表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第二章:黄と赤と幻の都
62/149

09-見据える『敵』

 個人用エアプレーンを所有している人間は少ない。そして彼はその僅かな一人だ。だがそれは操縦できる人間がいないということではない。操縦桿はエリヤが握った。


「大丈夫なのか、お前は?!

 本当にこれを操縦出来るんだろうな!?」

「賠償請求されないように頑張って見せるさ。

 舌を噛まないように注意していろ!」


 計器類をチェック、少し燃料は少ないが問題ない。

 二つのローターがゆっくりと回転を始め、機体がほとんど垂直に飛び上がった。それは段々と速度を増し、黒炎と炎を切り裂いて空に舞い上がった。鈍色の空に、白い軌跡が描かれた。


「終わりだ、もうおしまいだ……私は、私はもう……」

「ううッ、狭いですよエリヤさん。

 これじゃあ潰れちゃいますよぉっ」

「すまんね、シティに着いたら降ろしてやるからさ。

 それまで待っていてくれ」


 エアプレーンのスピードなら1時間もしないうちに辿り着くだろう。現にビルの長い影が視界に映っている。ルークは相変わらず、絶望的な繰り言を紡いでいる。


「なあ、あんたもそろそろ現実を受け入れたらどうだ?

 施設は崩壊しちまったし、アンダー・ザ・サーティーンとやらも死んだ。

 もうどうしようもないだろう?」

「お前は分かっていない。

 クルエルさんは死なない、絶対に俺を殺しに来る……」

「どうかな? エイジアは強い。

 あんな奴、指先一つで弾いちまうさ」


 クーデリアも頷いた。

 トキシックは強い、だが虎之助が負けるとは思っていなかった。


「あんたはどうするんだ。このまま唯々諾々と殺されちまっていいのか?

 あんた?」

「……よくない! 私は全然儲けていないんだぞ!

 それなのに、あいつら……クソ!」


 ルークの脳裏に、彼らからもたらされた屈辱的な待遇の数々が思い出される。珍重していた部下を殺され、地下に妙な施設を作らされ、それでいてマージンは微々たる額。逆らえば威圧的な演舞が開催され、時には部下が木人代わりにされた。実のところ、今日は胸のすく思いがしていたのだ。


「なあ、ルークさん。これはチャンスだぞ?

 あんたの人生にのしかかってくる困難を排除する術がある。

 私たちに協力さえしてくれれば、矢面に立たなくたっていいんだよ。

 アンタが情報をくれれば、あいつらは私たちで排除してやる」


 ルークは思った。これは悪魔の契約だ。


 ならば……乗った!


「分かった、くれてやる。

 代わりに、代わりにあいつらを絶対に殺してくれ!」

「ああ、分かった。探偵は依頼人を裏切らない、そういうものさ」

「あいつら私の部下を殺しやがった! ネンゴロにしていたあいつも……」


 都市の影がどんどん近付いてくる。

 エリヤは安堵したような笑みを浮かべた。


 CRASH。

 DOOM。


 そんな音が聞こえて来たのは、まさにその時だった。

 フロントの防弾ガラスが粉々に砕け、隣にいたルークの頭が粉々に弾けた。


「これは……! まさか、敵の攻撃か!

 だが、いったいどこから攻撃を!?」


 エリヤは周囲を見渡した。襲撃者の影は見えない。

 だがクーデリアは前を指した。


「見てください、エリヤさん。

 あそこです。あそこに、人影が……」


 確かに、そこに人影があった。

 地上400mはあるビルの屋上に。だが、それは。


「ここから3kmは離れているぞ……!?

 あんなところから狙撃など、出来るわけが」


 ビルの上にいた影が、腕ほどに太い何かを構えた。エリヤはハンドルを傾け、120度機体を傾けた。しまっていなかった車輪が何かにもぎ取られた。


「決まりだな、あいつだ。

 あいつは何らかの手段を使って攻撃を……!」

「どうするんですか、エリヤさん!

 この距離じゃあどうしようもないんじゃ……」


 エリヤは猛獣を思わせる凶悪な笑みを作り、機体を更に加速させた。時速120kmをゆうに超える鉄塊が迫って来るのを見て、屋上の人物が鼻根を寄せるのが見えた気がした。

 大柄なテンガロンハット、ダスターコートにジーンズ。ウェスタンスタイルの大男が発砲。エリヤは機体を傾けかわした。ルークの体に二発目が撃ち込まれた。


 摩天楼の屋上にエアプレーンが墜落!

