07-女探偵、登場
僕はクーに位置を聞き、合流した。殺人事件が起こったという現場は既に警察によって封鎖されている。さすがは北側、対応が早い。僕が去る頃には向こうにも警察や消防が来ていた。人々がひっきりなしに行き交い、野次馬マスコミが現場をうるさく嗅ぎまわる。
「この様子じゃ死体を確認することさえも出来ないだろうな」
「片倉さんに聞くことは出来ないんですか?
あの人も殺人課なんでしょう?」
「まあ聞くまでもないよ。
車のナンバープレートはここからでも見えるからさ」
切り殺された男が担架で運ばれて行くのを、僕は横目で見た。
ブクブクと太った、いかにも資産家というような体つきだった。彼の贅沢のために、どれだけの人間が涙をのんだかは分からない。それでも、こんな形で命が失われていいはずはない。
「一旦事務所に帰ろう。
これだけ混乱しているんだ、僕たちが出来ることはないよ」
「そうですね……
聞き込みをしようにも、成果が上がるとは思えませんしね」
クーは現場で泣きじゃくる人々や、それを庇う人々を見た。失われたものは多い、誰もがそれを乗り越えられるわけではない。僕は、絶対にこんなことをした犯人を許さない。
あの黒いフードの男、それが事件に関わっているのだろうか?
軽く事件の状況を整理しながら、僕たちは事務所に戻った。クーが適度に疑問をぶつけて来てくれるのでこちらとしても助かる。話を聞くたびに、想像力が逞しいなぁと頭を抱える羽目にもなるが。
事務所の前まで戻り、鍵を開けようとした。
だが、すでに鍵は開いていた。
「あれ、エイファさんこっちに来てるのかな?
あんまり暇はないって言ってたけど」
僕は少し疑問に思いながらも、扉を開けた。
窓際には見慣れない女性がいた。
「……!? 誰だ!」
もしや、襲撃者?
僕はキースフィアを手に取った。女性はゆっくりと向き直る。
「そう警戒するな、結城虎之助。私はな、お前の上司だぞ?」
長い銀色の髪が動きに合わせてたなびいた。色素の薄い唇がニッと歪み、赤い目が僕を射抜く。美人だが油断ならぬ雰囲気を漂わせている。それにしても、上司だと?
「僕に上司はいない。
いきなり出て来て、勝手なことを抜かすな!」
「私の土地で勝手に探偵をやっておいて、とんだ言い草だな。
どんな教育を受けて来た」
……私の土地?
そう言えば、土地の名義人を書き換えたという話は聞かない。
「自己紹介をしておこう。私の名は朝凪エリヤ。
祖父幸三の土地を持っているのはな、いまは私なんだよ。
そこんところだけは、はっきりさせておこうじゃないか」
驚きのあまり声も出なかった。僕とクーは同じような顔を見合わせた。そんな僕らの様子がおかしかったのか、エリヤと名乗った女性は初めて厳しい表情を崩した。
「聞いていた通り面白い子たちだな。
エイファが気に入るのも分かる」
「エイファ、って……あの人のことを知っているんですか?」
「幼馴染だからな。
お姉ちゃんと言って後ろをくっついて来た頃が懐かしい」
……本当にそんなことがあったのだろうか? あの女傑にそんな時期があったのかは疑わしい。まあ、いい。ともかく彼女は事務所本来の持ち主である朝凪氏に連なる者だ。
「さて、合流することが出来たのは幸いだ。
では行くぞ、虎之助くん」
「は? 行くってどこにです」
「そんなもの決まっているだろう。事件現場だ。
楽しみだな、事件が私を待っている!」
そう言ってエリヤさんは出て行こうとした。
僕は慌ててそれを呼び止める。
「待って! 待ってください!
僕ら現場から帰って来たばかりなんですよ!」
「現場百回、あるいは犯人は現場に戻るという言葉を知っているかな?
キミが現場から帰って行ったのをこれ幸いと、犯人は戻って行くだろう。
そこを捕まえるのだ!」
「す、すごいですエリヤさん!
一部の隙もない完璧な理論ですよ、トラさん!」
「隙だらけだよ!」
クーは目を輝かせて言った。ああ、トラさんに落ち着いたのか。と、まあそんなことはいまはいい。重要なのはこの二人を止めること、それだけだ。
「待ってください……!
現場百回もいいですけど、僕たちも僕たちで事件のことを調べて来たんです。
だから、それを当たってからでも遅くはないと思うんですけど」
「ふぅむ? 言ってみなさい、どんな証拠を手に入れたというのだね?」
朝凪さんは合成煙草を取り出し、火をつけた。
止まってくれただけでもありがたい。
「被害者のナンバープレートは見たので、まずはその特定からですね。
エイファさんはいないけど、これは片倉さんからの依頼だ。
警察のデータベースを当たってもらいます」
「片倉さんか。彼も元気にしているかい?
もしよかったら代わってもらいたい」
片倉さんとも知り合いだったのか。まあ、野木さんも先代からの付き合いだと言っていた。考えてみれば当たり前だな。僕は片倉さんに電話を掛けた。
『虎之助か。俺の方に連絡が来るということは、ノースの件だな?』
「さすが。もう情報が行っていますか。
実は、どさくさに紛れて一件殺人があったんです。
ナンバープレートの照会をしてもらえますか?
被害者の特定がしたい」
僕は8ケタの数字と英字を片倉さんに伝えた。
彼は静かに唸った。
「実はこちらでもその被害者の調査を行っているんだ。
被害者の名前はダニエル=クローカー。
クローカー時計社の社長、頭頂から股間までを一刀両断にされて死んでいる」
それは、クーが見た殺人の光景と一致した。しかし、ダイナソアの件といい、今回といい、それなりの社会的地位を持つ人間が短期間に殺されている。何か関係がありそうだ。
「片倉さん、ここ最近同じような死に方をしている人はいませんか?」
『調べてみよう。そちらでも何か分かったら、連絡を頼むぞ』
それだけ言って、片倉さんは通話を切った。
僕は少しだけ考え込んだ。
「正体不明の殺人鬼によって殺される会社社長、か。
面白いことになって来たな……」
「朝凪さん、遊びじゃないんですよ。
確かにあそこで死んでいる人が……」
「分かった、悪かったよ。少し不謹慎な発言だったな」
朝凪さんは軽く指を振った。何をしているのかと思ったら、煙草の先端が千切れていた。朝凪さんは足元に落ちた火のついた部分を、革靴でもみ消した。
「とにかく調べてみよう。
何か関わりがあるはずだよ、この二人にはな」
「そうですね。それに……」
クーが見たという黄色いエイジア。
その正体にもつながるかもしれない。




