07-紅蓮の炎と赤い戦士
御桜さんと並び、僕は市庁舎前へと向かった。セレモニーが行われるのはあそこの広場だ。中心部に近付いて行くにつれて、人口密度は徐々に高まって行く。
「それにしても偶然ですねー。
別に遊びってわけじゃないんでしょうけど」
「ご名答。実はある事件を追っていて。
そのためにここまで来たんですよ」
御桜さんは露店で買ったアップルキャンディーを咥えて目を丸くした。いかにもわざとらしい態度で、僕も吹き出してしまう。そんな僕を見て御桜さんも笑った。
「こんな休みの日にまでお仕事なんて、お疲れまです結城さん」
「いままで楽してたツケが来たってだけさ。
ところで、御桜さん。僕のことを『さん』づけで呼ばなくてもいいですよ?
あなたの方が年上なワケですし……」
何となくむず痒くなってしまうのだ。しかし御桜さんは唸った。
「でも、あたしより立派な人じゃないの。結城さんはさ。
あたしは親の金でベンキョーしてるけど、あなたは自分の力で生きてる。
そう言うのって、すごいことだと思う」
「あんまりスゴイわけじゃないけど……
そう言ってもらえると、その、嬉しいです」
真正面からそんなことを言われると照れてしまう。
あんまり言われ慣れていないのだ。
『トラー、さっさと行かんとセレモニーが始まってまうで。
とっととせぇ』
……こういう風に辛辣なことを言われることが多い仕事なのだ。
「セレモニーに行かなきゃならないんだ。
ありがとう、御桜さん。楽しかったです」
「えっ、結城さんもセレモニーに?
奇遇ですね、あたしもなんです」
さっきから驚かされてばかりだ。
しかし、まさか御桜さんが一緒に……
「実は父さんがセレモニーに参加するんです。
参加って言ってもメインじゃなくて、雑用みたいな感じらしいんですけど。
なのでちょっと冷やかしに行ってやろうと」
御桜さんは悪戯っぽく笑った。
茶化している風だけど、そこには愛が感じられた。
僕たちは色々なことを話しながら進んで行った。弟のことという共通の話題があったのはよかった。僕たちは当人のいないところで盛り上がった。
やがて辿り着いた広場には、多くの人がごった返していた。普段のセレモニーではサラリーマンなどの企業関係者が多いが、今回はそうでない人も多いようだ。サウスエンド開発で広く支持を得ている市長が登壇するのだから、それは当たり前だろう。
「ひえー、スゴイ人だかりですね。
これじゃあ人の顔も判別できないわ」
「そうだね、参ったな。どうやってターゲットを探すか……」
僕はひとりごち、辺りを見回した。少し予定からずれるが、官公庁周辺にあるビルにはまだ空きがあるようだ。喫茶店にでも入れば不審さもなく周囲を監視出来るだろう。
「御桜さん、向こうのビルに行きましょう。
あそこからなら……」
その時だ!
BOOM!
広場の中止に会ったセレモニー用の特設台から炎が立ち上った!
衝撃が辺りを舐め、熱が人々を襲う。突如として放たれた暴威を前に、人々は正気を失った。絶叫を上げながら、彼らはここから逃げるべく惑った!
「御桜さん!
手を離さないで下さい、巻き込まれたらどうなるか……」
まさかこんなタイミングで仕掛けて来るとは!
僕は御桜さんの手を掴み、抱えるようにして脇に逃れた。人々は大通りを走っているので、脇の歩道には実のところそれほど人がいない。人波から逃れたところで僕は一息吐き、エイファさんに連絡を入れた。
「エイファさん、緊急事態です。
そちらから何が起こったのか分かりますか?」
『ああ、壇上に何かが現れた。
恐らくロスペイルやろう、観客席も相当な有り様や』
観客席、僕はつぶやいた。
つぶやいてしまった。
隣に人がいることも忘れて。
「観客席、って。それじゃあお父さんは!?」
御桜さんは状況を瞬時に理解し、走り出そうとした。
僕はそれを追おうとする、と。
『伏せや、トラ!』
エイファさんの叫びが聞こえて来た。僕は走り出さず、御桜さんに向かって飛びかかった。彼女を押し倒したのとほとんど同時に、頭上を炎が通り過ぎた。
『ロスペイルの攻撃や!
