明になっている」
「で、ここから逃げ出そうとしたところを見た人がいるんでしたっけ?
表に呼び出しておいたリムジンに飛び乗って逃走した、と。
追跡は出来なかったんですか?」
「携帯に連絡したが誰にも会いたくないと言い張っている。
相手が相手だ、こちらとしても手が出し辛い。
パッセリーノと言えば議会にも影響力を持つ大物だ」
そのことなら僕も聞いたことがある。マリオ=パッセリーノは10年ほど前から勢力を拡大して来た、新興建設業者だ。高額な公共事業を次々とモノにして頭角を現した。その背後には暴力的な勢力が絡んでいたとも噂されているが……
「では、ちょっと事務所を調べてみるとしよう。
面白いものが見つかるかもしれん」
「あンまり現場荒らしてくれんなよ。
何か見つけてくれんなら、それは歓迎するがな」
鑑識官の老人は僕たちにそれだけ言うと、仕事に戻って行った。彼らの仕事を邪魔しないように、僕たちはパッセリーノの事務室へと向かった。室内は無残な状況だった。
「引っかき回したようだな。しかし、荒らされたというよりは……」
「ここにあったものを持ち去った、と言う感じですね。
本棚なんかは手を付けていない」
恐らくはパッセリーノ氏が逃走に際して部屋にあったものを持って行ったのだろう。何がここにあったのか、という問いには答えを持たない。だが彼にとって不利になるものがあったのだろう。デスクの下には金庫があったが、しかし。
「現金には手を付けていないな。
だが、ここに何かがあったことは確かだ」
考えてみる。金庫に仕舞うほど大切で、金よりも優先するべき物、となると……
「犯罪の証拠。例えば裏帳簿とか、そういうものでしょうか?」
「だろうな。化け物に追い掛けられるネタになるほどのもの……
爺さんに関わりがあるかもしれんな。
奇しくもこいつを襲った化け物と私たちは目的を同じくするわけだ」
エリヤさんは確信を持って行ったが、しかし僕は首を傾げざるを得なかった。
「待ってください、エリヤさん。
数日しか間が空いていませんけど、彼が村上と関わりがあるかは不明です。
確かにここには村上組の護衛はいましたけど……」
「いいや、エイファに調べてもらった。
二人のネンゴロ関係は15年前まで遡ることが出来る。
村上が土地を押さえ、パッセリーノが買い上げる。
そして開発機構に売却することで差額をせしめる。
奴はこの街を食い物にしていた。その証拠があるはずだ」
公共工事を利用したヤクザのシノギ・ビジネスだったということか。だが、少しだけ違和感が残る。問題はどうやって開発される場所を知ったのか、ということだ。
「二人には開発事業の全容を知ることは出来なかったはずです。
つまり、彼らの仲介を行っていたもう一人の人物がいるということだ。
どうでしょう、エリヤさん?」
「当然、そこは考えて調べてもらった。だが、用心深い人物のようでな。
こいつらとの接触はおろか通信記録も残しちゃいなかった。
一筋縄ではいかない怪人ってことらしい」
下手をすれば懲役刑さえもあり得る犯罪だ。
手を回しているのは当たり前だ。
「探ってみるしかあるまい。
パッセリーノの行方を探せば、自ずと繋がって来るはずだ」
「とは言っても、パッセリーノがどこにいるのかさえ分からないのに……」
僕は頭を掻いた。事件があった時間帯が悪かった、深夜になってこの辺りのオフィス街に留まっている人間はそう多くない。いるとしてもビルの中で決死の残業を行うサラリーマンたちだけだ。外で起こっていることに気を回している時間などないのだ。
「こういう時は交友関係から当たってみるといい。
そう言えば、この間の週刊誌で気になる情報があったような……
おお、そうだこれ。これだよ」
エリヤさんはバッグに仕舞っていた週刊誌を取り出した。再生紙のざらついた感触が気持ち悪い。グルグルに丸まっており、エリヤさんの生活感が垣間見えた。
『女子高生との深夜の密会!? 企業家M氏、淫行か』。
随分スキャンダラスな記事だ。これをすっぱ抜いたジャーナリストは、二日と生きられなかっただろう。奇妙に盛り上がった頭髪といい、上等なスーツと言い、パッセリーノに間違いはなさそうだ。
「しかし、これってウェストの学生寮ですよね?
どうしてこんな……」
「ここは確か、セキュリティのしっかりしたところだったからな。
逆に言えば、パッセリーノのような大物を隠してくれるようなところでもある。
学園にも多額の支援をしているからな。不祥事なら喜んで隠すだろうさ」
しかし、大企業の社長が女子高生とネンゴロか。
世も末だ。いや、今更か。
「さて、それではこんなことをしている場合ではない。
行くぞ、虎之助くん」
「ああ、ちょっと待ってくれ虎之助。言っておきたいことがあるんだ」
出て行こうとして、片倉さんに呼び止められた。外で待っていてください、とエリヤさんに行って、僕は奥の方に入って行った。階段の踊り場に連れて行かれた。
「どうしたんですか、片倉さん? こんなところに何か?」
「いや、そう言うことじゃない。
ただ、エリヤの動向に気を付けておいてほしいんだ」
えっ、と声を上げて、しかしすぐに気付いた。
彼女はターゲットに恨みを持っている。
「でも、大丈夫でしょう?
あの人はプロの探偵です、感情を律することが出来る」
「他人ならばな。だが、朝凪の爺さんは別だ。
彼女の親代わりで、あの子はよく懐いていた。
爺さんを亡くした時、あいつは亡骸に縋りつき三日三晩泣き続けた」
片倉さんは紫煙を吐き出しながら言った。
彼にとっても、苦い思い出なのだろう。
「だからエリヤのことは気にかけてやってくれ。
あれで、弱いところもあるんだ」
「……分かりました。
どれだけのことができるかは、分かりませんけれど」
僕は頭を下げて、今度こそその場から立ち去ろうとした。
その背中に声が掛けられる。
「もし、犯人のことが分かったら俺にも……
いや、何でもない。気にしないでくれ」
片倉さんは屋上に昇って行った。痕跡を探すためだろうか、そうではないだろう。彼もこの事件には強い関心を抱いている。それが個人的なことなのか、それともエリヤさんを気遣ってのことなのか。
僕にはいまいち、分からなかった。