 エリヤとクーデリアは一瞬早く脱出し、屋上に転がった。クーデリアは起き上がりざまにガトリングガンを発砲! 航空燃料に高熱を纏った弾丸が命中し、燃え上がり、そして機体ごと大爆発を起こした。


「……やったんでしょうか?」

「いやぁ、やっちゃいない。構えを解くなよ」


 ダスターコートの男はクルクルと回転しながら炎の中から飛び出し、着地した。


「ドーモ、アンダー・ザ・サーティーンの刺客。

 私は私立探偵、朝凪エリヤだ」


 エリヤは挑発的な笑みを浮かべて男を見た。

 男は無表情に二人を見る。


「俺のことを知っているのか。

 この男がいたということは、クルエルか」

「あの男なら死んだ。

 アンタも大人しく、その後を追ってくれると助かるんだが」


 ダスターコートの男はふんと鼻を鳴らし、踵を返した。

 クーデリアは銃を下げない。


「クルエルを殺したというのならば、こちらも本気で戦わねばならん」

「望むところだ、クソども。貴様らの好きにはさせんぞ」


 それを聞くと、男はビルから身を躍らせた。

 やはりロスペイルだったのだ。


「アンダー・ザ・サーティーン……

 いったいどういう人たちなんでしょうか?」

「さあ? 分かっていることと言えば……

 さっさと逃げなきゃヤバイってことだ」


 サイレンの音が近付いてくる。こういう時だけ対応が早いものだ、とエリヤは思った。二人の超人は同じように屋上から身を躍らせ、夜の闇の中に消えて行った。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 今回の仕事は散々な結果に終わった。

 モニターを眺めながら、つくづくそう思う。


『午前0時頃、トルニクス産業廃棄物処理場で大規模な火災が発生しました。

 懸命な消火活動が続けられていますが、依然火は消し止められていません。

 現場では死者行方不明者合わせて10名以上が確認されており……』


『トルニクス氏はプレーンで逃走中に事故に遭い墜落したものと見られます。

 病院に運び込まれましたが、全身を強く打ち死亡が確認されました。

 警察では余罪を追及し……』


 僕は電源を切った。

 事務所内を重い沈黙が支配していた。


「大変なことになってしまいましたね。僕のせいだ……」

「あのロスペイルが自爆装置を発動させたのさ。

 原因を作ったのはお前かもしれんがな。

 奴らの所業にまで心を痛めていたら、要らぬ苦しみまで背負うことになるぞ」


 エリヤさんは煙草に火をつけようとした。

 だがすぐにさかさまだと気付いた。


「私たちに出来るのは、これ以上被害者を増やさないことだけだ。

 死んでしまった人々のことは……どうしようもない。

 一度戦いを始めてしまった以上は、な」

「分かっています、エリヤさん。

 僕だって、こんなところで放り出すつもりはない」


 せめて、前を向こう。

 糾弾も怨嗟もすべて受け入れて、前に進もう。


「ただいま帰りましたのー!」


 そんな風に考えているとアリーシャがユキと一緒に帰って来た。


「ごめん、ユキ。アリーシャのこと、一晩頼むことになっちゃったね」

「ううん、いいんだよ。

 父さんも母さんもちゃんと受け入れてくれたからね」


 両親にはアリーシャの出自に関しての情報も伝えてある。謎めいた地下都市、そして彼女を狙う者たちの存在。受け入れてくれたことを感謝しつつも、家族に何の被害もなかったことが素直にうれしい。出来ることなら、それほど頼りたくはない。


「それじゃあね、兄さん。アリーシャちゃんもまた、ね」

「はい! またですの、ユキ!」


 アリーシャは去っていくユキに向けて手を振った。子供っぽい子だな、と思った。あるいはユキが14にしては大人び過ぎているのかもしれないが。


「ま……これからのことをはこれから話し合うことにしよう。

 飯にでもしないか?」

「いいですね!

 この時間ならきっと空いてるでしょうし、マーセルに行きましょう!」


 あれ以来、クーはマーセルのバイオ料理を気に入ってしまったようだ。多少は躊躇われるが、しかし一同特に反対意見は無いようだ。仕方ない、僕も受け入れるしかない。


「分かったよ、それじゃあ行こう。今日の会計は僕が持つよ」

「ええっ、マジですか! ありがとうございます!」


 もともとクーはカネを持っていないので、僕かエリヤさんのどちらかが持つことになるのだが。戸締りを済ませ、部屋を後にする。マーセルへの道中で、僕は考えた。これからのことを。トルニクスの下に残っていた資料、それはこれからの道しるべとなった。


(……『真理射抜く瞳(オーバーシア)』)


 おぞましき十字眼のシンボルの下には、そう書かれていた。

 オーバーシア、それがこの街に巣食う敵の名前。


 初めてわかった気がした。

 僕はこいつらと戦うために、エイジアとなったのだと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