06-エイジア、新たなる力
体が軽い。エイジアはまるで僕のために誂えられたかのように動いた。僕が願うように走り、僕よりも鋭く拳を放ち、僕よりも力強く蹴りを放つ。チェーンロスペイルは後ろ回し蹴りをバール腕で受け止めようとした。だが、受け切れず吹き飛ばされた。
「凄い力だな、エイジア……今更ながらに!」
「このガキ……! いったいどういうことだ」
僕が覚悟を決めたから、エイジアもそれに応えてくれたのだろうか?
『言っておくがアンタが強いわけやあらへんからな。
ウチが調整した結果や』
速攻でエイファさんからツッコミが入った。どこから見ているのかは分からないが、この辺りは監視カメラが多い。どこかのカメラをハッキングしているのだろう。
『アンタの体と頭に合わせてエイジアの再調整を行った。
いままでは朝凪の爺さんに合わせられてたみたいやからな。
老人用の補助器具でアンタはいままで戦ってたワケや』
「ああ、やたらと動きが重いと思ったらそういうことでしたか」
僕は軽い冗談を言い、チェーンに追撃を仕掛けようとした。
だが、チェーンの方も負けていない。フックを振りかざし、それを僕に向かって飛ばした。エイジアの反射神経を持ってすれば避けることも、弾くこともそれほど難しくない。
だが、チェーンは弾かれた先にあった鉄柱にフックを絡ませ、自らの体を引き上げた。追撃のハンマーパンチは避けられ、反撃を許した。すぐさまチェーンはフックを外し、僕に向かってそれを放った。鞭のようにしなる一撃を背中に受け、僕は体勢を崩した。
チェーンは乱暴にフックを振り回し、周囲の地形を破壊しながら僕に追撃を仕掛けて来た。僕は転がりそれを回避、反撃を繰り出そうとした。だがどうすればいい?
(同じことを繰り返すわけにはいかない。
だが、ゴムと違ってこいつには知能がある。
あいつにやったような軌道予測は通用しないだろう。
どうすればいい?)
攻めあぐねる僕を見て、チェーンは更に攻撃を強めた。
どうにかしなければ……!
『新機能1、テストしてみようか。ウチの言ったようにやってみい』
「ちょっと待ってください、エイジアのテストしてないんですか?」
『そらそうや。使えるのがあんたしかおらんのや。
四の五の言わず、やらんかい』
まったく、この人は!
僕はエイファさんが言った通り赤熱機構を作動させ、念じた。本当にそんなことが出来るのかは分からなかった。だが、結論から言えば出来た。
指の色が元通りになり、その代わり手の甲が白熱した。かと思うと、それがグングンと伸びて行った。僕の手の甲から、50cmくらいの長さがある白い刃が生まれたのだ。刃の周辺は赤熱機構を発動させた時と同じく、大気が揺らめいていた。
僕はワイヤー目掛けて白い刃を振り上げた。軽い反発感があり、刃がワイヤーにめり込んだ。そのまま刃を振り抜くと、不可思議物質で構成されたワイヤーは溶断された。
「なっ……! バカな、俺の生体フックが……」
チェーンは動揺した。この隙、見逃すべからず。僕は飛び込んだ。
ワイヤーを失ったチェーンに高速移動能力はない。左の刃をなぎ払い、チェーンの頭を狙う。チェーンはバール腕を掲げてそれを防御、表面が赤熱するのが見えた。逆の刃を振り上げるが、それも左腕に防がれる。
「アアアァァーッ!
熱い、止めろ! この、クソガキめ!」
チェーンは蹴りを繰り出そうとした。
その前に決着をつけなければ!
『叫べや、ブーストと。
キースフィアを押さんでも使えるようにしといた』
それはありがたい。
僕は裂帛の気合を込めて叫んだ!
「ブースト……スラッシュ!」
轟!
大気が逆巻き、白刃が眩い閃光を放った。
二本のブレードはチェーンの守りを突破し、その体を三つに割いた。
僕はその場で半回転、見栄を切った。
チェーンロスペイルは爆発四散!
『ちょい待ち、トラ。
スラッシュまでは要らんで、ブーストまででええ』
「でも、4文字で発動しちゃうって危険じゃないですか?」
エイファさんは唸った。あんまり真剣に考えてもらう必要はない、僕もノリでやったのだから。僕は周囲の音に耳を澄ませた。爆発音も、悲鳴も、断続的に続いている。ロスペイルが現れたのはここだけではない。立ち止まっているわけにはいかない。
その時だ! 路上に駐車されていた車が勢いよく持ち上げられた! 落下地点は僕のいる場所。連続バック転で距離を取り、圧死を回避した!
