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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第一章:サイボーグ少女と雷の魔物
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06-家族

 ジャッジメントの体が押し潰され、分断された上半身が高速で弾き出され、壁に激突した。僕は装甲を再構成し、死の縁に立ったジャッジメントに近付いて行く。


「まさか……このような隠し玉を持っていたとはな。

 完敗だよ、虎之助」


 残った右腕も折れ曲がり、千切れかかっている。この段に至って、ジャッジメントに反撃の芽など一切残っていなかった。僕はそれを見下ろし、問いかけた。


「教えてください、野木さん。

 どうして僕にエイジアの力を譲ってくれたんですか?」

「譲ったのではない。エイジアがお前を選んだのだ。

 私が勝てなかったロスペイルに、貴様はあっさりと勝った。

 朝凪幸三は私に言った、『お前に渡すのは不本意だ』とな」


 ジャッジメントの目が細まった。

 口を動かせない彼が、自虐的に笑ったのだ。


「エイジアの力は使い手を選ぶ。

 朝凪幸三のために作られたシステムを、使いこなせたのはお前だけだ。

 私は必死に戦った。十数年に及ぶ研鑽の日々が……分かるか!

 その場に居合わせただけの小僧に否定される虚無感が!

 私の半生は何だったのだ……!」


 尊敬する師から、そんな言葉は聞きたくなかった。

 野木さんは僕のことをずっと見守ってくれていた。僕に進むべき道を示して来た。僕は彼の信頼に応えたかった。それでも……野木さんは、僕を殺す算段をずっと立てていたのだ。


「お前の生ぬるいやり方に嫌気がさした頃に、私はロスペイルになった。

 最高だった。エイジア出会った時も、こんな高揚感は得られなかった。

 私は私の意志を持ってこの街に断罪を行う機会を手に入れたのだ。

 それなのに、貴様は……!」

「もういいです、結構だ。喋らないでください、野木さん」


 覚悟は決まった。

 この人はもう、己の思いに囚われた怪物ですらなかったのだ。


「あなたのおかげで僕はいま生きている。

 あなたに憧れて僕は探偵になった。

 あなたのそんな姿は見たくなかった。

 さようなら、野木さん……」


 僕は足を振り下ろした。

 頭を失い、ジャッジメントロスペイルは爆発四散した。


 ロスペイルとの戦いは常に苦い結末をもたらす。

 その中でも今回は格別だった。




 しばらくの間、僕はそこから動くことが出来なかった。だが、いつまでも呆けているわけにはいかない。まだクーデリアが戦っているのだ、彼女を助けないと。


 爆発する現場を脱出し、大通りまで戻って来た僕は、予想もしない光景を見た。


 クーデリアが縦横無尽に駆け回り、ロスペイルの首を吹き飛ばす。数に圧倒され背後を取られる。だが、ロスペイルの頭に何かが撃ち込まれた。それは、市民が放ったライフルによる攻撃だった。攻撃の機会を逸したロスペイルに、クーデリアは鋭いバックキックを放つ。ロスペイルは上半身と下半身を引き千切られ、爆発四散した。


「これは……いったい。みんなが、戦っているのか?」


 僕はその光景が、しばらくの間信じられなかった。


「あっ……結城さん! こちらに来ていたんですね?」


 突然声を掛けられ、僕は困惑した。

 そこには牧野さんがいたのだ。


「牧野さん、どうしてこんなところに?

 それに、その……銃を持って」


 彼女が持っているのは小口径のボルトアクションライフル。

 あの事件の遺品だ。


「港湾プロジェクトで働く人には、ここから出て来ている人も多いですから。

 みんな、こちらの強制開発に反対していたんです。

 何か力になれれば、と思って」

「いえでも、ライフルまで持ち出すのはちょっと問題が……」

「大丈夫です。免状はありますし、これでも役に立つんですよ?」


 そりゃ役に立つだろう。

 彼女もまた、この都市に暮らす力強い住民の一人だったのだ。


「あんなことになって、逃げだしたくなりました。

 でも、縁もゆかりもないあの子が必死に戦っているんです。

 私だって、何かが出来るんじゃないかと思って……」


 そう言っている間に、牧野さんはほとんどノールックで発砲した。弾丸は正確にロスペイルの腕を弾く。一瞬のタイムラグを制したクーデリアがロスペイルの胸を貫いた。


 あるものは銃を持ち、あるいは高所からの投石攻撃でロスペイルと戦っている。勝てなくても、戦いにさえならなくても、決して諦めない。彼らの志は僕と同じだ。


「……手伝うよ、牧野さん。

 あの子も連れて帰らなきゃいけないからね」

「はい。頑張ってくださいね、結城さん。

 私も、出来る限り頑張りますから」


 僕は駆け出した。

 それを牧野さんが、街の人々が援護してくれる。


 負ける気がしない。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 本社に戻ったオニキスは、己の癇癪を黒檀のデスクにぶつけた。


「どうなっているんだ、あれは!

