06-立ち向かう
近くにあった曲がり角から路地に入り、僕は辺りを見回した。そこにいたのは、やはりロスペイルだった。鈍色の金属に覆われた平坦な体つき、だがそれは両腕を除けばの話だ。両腕の前腕が真四角な機械に置き換えられており、左腕からはワイヤーが、右腕からは先端が屈折したバールのようなものが伸びている。ワイヤーは支援者の男性を絡め取り、ジリジリと引き寄せている。
「怖いか? 怖いだろう、だが止めてはやらん。
これでお前の眼孔から脳を掻き出す」
ロスペイルはバール腕を持ち上げ、嗜虐的に笑った。男の悲鳴が聞こえて来るが、しかし歓声に掻き消されて通りには届かない。このままでは彼は死ぬ、どうすればいい?
(僕の力じゃロスペイルには敵わない。どうすれば……!)
どうすればいい。
そんなことを考えている暇などない、行動あるのみだ!
僕は手近にあった鉄パイプを手に取り、雄たけびを上げながらロスペイルに跳びかかった。予想外の方向から放たれた攻撃に、ロスペイルは反応出来なかった。曲がった先端が怪物の側頭部に炸裂、悲鳴を上げた。ワイヤーの拘束が緩み、男がそれを解いた。
「チィッ! 何だ貴様、英雄気取りのガキが!
邪魔立てするな!」
ロスペイルはバール腕を乱暴になぎ払った。僕は鉄パイプを立て、ギリギリのところでそれを受け止めた。だが、あまりにも凄まじいパワーを前に耐えられるものではない。僕の両足が地面から浮き上がり、そして吹き飛ばされた。
ゴロゴロと転がりながらも片膝を突き、立ち上がろうとした。全身がヒリヒリと痛む、叩きつけられた痛み、細かな擦過傷の痛み、そして攻撃を受け止めた衝撃による痛み。バール腕を受け止めた鉄パイプはぐにゃりと曲がっており、もはや用を成さない。
「好奇心は犬をも殺す。知っているか、このコトワザを。
嗅ぎまわるのが大好きな犬は面倒だから殺す。
人間だったらなおのことだ。死ぬのはあいつでなくても構わんのだ」
「……やはり、オニキスの手のものか!
何が目的なんだ、お前たちは!」
僕の叫びを鼻で笑いながら、怪物は一歩一歩近付いてくる。僕は手近にあった別の鉄パイプを持ち、杖代わりにして立ち上がった。そして、真っ直ぐ敵を見据える。
「オニキスの如き小物の手先と思われるのは心外だな。
まあいい、奴はカネを、俺たちは力を求めている。
利害が一致した以上、仲間であることに変わりはない」
それだけ言って、ロスペイルは僕にウィンチを向けて来た。先端には肉厚のフックが付いており、それだけで人をバラバラに出来そうな威圧感を放っている。
高速で射出されたフックを全力で避け、次なる攻撃に備える。ロスペイルは腕を振るい、ワイヤーを僕にぶつけようとしてきた。鉄パイプとワイヤーがぶつかり、火花が上がる。パイプを支点にワイヤーが折れ、先端のフックが壁面に叩きつけられた。強固な耐火煉瓦壁を打ち破る音が聞こえた。と、同時にロスペイルが飛びかかって来る!
室内にあった何かを、フックに引っ掛けたのだろう。そしてワイヤーを回収、自分の体を引いた。高速の膝蹴りにパイプを合わせるが、しかし受け切れるわけがない。ぐにゃりと曲がり、そして折れた。パイプの先端とロスペイルの膝が僕の腹に叩き込まれた。僕はほとんど垂直に吹っ飛び、崩れた壁に叩きつけられた。
「ぐっ……! ああっ、この、クソ……」
立ち上がろうとした。そこで、腹が熱くなっているのに気付いた。僕は視線を落とす、折れたパイプの先端が腹に突き刺さり、そこから血が滴っていた。何てことだ、これは。
自覚した瞬間、凄まじい痛みが僕に襲い掛かって来た。
「ヌゥーッ、余計なことを……
騒ぎが大きくなりすぎてしまったではないか!」
ロスペイルはバール腕を振り上げ、僕を打とうとしたが、止めた。表から足音が聞こえて来た。逃げた支援者の呼びかけに応答し、人々がこちらに来てくれたのだろうか? もしかしたら牧野さんが?
「皆殺しにしても構わんが、まだ行動を起こすべき時ではない。
命拾いをしたな」
ワイヤーを射出し、アパート屋上の鉄柵に巻き付ける。
「次に会った時はお前を殺す。
まあ、その時まで生きているかは知らんがな」
ロスペイルはワイヤーを回収、己の体を持ち上げた。僕は立ち上がろうとしたが、ダメだった。腹は焼けるほど熱かったが、体からは熱が抜けて行った。マズい、これは……
「これはいったい……って、結城さん!?
どうしたんですか、その傷は!」
路地の曲がり角で、栗色の髪が躍った。ドタドタという足音がいくつも聞こえ、人々が路地裏になだれ込んで来た。彼らは辺りの惨状と、そして僕とを見た。
「こ、こいつはいったいどうなってんだ!」
「壁が壊れてるぞ!」「いや待て怪我人が!」
人々が僕の傍に駆け寄り、何か言葉をかけて来る。だが限界だった。痛みと苦しさに負け、僕の視界が暗黒に染まっていく。ああ、チクショウ。僕は何度同じことを……
思考さえも塗り潰され、僕は意識を失った。




