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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第二章:黄と赤と幻の都
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08-もう一人の記憶喪失少女

 朦々と立ち上る黒煙。建造物の窓ガラスが爆発の余波でことごとく粉砕されていた。クーは構えを解き、『よし』と一言言った。シールドは掌大の鉄塊へと変わった。


「よし、これで何も問題はありません。

 帰りましょう、トラさん」

「待て待て、いろいろ問題がある。

 あのバイクはいったい?

 それに、その武器は……」

「気になるのは分かるけど、ここを脱出するのが先なんじゃないのかな?」


 物陰に隠れていたジェイドが変身を解除しながらこちらに歩いて来た。


「黄色いエイジア……! 貴様、いったい何の目的で!」

「それも外に出てからだ。

 獣どもが騒ぎを聞きつけてこちらに来ている。

 このままここにいたら、確実に面倒なことになる。

 それでもいいっていうなら、いいけどさ」


 ジェイドは挑発するように言った。

 エリヤさんは刀に手をかけた。


「行きましょう、みんな。悔しいけどこいつの言う通りだ。

 話しは後でも出来る」

「……分かった。だがおかしな真似をしてみろ。貴様を殺す」


 ジェイドは肩をすくめた。僕が先頭に立ち、ジェイドがその次。クーとエリヤさんがバイクを押して後に続いた。焼け溶けたアスファルトの熱が、まだ残っていた。


「あそこがポーターだ。中に入れば、あとは簡単。

 キミたちは外に出られる」

「ああ、そうか。

 でも、外に続いているようには見えないんだけど……」


 背後でガラガラと音が鳴った。僕たちは振り返り、息を飲んだ。あれだけ圧倒的な破壊力に晒されたベヒモスが、生きていたのだ。憎悪に塗れた目が、僕たちを睨んだ。


「そんな……! あの力でもダメだっていうのか……!?」


 ベヒモスの口元に炎が灯る。

 この距離では、回避は不可能。どうすれば――


 僕の頭の横から、小さな手が伸びた。

 いつの間にか目を覚ましていた少女、アリーシャの手。

 ベヒモスの手前、その空間が歪み、そして爆発した。

 悲鳴が辺りに響き渡る。


「乗れ、お前たち!

 これ以上あいつに構っている暇はない!」


 ジェイドの叫びに、僕たちは我に返った。ポーターの中に飛び込む。そこは、白の玄室とよく似た場所だった。狭い室内に僕たち4人が、そしてジェイドが入り込んだ。ジェイドは慌てて扉を閉め――その直後、僕たちはよく見知った街中にいた。


「……はぁ!?」


 これまで経験したことの中でも、飛び切りワケの分からないことだった。

 僕たちはイーストエンドから地下都市に入ったはずだ。だが、いま僕たちがいるのはサウスエリアだ。物理的な距離にして、5、60km離れた場所に移動したことになる。


「これがポーターだ。

 旧文明のテクノロジー、地下都市が発見出来ない理由さ」

「僕たちはテレポートして来た……

 ってことなのか? そんなバカな?」

「そうじゃない。

 ただ、地下都市とこちら側とじゃちょっと位相がズレているってだけさ。

 厳密にはあの場所は地下にはない、切り取られた空間の狭間に存在する。

 無限に引き延ばされた空間の中では、距離だとかそう言うものは無意味だ。

 そうだろう?」


 言われてもワケが分からない。

 位相がズレているだの、どういうことなのだろうか?


「ま、それなりに楽しかったよ。

 虎之助くん。また会える日を願っている」

「逃がすと思っているのか? ジェイド……」


 僕はキースフィアを取り出し、ジェイドに見せつけた。

 静かな緊張感が走る。


「……と思ったが、止めておくよ。

 この子のこともある、さっさと消えろ」


 僕は背負ったアリーシャを指さした。

 ジェイドは楽しそうに笑った。


「ま、その子のことは頼んだよ。

 正直、僕はそれが何なのかよく分からないんだ」

「はあ? お前、さっきお宝だとか言っていただろ!

 何なんだよ、お前はいったい!」

「僕はこのノートに従っていただけさ。

 じゃあ、また会おう虎之助くん」


 ジェイドは懐からノートを取り出し、僕に投げつけて来た。

 古ぼけ、すり切れたノート。下手をするとバラバラになってしまいそうだ。これは何だ、と聞こうとしたが、その時にはすでにジェイドはいなかった。二人の目を誤魔化せるということは、カードを残していたということか。何がもう使えない、だ。食えない奴め。


「ったく、あの男……いったい何者なんだ?

 それに、このノートはいったい」


 ノートの表紙には『朝凪幸三』と言う名前が書かれていた。


「なっ……!? バカな、これは爺さんの、ノートなのか?」


 エリヤさんは心底驚いたような表情を浮かべた。


 どうして事務所の所有者であり、先々代のエイジアである朝凪幸三の名が?

 疑問符だけが僕たちの心を覆い尽くした。




 僕たちは少女を背負い、事務所まで戻った。あのバイク、『スレイプニルMK3』も一緒に。免許を持っているエリヤさんがそれを事務所のガレージまで運んだ。


「お帰んなさい……って、何やお前ら。ガキ連れて来るって」

「僕だってそんな予定はなかったですよ。

 悪いですけど、ソファ空けてもらえますか?」


 さすがにエイファさんも子供から寝床を取るような真似はしなかった。彼女を横たえ、一応洗濯した布団を掛けてあげた。彼女はまた、安らかな眠りの中にいる。


「この子は?

 っていうか、イーストエンドでいったい何があったんや?」

「何があったのか、か。私たちもよく分からんのだ。

 なので、話しながら整理しよう」


 僕たちはあそこで起こったことを順繰りに話した。

 エイファさんも傾聴している。


「伝説の地下構造……いやぁ、まさかそんなのがあったなんてなぁ」

「信じてないでしょ、エイファさん。僕たちだって信じられませんけど」


 地下都市構造体で起こったことはまるで白昼夢めいた、まるで現実感のないものだった。この子がいなければ、クーが持ち帰ったものがなければ、あれが現実だったと認識することさえ出来なかったかもしれない。本当にワケが分からない。


「ジェイドはこの子を連れて行かせて、いったい何がしたいんだろうな……」


 分からない、僕には何も。そんなことを考えていると、少女が小さく呻いた。大きな、吸い込まれそうな青い瞳を僕たちに、否、部屋全体に向けた。周囲の状況を観察し、そして僕たちを見た。エイファさん、エリヤさん、クー、そして僕。


「気が付いたかい、アリーシャちゃん?」

「うー……あなたたち、誰ですの? ここ、いったいどこですの?」


 安心してくれ、怪しいものじゃない……


 あからさまに不審な言葉が浮かんで来た。


「僕は結城虎之助、私立探偵だ。

 キミのことを街で見つけて、保護したんだよ」

「街……? そう、ですの。(わたくし)は……」

「キミの名前は? どこから来たのか、僕に教えてくれないかな?」


 彼女、アリーシャはパッと微笑んで言った。


「私、アリーシャ! アリーシャ=マックスベル!

 どこから、来たのか……」


 勢いよく名乗って、そしてすぐ減速した。

 まさか、この子も……


「もしかして覚えてないの? キミの名前以外のことを、全部」


「そうですの! 私、覚えてません! そう……記憶喪失らしいですの!」


 最近流行ってるのかな、こういうの。

 僕は現実から逃げ出したくなった。


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