 あれは遺物ではなかったのか!?」


 彼らがサウスエンド開発を推し進めていた理由。それは、所在さえも分からない『宝』を探すためだ。旧文明の(ロスト)テクノロジーという名の宝を。


 何らかの理由で世界は滅び、都市は粒子障壁に覆われた。

 そこまでは確たる事実だ。そして都市は旧時代に作られたテクノロジーによって維持されている。水質・大気浄化システム、食料精製装置、そしてサイバネティクス。それらは街を支配する市庁舎か、あるいは太古から存在するメガコーポが支配している。新興企業である彼らがその一団に食い込むには、ロストテクノロジーの存在が必要不可欠だったのだ。


「考察を申し上げさせていただければ、あれは旧時代のものです。

 ですが遺物ではない。

 解体も解析も出来ない、本当の意味での遺失(ロスト)テクノロジーです。

 仮に探索が順調に進んでも社に利益はなかった。

 あれはあれでよかったのですよ、社長」


「まあ、まあまあそうだな。私は切り替えが早いのがいいところなんだ。

 この街の地下には旧世代の遺物が眠っている。

 そしてそれはあれだけではない。私にはまだ金がある」


 まだ行ける、まだチャンスはある。オニキスは自分にそう言い聞かせ、普段通りの仕事を行おうとした。ネットワークに接続し、経営データを確認しようとする。


 そして彼は見た。

 『オニキス社社長の暴虐』というヘッドラインを。


「……なんだこれは」


 映し出されていたのは、オニキスが苛立ちまぎれに作業員を射殺する現場。前後の映像は巧みにカットされており、ロスペイルもエイジアもいない。そしてそれだけではなかった。オニキス社の不正な金銭授受、利益供与。裏帳簿を使った税金逃れや給与不払いと言った悪事の数々がネットワーク上に拡散されていた。


「バカな、これは! ふざけるな、すぐにこれを収めろ!

 そうしないと……!」


 オニキスの顔が、今度こそ恐怖に歪んだ。ここまで発展した事態、もはや収束させることなど出来ない。一度ついたイメージを払拭することなど、誰にも出来はしないのだ。


「ここまでのようですな、オニキス社長」


 護衛の男は低い声で言った。

 オニキスの体がビクリと跳ねた。


「待て、待ってくれ。こんなことは何でもないんだ。

 すぐどうとでもなる」


 オニキスの強気な態度はナリを潜め、代わりに媚びるような色が表情と声に浮かんだ。


「あなたは契約を履行出来なかった。

 それどころか我々に脅威をもたらそうとしている。

 もはや『我々』はあなたと同盟を結び続けることは出来ない」


 男の輪郭が陽炎めいて歪んだ。

 オニキスは声すら出すことが出来ず、それを見た。


 強大で凶悪なる死の咢が自分を噛み潰すのを、彼はずっと見ていた。




 定時報告に来た常務が変わり果てた姿になったオニキス=マッコーレーを発見した。喉は鋭利な刃物で切り裂かれており、手元には切れ味の良いナイフが転がっていた。警察は前後の状況から自殺と断定し、捜査を早々に切り上げた。調べるべき事件は多くある。


 不審な状況――例えば死ぬ前後、彼はどこにいたのか?

 購入履歴の存在しないナイフはどこで手に入れたのか?

 彼が加担していた事件の証拠はどこに行ったのか?


 そうしたことは棚上げされ、数週間もすれば多くの人の記憶から失われていた。


◆■◆■◆■◆■◆■◆■◆


 一つ深呼吸をした。

 実の親に会うためにこんなことをするのは、僕くらいだろう。


 サウスエンドでの事件から一週間が経過した。

 ロスペイルの大量発生は大規模なガス爆発として処理され、住民たちの不満は補助金によって押し込められた。現場に残っていた開発会社の面々は病院に収監され、懸命な『治療』を受けているそうだ。『幻覚作用のあるガス』によって『存在しないもの』を見てしまったから。


 ライ建設はサウスエンド開発からの撤退を表明。市長は住民と協議し、現地住民の雇用を確保するという条件で開発を再開した。事務所の窓から、サウスエンドの様子がよく見えた。あの街はきっと、活気を取り戻して行くだろう。


 牧野さんも元の生活に戻って行った。時たま『マーセル』に顔を出すことにしているが、特に変わった様子もない。ただ、以前より良く笑うようになったと思う。彼女もまた、サウスエンドにゆかりのある人間だ。あの街が変わっていくのを好ましく見ている。


 心残りと言えば……オニキスが罪を償うことなくこの世を去った、ということだ。更に翌日には社屋で火災が起こり、彼が保管していた資料の数々が焼失した。資金の流れも、彼が何をしようとしていたのかも分からない。どうやって彼がロスペイルの力を手に入れたのかもだ。

 もしかしたら、大きな力が掛かっているのかもしれない。


 そんなものに怯んで、捜査を止める気などさらさらないのだが。


 まあ、それは後でいい。

 重要なのは僕の目の前に横たわる現在の問題なのだから。


 チャイムを鳴らし、反応を待った。1秒、2秒、もう帰りたくなってくる。だがその前に扉が開いた。満面の笑みを浮かべたユキが、僕を出迎えてくれた。


「お帰り、兄さん。さ、上がって」


 ユキに促され、僕は室内に。そして居間に上がった。


「やあ、待っていたよ虎之助。

 色々、話したいことがたくさんあるんだ」

「……うん、そうだね。

 僕も話したいことがたくさんあるよ。父さん」


 ギプスを巻いた父、舞い上がる弟、そしてそれを見守る母。

 いままでさんざん否定して来たもの。


 それでも、否定出来ない、一番大切なもの。


「ただいま。みんな」


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