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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第三章:闇の中より覗く瞳
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10-去る者と残る者と

 御桜さんは太い足で跳躍、ビルからビルへと跳んだ。

 僕もそれを追いながら叫ぶ。


「待ってください、御桜さん! 話を、話を聞いて下さいよッ!」


 『オカモト』の看板がかかったビルの屋上に、彼女は降り立ち、止まった。僕もそこに着地し、変身を解除した。御桜さんは目にも止まらぬ速度で振り向き、爪を向けて来る。僕の体を引き裂かんばかりの勢いで放たれた爪は、しかし目前で静止した。


「もし、あたしに殺す気があったら死んでたよ。

 それでも、いいっていうの?」

「御桜さんが正気を取り戻しているって、僕は信じていましたから」


 彼女の体が光に包まれた。

 2m以上あった身長が縮み、彼女の姿が戻って来た。


「あたしを信じて、死んじゃったらどうするんだよ。

 あなたには、守らなきゃいけない人たちがいるんだろう?

 それを、こんな……化け物のことを信じるような真似を!」

「違います、あなたは人間だ。

 それはあなた自身が分かっていることじゃないんですか」


 僕は御桜さんの肩に手を置いた。

 彼女はビクリと震えたが、僕を突き飛ばさなかった。


「帰りましょう、御桜さん。

 あなたには帰る場所があって、帰りを待っている人がいるんです。

 例え人間でなくなってしまっても……人であろうと思っているのならば。

 人として生きるつもりがあるのならば、きっと生きて行けると思うんです」


 御桜さんは唇をかみしめ、天を仰いだ。

 鈍色の雨が僕と御桜さんを濡らした。


「ダメだよ、結城さん。あたしはもうダメだ。

 もう、戻る資格なんてないんだ……!」

「そんなことはありません! あなたは……」

「あたしは人を殺してしまった!

 あたしはもう、人の社会で生きていけない存在だ!」


 僕は息を飲んだ。確かに彼女は、そう……戦いの余波に巻き込まれ、アスファルトの散弾に撃たれ、踏み潰されて、死んだ人は大勢いる。そして、僕は人を殺すロスペイルを倒すために戦っている。それに従うなら、彼女は倒すべき敵だ。しかし……


 振り上げた拳を振り下ろすことなんて、僕には出来ない。彼女が被害者であることは誰よりもよく知っている。だから……だから僕は、彼女を見逃そうとしているのか?


「……人だって、人殺しの罪を犯すことはある。

 でも、罪を償うことは出来るはずですよ。

 あなたに人として生きて行くつもりがあるのなら……!」

「ありがとう、結城さん。優しいんだね、あなたは……本当に」


 優しい?

 違う、エゴイスティックなだけだ。それも自分の思いすらも貫けぬ中途半端な存在。自分の事情で信念をころころと変える最低最悪な存在。


 彼女のは右腕を怪物の物に変え、拳を握り十分に加減した一撃を繰り出した。あまりの痛みに、僕は動くことすら出来なくなる。吐瀉物が迸り、地面を汚した。


「父さんには、死んだって言っておいてほしいな。

 それから、ありがとうって」


 そんな重い、大切なことは自分の口から伝えてくれ。そう言おうとしたが、口が思うように動かなかった。御桜さんは跳んだ、彼女を見つけることはもう出来なかった。




 5分後、ようやく動けるようになった僕は下に降りた。地獄絵図の如き光景だった。フラワーロスペイルの謎めいた攻撃を受けた人々は既に事切れていた。僕たちの戦いの余波で死んだ人々が運び出されて行く。吹き出した鮮血がグラフィティめいて刻まれた。


「トラさん!

 大丈夫ですか、刺されたって聞きましたけど……!?」


 クーはユキと一緒にいた。ユキはお腹を押さえ、具合悪そうにしているが、取り敢えず命に別状はなさそうだ。アストラの鎧の力だろうか?


「ああ、僕は大丈夫だ。それより、刺されたっていったい誰に?」

「黄色いエイジアですよ! ジェイドでしたっけ?

 あの人はいなくなりましたけど」


 さすがに逃げ足が速い。けたたましいエンジン音が聞こえて来たかと思うと、市長軍の装甲車が何台か現場入りした。ここまでの被害者が出れば、彼らも黙っていられない。


「取り敢えず帰ろう……

 どれだけ犠牲者が出たかは分からないけど、いまは……」


 今更になって痛みが蘇って来る。僕はその場に腰を下ろした。携帯端末で母さんに連絡を入れる、こちらは問題がないこと、そしてユキを預かっていることを。


「いまエイファさんたちを呼んでいます。一緒に帰りましょう」


 脂汗が止めどなく流れ、痛みが意識を刈り取ろうとする。


「なあ、ユキ。

 お前が使っているあのデバイスをくれたのは、クーだろう?」


 だから僕は二人に問いかけることにした。ユキははにかんだような笑みを浮かべて頷き、クーは笑顔で答えた。大事な弟に何をしてくれるか。


「ハイ、地下都市構造体で見つけたものです。

 エリヤさんはあんまり好きじゃないって言っていましたから。

 アリーシャちゃんと二人きりになった時に渡してあげたんです。

 あれを使って守ってあげられたらいいな、と思って」


 おかげさまで命を守られたのだ、特に文句はない。

 それでも……


「心臓に悪いから、今度からはこういうことをしたらちゃんと報告をいれてくれ」

「へへっ、ごめんなさいトラさん。今度からは、絶対に」

「それから、ユキ。気を付けろよ。

 あいつらに目を付けられたかもしれないから……」

「うん、ありがとう兄さん。僕も、気を付けるよ」


 僕は壁に体を預け、少しだけ目を閉じた。数分後、二人が合流して来たので、僕たちは事務所へと向かって帰って行った。騒乱の後をそこに残したまま。


 翌日、市長軍は正式に声明を発表した。

 現在サウスエリアで頻発している事件には、カルト宗教団体オーバーシアが関与していること。百名規模で死傷者を出した集団を特定過激思想団体と認定し、徹底的な調査と鎮圧を行うこと。


 シティ全体に戒厳令が発令された。

 オーバーシア狩りが始まろうとしていた。


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