さっさと行って対処せえ、トラ!』
幸いと言うべきか何というか、炎によって逃げる人々の速度は加速している。これならば他人から見られずに変身することが出来るだろう、御桜さんを除いて。
逡巡の暇はない。
立ち上がり、懐からキースフィアを取り出す。人波の隙間から怪物の姿が見えた。銀色のマネキンめいた、よく言えば均衡のとれた、悪く言えば平坦な肉体。それを真っ赤な炎が覆っている。ファイアロスペイル、とでも言うべきか。
「変身!」
バックルのスロットにキースフィアを差し込み、エイジアの力を発動させる。
僕の意志に呼応し、まずガントレットが展開された。それを使い、ファイアから放たれた次弾を防御する。火球はガントレットに弾き飛ばされ、ビルの壁面に当たった。全身に力が展開されると同時に放たれたもう一発を、僕は叩き落とした。
「変わった……!?」
御桜さんが驚愕に染まった表情を向けて来る。
僕はそちらを一瞥し、跳んだ。
ノーモーションで繰り出された跳び蹴りを、ファイアは身を逸らしてかわした。着地と同時に構えを取り、僕はファイアを牽制した。瞬間の睨み合い、時間が止まる。
(こいつを呼び出したのがあの男なら、こいつはただの陽動だ。
本命がいる……!)
炎の魔神が拳を繰り出す。
首を振りかわし、ファイアに絡み付いた。同時に、僕は全身に制動用スラスターとブースターを構成した。そしてそれを一気に点火、ファイアを抱えて飛んだ! 避難する金持ちたちに向かって!
「っつぅ……! 思ってたより、キツイなこれは!」
ターゲットにこいつを近づけるのはリスキーだ。だが、目の届かない場所で事が行われる方が最悪だ。ならば多少のリスクを飲み込んででも……守り切る!
僕とファイアは市庁舎のエントランス前まで飛んだ。人々の悲鳴が聞こえる。僕はファイアの体を地面に押し付け、離した。同時にブースターをカット、慣性に従い僕の体が前方に流れる。スラスターを使い反転、着地する。
「な、何だあれは!」「焼死体!?」「殺人鬼だ!」「軍を呼べ!」
人々から悲鳴と憶測が漏れる。僕のターゲットは真後ろ、禿げかかった頭が特徴的なノア=ホン。彼は青くなっているが、他のメンバーよりは冷静に見えた。
(この男、怪物が目の前に現れたのに動揺していない。
ロスペイルを知っているのか?)
黄色いエイジアは、ロスペイルの正体を知る者を殺して回っているのか?
考えている暇はなかった。
ファイアが両腕を交差させると、腕に纏わりつく炎がより一層勢いを増した。まさかこれを解き放つ気か? 予想は的中、それもなお悪いことに、振り払われた腕は左右別々の場所を示していた。
(どちらかを選ばなければならない、ってことかよ!
クソ、こいつ……!)
再びブースターとスラスターを展開、高速機動の準備を取る。だが守り切れるのか? 否、守り切るのだ。そうすると決めた以上、それを成し遂げるために最善を尽くす!
その時、僕はファイアの後ろから迫る赤い影を見た。それは、左腕の炎から人々を守るように動いていた。僕は右の炎を迎撃するように動いた。赤熱機構を作動させ、炎に合わせて解き放ったのだ。エネルギーとエネルギーが激突し、霧散していった。
熱風が辺りを薙ぐ。だが誰一人として、それに苛まれる者はいなかった。僕とファイアは、乱入して来た赤い影を見た。全身を赤い鎧で覆った新たな戦士を。
「オイ、手前。舐めた真似をしてくれンじゃねえか。
この代償は高くつくぞ」
赤い戦士は黒い親指を立て、首を掻っ切るような動作をした。
僕の見間違いでなければ――
ロスペイルの前に、ロスペイルが立ちはだかっていた。




