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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第一章:サイボーグ少女と雷の魔物
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06-追い駆ける

 あの惨劇から10日が経過した。

 早いものだ、潮風に吹かれながら僕は思った。


「結城くん、ボーっとしてないで箱を中に運んでくれ!

 時間がないんだぞ!」

「えっ、ああ、はいすいません! えーっと、そうこれだ」


 僕は重い箱を台車に乗せ、店に急いだ。

 レストラン『マーセル』、牧野さんが勤めているバイオ生物レストランだ。グロテスクな生物がここに詰まっていると思うと気分が悪くなって来る。彼女はこれが好きらしいが、しかし僕は好きになれそうにない。


 新鮮なバイオタコが抵抗するように動き回り、時折箱の蓋から触腕を伸ばす。僕はそれを箱の中に押し返しながら、マーセルの裏手に急いだ。マーセルは厨房を旦那さんが、表と経理を奥さんが受け持つことになっている。僕は旦那さんと一緒に仕入れに向かい、その間に牧野さんと奥さんが店内の清掃や開店準備を行う。


 旦那さんの料理の腕は相当なものだ。だがそれ以上に、腕っぷしが凄い。抵抗するバイオタコを押さえつけ、仮死状態にして捌く。何度見ても凄まじい技量だった。


「バイオタコメシ、いい出来だな。

 どうだい、結城くん? 味見してみる?」

「いえ、結構です。僕片付けしてきますので」


 散らばった発泡スチロールの箱をまとめておく。あとは店内の清掃だとか、客引きだとか、旦那さんの補助だとか。慌ただしく一日は過ぎて行き、あっという間に夜になる。


「っかあ、今日も疲れたなぁ。キミもお疲れ様、結城くん。

 変なことさせて悪かったね」

「いえ、でもまさかバイオタチウオが逃げ出すとは思いませんでした……

 あれって、あんなに刺さるんですね。

 僕の方に飛んできたらと思うと、今更ながらぞっとしますよ……」


 生命というものが持つ力を、僕は舐めていた気がする。


「それじゃあ、気を付けて。

 ここのところ、この街も物騒になって来ているからね」

「物騒、ですか。何かあったんですか、この辺りで?」

「発砲音がしたり、まあいろいろさ。

 弾痕も残っていないから、ジャンキーの幻覚だと思うけどね。

 ただ、あんまり治安がいい場所じゃないのは確かかな」


 クーデリアが戦ったというロスペイルの仕業だろう。あれは僕が戦った敵と同じく、テクノロジーで武装していた。今更ながらに思う、あれはいったい何だったんだ?


(……悪い癖が出ているな。

 僕はもうエイジアじゃない、関係ないだろ)


 僕は想像を振り払い、マスターに頭を下げた。今日の分の給料をもらい、『マーセル』を後にする。表では牧野さんが待ってくれていた。


「先に帰っていてもよかったのに。

 寒かったんじゃないですか?」

「いえ、問題ないわよ。

 早く行きましょう、マスターからいい物を貰ったの」


 牧野さんは小さなクーラーボックスを見せて笑った。

 マスターから調理法を教わり、修行がてら自分で作ったり食べたりしているのだ。僕はバイオ生物のグロテスクな外見が苦手で、それに引っ張られて食べるのも苦手だ。だが、居候の身でわがままは言えない。


 ……こんな状態をいつまでも続けていていいはずがない。

 けれども、僕は一歩踏み出す勇気がどうしても出せなかった。

 何かを考えようとする度、血塗れになった父さんのことを思い出す。


 父だけではない、カッツ=ラン、ライ=チェン、鵲雪音。


 僕の弱さ故に死んだ人が、何人もいた。こうしてのうのうと生きていること自体が間違っているのではないかと、そう思ってしまう。


「……どうしたんですか、結城さん?

 顔色、悪いですよ?」

「えっ、いや何でもないですよ。

 それより、早く帰りましょう」


 歩いていると、突如として怒声が上がった。

 この時間、帰宅しようとするこのデモに遭遇する。僕は半ば辟易しながら、横目でそれを見た。開発反対を訴えるデモだ。港湾地区はサウスエンドと境を接するため、このようなことがまま起こる。


「皆様、冷静な話し合いを……」「ッザッケンナ!」


 開発側の代表者が、デモ隊の怒声に怯んだ。メガコーポと現地住民の対立は、もはやのっぴきならないところまで進んでいる。銃声の一つでもあれば暴発してしまいそうだ。


「あのぅ、ですからね。

 現地の開発は法的許可を得た事業であり、あなた方は……」

「ふざけんな!」「出てけって言うのか!」

「人でなし!」「ふざけんなハゲ!」


 男が一言いうと五、六個の言葉が返ってくるような状況だ。

 冷静な話し合いは不可能。


「行きましょう、牧野さん。

 このままじゃデモに巻き込まれてしまう……」

「待っていただきたい、皆さん!

 いましばらく、我々の話を聞いていただきたい!」


 よく通る声が、コーポの声もデモ隊の声も掻き消した。

 その声に聞き覚えがあった。


「あなた方の懸念も、おっしゃることももっともだ。

 そして利があると思っている!

 私はあなた方にとっても利益のある話を持ってきた!」

「……ジャック=アーロン市長……!?」


 こんな場末のデモに市長本人が出て来るとは。

 まさか、本気であんなことを?


「今回の開発事業はサウスエンドに住まう人々に行っていただきたい。

 サウスエンドは危険で、不衛生で、明日をも知れぬ場所だ。

 それはあなた方もお認めになると思う!

 私自身劣悪な環境で育ってきた!

 この街を変えたいという思いは誰よりも強い!」


 市長の演説に、誰もが耳を傾けた。

 反対派でさえも。


「凄いね、市長。もしかして、本当に変わったりするんじゃ……」


 牧野さんも、彼に完全に呑まれて(・・・・)いる。

 彼の言葉にはパワーがある、本当に変えてしまうのではないかと思えるパワーが。


 その時だ。彼の隣にいた支援者が、いきなり消えた。市長も、市民も、誰も気付いていない。一瞬にして路地に引き込まれたのを見ていたのは、僕と牧野さんだけだった。


 僕は考える暇もなく駆け出した。

 あんなことが出来るのは、きっとロスペイルだけだ。


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