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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第二章:黄と赤と幻の都
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07-悪夢の夜明け

 都市北側、タワーマンション。

 上層階パーティールーム前エントランスに僕はいた。エントランスだけでも都市に暮らす平均的な住民の住居よりはるかに広い。サイズが微妙に合わないスーツは浮ついた印象を与え、ただでさえ場の雰囲気から外れた僕の姿を強調する。周囲の人々は僕のことを奇異の目で見ている。


(やれやれ、こんな会合に参加することになるなんてね。

 参ったなぁ……)


 浮ついているのは当たり前だ。僕は一介の私立探偵で、しかし周りにいる人はそうではない。ある人は企業役員、ある人は中小企業社長。プログラム作成のインセンティブで巨万の富を得たエンジニアもいる。ここにいる人々の多くは、成功者なのだ。


「お待たせいたしました、皆さま。

 これより第七回、『悪夢の(ドーンオブ)夜明け(ナイトメア)』勉強会を開催いたします。

 どうぞ、お楽しみください……」


 執事然とした男が扉を開く。

 その奥にあったのは、僕には永遠に縁のない世界。




 話を戻そう、なぜ僕がこんなところにいるのか。

 僕は連続殺人事件調査のために動き出した。このまま犯人を放っておけば、一般市民にも被害が出ることは必至だ。少しでも手掛かりを集めたいと考え、被害者の共通点を探った。そして、それは存在した。


 彼らは政治集会『ドーンオブナイトメア』の参加者だった。都市経済を覆う『悪夢のような』現状を若い力で払拭しよう、という集まりらしい。そして、その次回会合開催日が今日だった。そのため、情報収集を行うために僕はこの場を訪れた。


 とはいえ、ここまで来る道は平坦ではなかった。なにせ僕にはそんなところに入り込むコネがないのだから。会合は完全会員制、中に入るには参加者の紹介がなければならない。そこで、父さんのコネに頼り参加者を探してもらうことにした。




 僕は仲介者の背中を追って会場に入った。

 視界が開け、デパートの吹き抜けエントランスを思わせる広大で天井の高いホールへと辿り着いた。格調高い内装、靴音が高く響く。頭上ではシャンデリアが輝き、外周270度に渡って張り巡らされたガラス窓からは都市を一望できる。汚濁に塗れた街だが、それが見えなければ美しかった。


「今日はありがとうございます。

 このような機会を頂き、光栄です」

「いいんですよ。結城先生にはお世話になっていますからね。

 そのご子息がビジネスに興味を持っているのならば……

 私としても協力するのはやぶさかではありません」


 たった今もビジネスの真っ最中です、とは言えなかった。僕は彼の話を聞きながらも、周囲を観察した。パーティは立食形式で行われるようで、会場の随所には丸テーブルが配置されている。そこに乗せられた色とりどりの料理、少なくとも下では見れぬもの。


「ところで、ダニエル=クローカーと言う方はご存知ですか?」

「つい先ごろ、テロで亡くなられた方ですね。

 惜しい方をなくしましたよ。彼は会の中でも有望株でしたから。

 主催者の方からも気に入られていましたし……」


 主催者、か。事前の説明でもよく分からない。誰がこの会を開いているのか、ということが。こんな大規模なパーティを開くくらいだ、財界への影響力のある人物だろうが。


 そんなことを考えていると、ハウリング音が聞こえて来た。耳を押さえながら壇上を見る、入り口にいた執事めいた男がいた。彼は参加者を見ずマイクに語り掛ける。


「本日はお集まりいただきありがとうございます。

 まず、ご挨拶を」


 そう言って彼は下がり、その隣からダブルスーツの男が現れた。

 ウェーブのかかった長い黒髪、切れ長の目。鼻は高く、口元には柔和な笑みが浮かんでいる。穏やかそうに曲がった小さな目が参加者を見た。彼は数秒の間をあけて、スピーチを開始した。


「本日はお忙しい中、お集まりいただきありがとう。

 もう聞き飽きた者もいるかもしれないが、自己紹介させていただこう。

 私はオーリ=ガイラムと申します」


 オーリ=ガイラム? 聞き覚えがない。少なくともメガコーポの役職者レベルの者ではないだろう。完全に無名と言うことは有り得ないだろうが、しかし……


 自己紹介の後もガイラム氏の話は続いた。

 しかし、僕は欠伸を堪えるのに必死にならなければならなかった。語り口は滑らかだが何となく無内容に感じてしまったのだ。彼の語る指摘も、後からならいくらでも言えるような気がした。聴衆は熱心に彼の言葉に聞き入っているので、単に僕には前提となる知識が足りないだけかもしれないが。


「長く時間をとらせて申し訳ない。

 今日は楽しんでいただきたい。以上です」


 万雷の拍手が会場を包み込んだ。

 その光景に圧倒されてしまう、どこか異様な光景に。


 ガイラム氏が壇上から消えると、人々の拍手は水が引くように消えた。そして、彼らの会話が始まる。僕はそこに、ごく自然を装って割り込み聞き込みを行った。僕のような小僧に話しかけられた者たちの表情には、侮蔑的な色が浮かぶ。初めてではないけど。


 二人について分かったことは、先ほど聞いたこととそれほど変わらなかった。主催者に気に入られていたこと、新進気鋭の経営者だったこと、そして熱心なガイラム氏のシンパであったということ。こんなものかと思いつつも、収穫の少なさに落胆したくなる。


「気後れしているのかね、キミは」


 いきなり声を掛けられ、反応が遅れた。

 そこに立っていたのは、ガイラム氏だった。


「えっ……あ、はい。

 僕の人生の何倍も経営者としてやって来られている方ばかりですから。

 新参者は、どうにも軽く見られがちというか……落ち着かなくて」

「誰にも若かりしき時というものはある。過剰に委縮しないことだ」


 ガイラム氏はふっと微笑んだ。異性なら見惚れてしまいそうになるのだろうが、僕相手にやられても気障っぽいだけだ。彼の方をちらちらと見る周りの人々は、心底浸水しているふうな感じがある。カリスマ性があるのだろうが、僕には分からない。


「快くお迎え頂いたこと、感謝いたします。

 ガイラムさん」

「いえ、それほどでも。

 時に、ダイナソアやクローカーのことを聞いていると聞いた」


 まあ、あれだけ大っぴらに聞き回っていれば彼の耳にも入るだろうな。


「実は事件当日あそこにいまして。

 クローカー氏が亡くなったと聞いてぞっとしました」

「キミにあの死がもたらされる可能性もあったというわけだ。

 確率と言うものは、実に奇妙な働きをする。

 だが、あまり嗅ぎ回らない方がいいと思うがね」


 静かな威圧感を覚え、僕はたじろいだ。

 ガイラム氏はそれを肯定と受け取ったのか、にこりと微笑むと踵を返した。あの男はやはり何かを知っている、集団の中に溶け込んでいくガイラム氏の後ろ姿を見て、僕はその確信を強めた。


 ならばどうするか。彼のお気に入りを探そう。

 殺されたのはガイラム氏のお気に入りだ。

 何らかの手段で敵はそれを知り、そして始末して回っているのだろう。




 次なるターゲットはすぐに決まった。

 ノア=ホン、新興鉄鋼メーカーの社長だ。


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