06-エイジア再始動
2年前、僕は家を飛び出した。
目的があったわけではない、思想があったわけではない。ただ単に、父に反発してみたくなっただけだと、いまになると思う。荒廃したサウスエンドに辿り着いた僕に、人々は手荒い歓迎をしてくれた。
黒い拳銃を、鈍く光るナイフの光を、筋骨隆々な男のことを、いまも僕は覚えている。男に拘束され金銭を奪われ、戯れにナイフの切っ先を向けられた。反撃しようとした、だが銃が向いていたから身動きを取ることさえ出来なかった。死ぬんだと思った。
次の瞬間、ナイフを持った男の首が飛んでいた。その背後にいたのは、全身から鈍色の光を放つ金属質な肉体を持つ怪物。銃弾をものともせず、逆に銃ごと男の腕を握り潰した。じたばたと足掻く筋肉質な男を軽々と持ち上げ、首を捻り殺した。
一瞬のうちに人が死んだ。
僕の内に湧き上がってきたのは――怒りだった。
どうして簡単に人を殺すことが出来る?
ふざけるな!
叫び出したかったが、体が言うことを聞かなかった。
怪物は足を振り上げ、僕の頭を踏み潰そうとした。
それを阻むものがいた。銀色の武具を纏った黒き武神、エイジア。人々を殺す化け物をも倒せる力。僕は立ち上がり、懇願した。手伝わせてほしい、と。
「いいか、虎之助。この世界は理不尽だ。だからこそ我々は戦わねばならん」
とある仕事を終わらせた後、野木さんは僕に語った。
僕は仕事上の、とあるミスを犯してしまった。麻薬中毒になった娘を持つ親からの依頼で、僕たちは売人を探していた。幸運にも、そいつを見つけるのは簡単だった。だが、銃で武装し私兵まで雇っているとは想定していなかった。攻撃を逃れた僕は、男を追って建物の屋上まで昇った。
男は柵を乗り越え、建物を飛び移って逃げようとした。
僕は叫んだ、『お前に逃げ場などないぞ!』と。それがいけなかった。飛び移るのは簡単だったが、男は足を滑らせた。手を伸ばした時には遅かった。男の体は重力に引かれて落下した。
「あの男は麻薬を売りつけ、人を虜としていた。
金をむしり取り、命を差し出させた。
儲けた金で自分の安全だけを守りながらな。
あれは悪だ、断罪されねばならない。
お前は何一つ間違ったことをしてはいない。
それがこの街を守る、英雄としての在り方だ」
本当にそうだろうか?
内心で、野木さんの言っていることは間違っていると思った。
確かにあの男は悪党だ。そこに情状酌量の余地を挟む余地はないだろう。だが、あの場で死んでよかったかと聞かれれば、それは否だ。どんな人間にだって罪を顧みる時間は必要だし、悔い改めることは出来ると思う。少なくとも、個々人の判断に応じて断罪されるのは間違っている。罪を好き勝手に断罪することも、また罪なのではないかと思う。
……ああ、そうだ。僕はそれが嫌だったのだ。
どんな悪党であれ、理不尽に命を奪われていいはずがない。人が犯した罪は、人の手で裁かれなければならない。ロスペイルはその法の外にいる。人を越えた力を振りかざしながら。ああ、だからこそ。
僕は英雄ではない、断罪者でもない。
ただこの街に住む一人の人間だ。
だからこそ僕は、理不尽に奪われるものを黙ってみてはいられない。
だから僕はエイジアになったのだ。
人の手で裁けない化け物から、人を守り抜くために。
ツンとした消毒液の匂いが鼻を突いた。
目を覚ますと、白い天井がまず目に付いた。
「おはようさん。
どの面下げてここに戻って来たんや、あんたは?」
声のした方向に顔を向けると、エイファさんがいた。
あの時のような嫌悪感はない。
「……どれだけ眠っていたんですか、僕は?」
「ざっと四日ってところや。立ち上がれるか?
腹打ち抜かれたはずなんやけどな」
上体を起こしてみる。
お腹が突っ張る感じはあるが、何とかなる。
「僕が寝ている間に、サウスエンド闘争に進展はあったんですか?」
「ギリギリ均衡を保っとる感じやな。
オニキス傘下の企業連中が無理矢理な開発を進めとるわ。
で、アンタそんなことを聞いてどうするつもりなんや?」
「決まっています。
このまま放っておけば、オニキスより多くの人を殺すでしょう。
そんなことをさせるわけにはいかない。
あいつらの好きになんて、絶対にさせない」
退院の許可なんて出ないだろうが、知ったことか。僕は立ち上がり、体の調子を確かめた。全身はぎしぎし言っているし、少し動くと目がチカチカしてくる。よし、いい。
「僕はロスペイルを止めます。
それがなくなれば、あとは人間と人間の戦いだ。
せめて状況をそこまで持っていきたい。
化け物の思い通りに進めたくないんですよ」
「アンタはもうエイジアやない。
そのまま行ったら、確実に死ぬで?」
「だとしてもこんなところで立ち止まっている場合じゃない」
僕は努めて不敵な笑みを作るようにした。
そうしないと押し潰されそうだった。
「はぁ……止めても無駄っぽいなぁ。
まあ、この前よりはマシな顔になった」
エイファさんはバッグの中から何かを取り出し、僕に投げ渡した。
「これは……エイジアドライバー!?
でも、破壊されたはずじゃ……」
「ウチの資材と技術で直したんや。
素材が変わっているから、壊れやすくなっとる。
システムにも若干の改良を加えているから、使い勝手が変わっとる。
悠長な説明をしたいところやけど、アンタはすぐに行くんやろ?
ウチが逐一モニターしとくから、無線のスイッチだけは入れとき」
僕は頷き、病室から飛び出した。
部屋の前では、父さんが待っていた。
「……父さん。怪我の調子は、どうなんだい?」
「前ほどじゃないけど動かせるようになったよ。
そっちはどうなんだい?」
「バッチリ。健康な体を貰ったおかげかな、これは」
父さんは薄く微笑んだ。僕も、自然と笑えてきた。
思えば、簡単なことだったんだ。
「行ってくるよ、父さん。
父さんには父さんの戦い方があるように、僕にも僕の戦い方がある。
このやり方で、僕はこの街をよりよく出来るって信じている」
「それなら、そっちに向かって全力で走りなさい。
もし行き止まりにぶつかったら、引き返せばいい。
帰って来る場所を残しておくことくらいは、僕にだって出来るさ」
父さんは僕の肩を叩いた。
僕は父さんにハグをして、それから駆け出した。
サウスエンドはいま最終局面を迎えている。
奴らはきっと強引な手段に出て来るだろう!