「あいつは……! 地下構造に置き去りにしたはずなのに!
自力で帰って来たのか!」
「ヨウヤクミツケタゾ、コゾウ!」
あそこから自力で出て来たのか。
さすがは化け物。僕は構え直した。
『デカいな、どういう敵なんや。こいつは?』
「とんでもなく固くて、力が強い。
でも、開けた場所ならやりようがある!」
僕は二刀を携え、身を低くして駆け出した。
ソリッドは地を這うような一撃を繰り出してくる、だがそれを僕は寸前で回避。地を蹴り、そしてアパートの壁面を蹴った。三角跳びの要領でソリッドの延髄を狙い、切る! 狙いはよかった、だが浅い!
「ソノテイドノ熱量デ、オレヲコロセルトオモウナ!」
「チィッ……! あの熱でもビクともしない!」
ロスペイルは通常優れた耐熱性能を誇るが、しかしエイジアの赤熱でも溶かし切れないのはソリッドが初めてだ。ソリッドは狂ったように叫びを上げ、両腕を振り回した。まるで暴風のようなパワー、単純な力押しをされてはこちらに勝ち目はない。
僕は小刻みなステップを打ち、攻撃を避け続けた。如何にロスペイルと言えど、疲労しないわけではない。こんな連撃がいつまでも続くはずはなかった。
だが。僕はこれ以上避けるわけにはいかなくなった。
背後には、小さな子供がいる。
僕は仁王立ちになり、振り下ろされたソリッドのハンマーパンチを受け止めた。押し潰されそうな衝撃が全身を駆け巡り、アスファルトに蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
「ママ……しっかりしてよ、ママぁ……」
子供は僕たちのことなどまるで見ていない。
下敷きにされた母親だけを見ている。
「グググ、オレノコウゲキヲウケトメヨウナドト……
バカナコトヲ!」
「くっ……! 絶対に、これ以上……!」
すべての被害を食い止めることなんて出来ない。
分かっている、だからせめてこの目の届く範囲は、この手に届く範囲だけは守りたい。例え、守れなかったとしても……諦めて、それを受け入れることだけはしたくない!
「オレハレベルスリーノナカデモスグレタチカラヲ、スグレタカラダヲモツノダ! メンヨウナヨロイヲキコンデイルヨウダガ、タダノニンゲンニコノオレヲトメルコトハ……」
ああ、クソ。
さっきから、ごちゃごちゃと……!
「うる、っせえんだよぉぉぉぉーッ!」
こんな奴を跳ね除けて、先に行かなければ!
守らなければならないものがある!
僕の願いに呼応するかのように、エイジアが動いた。胸部装甲が光の粒子へと変わり、それが腕に纏わりついた。手甲が二回り、大きなものへと変わった。
それだけではない、脚甲にも光がまとわりつき、一回り太くなった。同時に、両足に力が漲って来た。さっきまでの圧力も感じない。これならば、行ける!
僕は大地を踏みしめた。ソリッドの腕が徐々に押し返されて行く。装甲と装甲がギリギリと軋みを上げる。両腕に力を籠め、ソリッドの腕を無理矢理振り払った!
「ナッ……! バカナァーッ!?」
悲鳴を上げるソリッドの無防備な腹に拳撃を叩き込む。強化された手甲のパワーが、ソリッドの巨体すらも押し返した。更に左を打ち込む! 右、左、右、左! ソリッドの強固な外殻が叩き割られ、その内からどす黒い液体が零れ落ちて来た。
「オレノチカラガ、ソンナバカナ!
コンナコトハ、アリエンゾォッ!」
「ブースト、クラッシュ!」
右手を振り上げる。左手の装甲が光に還元され、元の形に戻る。光は右手に収束し、更に巨大な手甲を作り上げた。僕はそれを、ソリッドに容赦なく叩きつける!
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
連打を受けソリッドの体が文字通り吹き飛んだ。
肉体を完全に砕かれ、ソリッドロスペイルは爆発四散した。
「これがエイジアの新しい力……こんなものを、どうやって」
『元々エイジアは鎧を分解して、再構成するシステムやからな。
装甲厚の割り振りも自由に変えることが出来るんや。
朝凪の爺さんが残したコンセプトデータを、ウチなりに実現してみた結果や。
どや、気に入ったか? それ?』
気に入るどころではない。こ
れならジャッジメントにも対応出来るかもしれない。
「エイファさん、まだこっちでは戦闘が起こっています。
中心点はどこなんですか?」
僕の質問には、すぐに答えが来た。
サウスエンド、外殻周辺。




